201:株式会社AQUARIaの中の人たち。
都会にある某ビルの一室。
定期メンテナンス前日の火曜日に遡る。
「明日のアップデート内容の確認をする」
「「……」」
返事が無い。ただの徹夜明けの死人のようだ。
まさに徹夜明けである。
その理由は――
「えぇー……。日曜日の敗戦の時点ではエリア解放の予定は無かった。が、月曜日、NPC側でエリア解放の予告めいたセリフをプレイヤーに口走ってしまったため、急遽一部を解放することになった」
「「……」」
チーフの説明を耳にしているスタッフの目が、死んだ魚のように生気が一切感じられない。
先住民NPCディオが、とあるプレイヤーに自らの村へ来るよう伝えた事でエリアの解放を前倒しにせざるを得なくなったのだ。
もちろん、そうしないという方法もあった。あったが、現場ではなく、上層部による会議の結果「じゃあ、前倒ししようよ。その方がプレイヤーも喜ぶだろう。ついでに課金アイテムも追加してね☆ミ」となったのだ。
現場の苦労なんてしったこっちゃない。
企業というのはどこもそんなものだ。
早朝、小松女子はスマホ片手に、ゲームマスタールームで眠っていた彼らをおこして回った。
スマホから流れる曲は、海洋生物ホラーパニック映画のテーマ曲だ。
夏になると彼女がかならず見る映画である。
今まさに、人食い鮫に食われんとする夢を見て目覚めた男たち。
気分は最悪である。
そこに来てミーティングなのだ、死人同然になるのも致し方ない。
「という訳で、アルトン村に通じるルートのみ解放する事となった。その他は、新エリア全体の解放までの繋ぎとして、遺跡ダンジョンを第二ステージに以降させることになる」
「ようやく……ようやく俺がデザインしたダンジョンが賑わう時がきたんだな……」
ぼそりと呟くのは、開拓民と共に移住してきたダークエルフの済む森から、東にある遺跡ダンジョンを手がけた男だ。
現在の遺跡ダンジョンは地下三階構造になっているが、とくにネームドも居なければダンジョンボスも居ない、ただの穴倉ダンジョンとなっている。
最初は『ダンジョン』という事で賑わっていたが、地下三階であっても生息モンスターのレベルは24とぬるい仕様に。故に人気がなくなり、海賊ダンジョンの入り口崩落と、裏口報告とで一気に客足が遠のいた。
閑古鳥の鳴くダンジョン――スタッフだけでなく、プレイヤーからもそう呼ばれていることを男は知っている。
「くくくく。見ていろプレイヤーどもめ! あちこちに仕掛けた罠でもって、貴様らを地獄に落としてやるからな! ふひひ、ふひひひひひひひ」
「チーフ、穴倉がちょっとマズいです」
「……」
面倒くさい連中ばかりである。
穴倉 衛斗。オンラインゲームの開発に携わるのは、この『Imagination Fantasia Online』が初めてである。
それまで彼は一介のゲームオタクとして、素人ゲームの作成に励んでいたニートである。
作成していたのはダンジョンゲーム物ばかりで、モンスターやキャラクターのグラフィックに愛を注がなかったばかりに、ダウンロードしてプレイしてくれる人も居なかったという可哀相な若者であった。
自分が作成したダンジョンを誰かにプレイして欲しい!
そんな一心で株式会社AQUARIaの入社試験を受けたら合格してしまった!
という経緯である。
「あ、穴倉君。それで、準備は――」
「出来ていますともチーフ! 俺の完璧なまでのダンジョンによって、明日からは屍の山ですから!」
屍の山にしろとは言っていない。寧ろ難攻不落のダンジョンなんかになったら、プレイヤーからのクレームで悩まされるだけだ。
だがそうならない事をチーフは理解している。
何故なら――
この穴倉、ダンジョンオタクではあるが、正直、『難攻不落』とは縁の無い奴だからだ。
アクションゲームをやらせれば、一面クリアがやっと。
コンシューマーのダンジョンゲームをやらせれば開始五分でパーティー全滅。
とにかく、下手糞なのだ。
何故こんな男が採用されたのか……。
「うおおおぉぉぉっ、俺はやるぜっ!」
情熱である。
自分がデザインしたダンジョンを大勢にプレイして貰いたい。楽しんで貰いたい。
この情熱だけで採用が決まったのだ。
株式会社AQUARIa。ダメな企業である。
「え、えぇっと、ダンジョンはよし。次回のアップデートに繋がる限定イベント、漂着船も今回実装だ。そっちの準備は?」
「あ、もう終わってます」
「そ、そうか。穴倉君、仕事が早くて助かるよ」
「いえ、遺跡ダンジョンに比べると、チェックも適当ですから」
適当では困る!
といいたいが、遺跡ダンジョンは穴倉一人で作成したダンジョンであり、愛がある。
漂着船もまたダンジョンなのだが、こちらは三人のダンジョンデザイナーによって作られた物で、穴倉にとって愛は殆ど無い。
データのチェックは一度きり。他のデザイナーもそれぞれ一回ずつチェックをしている。計三回だ。まぁ十分といえよう。
ちなみに遺跡ダンジョンのチェックは、十回以上行っている穴倉である。その都度、何かの罠を追加したり、モンスターの配置変えをしたりしている。
ある意味、病気ともいえよう。
「明日のメンテは十九時まで取ってある。そんなに焦る事はないからな。確実にミスのないよう頼むぞ。それとロビーの劇的大改造コンテスト締め切りも明日だ。まぁこちらは集計が後日になるから、今は気にしなくてもいい」
「「……」」
まるでゾンビとミーティングしているようだ。
そうチーフは思った。
約一名、盛り上がっているゾンビが居るが。
「うおおおおおぉぉっ、血祭りだぜぇえええっ」
「ところでチーフ、NPCからエリア解放の予告を聞いたプレイヤーって、誰なんですか?」
(小松君……君はなぜ地雷を踏もうとするんだ……)
書類をまとめ、ミ−ティング終了の声を掛け用とした矢先にこれだ。
出来ればチーフはそのプレイヤー名を伏せておきたかった。
何故なら、更なる火種にしかならないからだ。
都合よく、月曜日は小松女子は休みであった。だから他の誰にも知られること無く、穏便にエリアが解放できる――と思ったのに。
「あー……ミーティング終わり。各自、今日は定時で上がること」
「「ヒャッホー!!」」
ゾンビが生き返った瞬間だ。
「チーフ、誰なんですか?」
しつこい小松女子である。
スルーしたい、したいのに小松女子の顔が怖い。
美人が凄むと怖いと聞くが、その通りだとチーフは思う。
凄まれにじり寄られ、誰なんですコールを連呼する彼女に、チーフは負けた。
「き、君のお気に入りの……」
「彗星マジック君ですか!? いやぁん、私、張り切って仕事しますね」
「「野郎かっ!?」」
キャッキャウフフな小松女子と、怒り狂う他男性スタッフたち。
「穴倉あぁぁぁ、絶対奴をぶっ殺せ!」
「任せてください先輩!!」
「っぷ。穴倉君のダンジョンで彼が死ぬ訳ないわ。むりむり」
「奴の泣きっ面が目に浮かぶぜぇ」
無事にアップデートさえ出来ればそれでいい……。
そう祈るチーフであった。
新章開始であります。