26:マジ、辱めを受け――?
無事に十頭の牛を森から連れ出すことに成功し、さっきの牧場主の所に戻ってきた。
「いんやぁ、冒険者さん。無事に牛どもは小屋さ戻ってきただよ。途中でモンスターに襲われなかっただか?」
「ゴブリンに襲われたぞ。というか、牛と合流しなきゃモンスターのモの字もなかったのに、牛を見つけて誘導を開始した途端、じゃんじゃん襲われ始めたんだが」
「うむ。実は牛さんがモンスターをおびき寄せていたのではないのか?」
「俺もそう思う」
愚痴の一つでも溢してみたら、NPCはどう反応するか。
「――――お礼と言ってはなんだべだがや、絞りたての牛の乳さ持っていってけろ。町で売れば小遣いぐらいにはなるべ」
「スルーしやがった」
「マジック君、この方は人の話を聞いていないようだぞ」
まったくだ。
都合の悪い問いかけには答えない仕様みたいだな。ある意味よく出来たAIとも言える。
ま、クエストは終わったし、用件はもう無いから帰るか。
クエスト完了報酬も特になく、貰った牛乳を町で売りさばこう。これはNPCに売ったほうがいいんだろうな。
「セシリア、俺は港町に帰るんだけど、そっちはどうする?」
「私か? んー、もう少しこの辺でレベル上げをするつもりだ。早く強くなって、もっともっと遠くへ行きたいから」
「そうか。じゃあここでお別れだ。いろいろ助かったよ」
「こちらこそだ」
手を差し伸べられて、ちょっと戸惑いながらも彼女の手を握った。
アバターだってのは解ってるんだが、やっぱり恥ずかしいな。
しかしよく出来ているな。以前やっていたゲームより、触感や嗅覚は優れている気がする。
僅か二年の間に、VRは進化を遂げているんだな。
ただ、このゲームのNPCは以前やっていたゲームより、なんというか……
いい意味でゲームらしいNPCであり、悪い意味だと人間っぽくない面を持った、ロボットみたいなところがある。
今の流行はよりリアルに、より高度なAIにってイメージだったけど。
セシリアと挨拶を交わす時、彼女の視線がチラっと俺の胸元に向く。
で、また顔を赤くする……と。
「スケベ」
「だ、だって仕方ないじゃないかっ。そんなに胸がはだけてたら、見たくなくても目が行ってしまうんだっ」
「見たくないのか?」
「いや、少し見た――うわぁ〜んっ」
あぁ、走って行ってしまった。
危険人物且つ面白い子だったな。
「さて、俺も町に戻ろう」
港町に向って歩き出そうとしたとき、何かを忘れている気がして足が止まった。
いったい何を忘れていたんだっけか?
牛……は全部ちゃんと誘導した。だからクエストも終わったわけだし。
報酬の牛乳……インベントリに入っている。
あ、レベル上がったし、ステ振りか。
INT、全部INTだ。
新しい技能の『乗牛技能』は、その字のごとく、牛に乗れるようになる技能だった。レベルが上がれば上手く乗れるぞと書いてあるが、誰も牛に乗りたいとは思わないよ。
「さて、忘れ物もないし、今度こそ戻ろう」
独り言を呟いて港町に向って歩き出すと、今度は牧場主が俺を呼び止めた。
「冒険者さん、あんた大賢者様のお使いで、馬さ借りにきたんでねえか?」
「あ……」
忘れてた!
大事な大事なお使いをっ。
「はっはっは。冒険者さんも物忘れが激しいだなぁ」
「あんたも都合の悪い事はサクっと忘れるよな」
「――馬はほんれこの通りだで、お貸しすることは出来ないけんろ、牛っこならお貸しできるだよ」
ほら、サクっと忘れてるじゃないか。そのまま遠い目で牧場を眺めてるし。
俺も一緒になって牧場の方に視線を向けるが、今も多くのプレイヤーでごったがえしているな。皆いったい何をしているのやら。
「あのプレイ――冒険者たちはいったい何を?」
「あぁ……最近この辺でゴブリンの姿を見るようになっただで、馬さ小屋に入れようと思っとったんよ。けんろ、わし一人じゃと時間もかかけん、通りすがりの冒険者さんに手伝いを頼んだんだべ」
「俺にはどう見ても、彼らが馬を小屋に入れようとしているようには見えないんだが」
ここでNPCは大きな溜息は吐いて、悲壮感漂いすぎる表情になった。
まぁそもそもプレイヤーに頼んだのが運の尽きだったんだろうな。もしかするとあれは、『乗馬技能』を獲得しようとやっているのかもしれない。俺の乗牛のように……。
「どうしたらいいだべ……あ、牛を借りたいときはいつでも言ってけろ。あんたには恩もあるで、タダで貸してやるべ」
「あ、ああ……大賢者様に相談してくるよ」
はぁっと溜息を吐きながら、まだ牧場を見つめているNPC。
はぁっと溜息を吐きながら、馬が借りれなかった事で魔法技能を覚えられないんじゃないかと不安になる俺。
今度こそ港町に戻るべく踵を返す。
あ、そうだ。アドバイスしておいてやろう。
「冒険者にやらせないで、手が空いてるなら自分で馬を小屋に入れればいいんじゃ? 時間が掛かっても、その方が確実ですよ」
それだけ言うと、足早に歩き出す。
そういや、まだピチョンの卵は孵化しないみたいだな。
港町まで戻ってきたが、馬じゃなく牛なら借りれますとかどうやって報告すればいいんだよ。
報告の仕方によっては、大賢者の機嫌を損ねて技能の伝授フラグも消えてしまうだろうし。
あぁぁっ、どうしよう!
とりあえず、寝よう。
大賢者も二、三日掛かってもいいと言っていたし。
えーっと、ゲーム内の今の時間は――十一時前か。さっきログインしてから三時間ぐらいだな。ならリアルだと一時間半……0時前か。
明日の朝再開して……七時にログインすればこっちでは十四時間経過している事になって――丸一日以上だな。
報告は明日にしよう。そうしよう。
一通りの少ない場所でログアウトを選択し、十秒後に受付ロビーへと移動した。
『お帰りなさいませ、彗星マジック様』
「あぁ、た……」
酒場のバーに静寂な時間が流れる。そして――
『ちっ』
という、女NPCの舌打ちが響いた。
こいつにはサービス精神ってものがないのか? 俺は一応お客様なんだぞ?
あ、でもまだサービス始まってなくて課金もしてないし、客じゃないのか……。だ、だったら仕方ない。ちょっとぐらいの舌打ちは我慢しよう。
『おや? まぁ……ふふ』
「な、なんだよ。笑ったりして」
ただし声だけな。
顔は相変らず変化なし。
『いえ、なんでもございません。ふふふ』
「いや、笑ってるだろ」
『いえいえ、ちょっと、その……彗星マジック様が随分と大胆なお姿をしておいででしたので』
そう言って俺をじぃーっと見つめる彼女。
止めてくれっ。は、恥ずかしいじゃないか!
「糞っ。やっぱりお前の元になった開発スタッフって、腐女子なんだろうっ!」
『左様でございます。どうしてお解りになったのですか?』
そこは嘘でもいいから、違うと答えて欲しかった……。
「もういい。ゲーム終了」
『まぁ残念。――あ、飾り羽根はどうなさったのですか?』
ん?
はっ。そう言えばっ。
「忘れてた。孵化器の事とお使いの事ばかりですっかり忘れていた」
『鏡をお出ししますね』
俺のすぐ隣に大きな姿見の鏡が現れた。
うーん……今までは窓ガラス越しとかでしか見てなかったけど、こうして鏡の前に立つとこう……
「ムカつくほどイケメン……」
『お褒め頂きありがとうございます。精魂込めてキャラクター作成をした甲斐がありました』
「……えーっと、ここに差すかな」
ピチョンの巣の左端に差してみた。
巣が派手になった。
俺の属性に変態が加わった。
そんな気がしてならない。
『お似合いでございますよ、彗星マジック様』
「本当にそう思うか?」
『いえ、微塵も』
即答するなよ!
受付ロビーのNPCって、他のゲームでもこんななのか?
少なくとも俺が知っている二年前にやってたやつは、こんなんじゃなかったぞ。
NPCの変更とかって出来ないのかな。公式サイトから要望送ってみよう。
「もう寝る。ゲーム終了」
『承知いたしました。本日のプレイ時間は現実時間に換算しまして、七時間六分四十七秒でございます。脳への負荷の心配はございませんが、ゆっくりお休みになられてください』
「え、あ、ああ」
『この度は『Imagination Fantasia Online』をお選び頂き、ありがとうございます。またお越しくださる時を、ここでお待ちしております。それでは、おやすみなさいませ』
そう言って、あいつの顔はほんの少しだけ――笑った。




