20:マジ、嫁をとる?
「何? ピッピの卵を渡されたじゃと?」
「勇者様の頭、鳥の巣になってるぅ〜。可愛いぃ」
「冒険者さん。それはピッピの卵ではなく、ピチョンの卵ですよ?」
何? ピチョン?
……え、じゃあバグじゃなくって、本当にピチョンって名前だったのか。
なんだ、あの鳥はピッピじゃなかったのか。
じゃあ……
「すみません大賢者様っ。卵違いでした! 明日、明日こそちゃんとピッピの卵を――」
「いらん」
「明日こそ!」
「いらんと言うておろうがっ。可愛い孫は誰にも渡さん! わしは忙しいんじゃっ。出直して来いっ」
早口でそれだけ言うと、大賢者様、家の奥に行ってしまわれた……。
孫は渡さないって、なんか物凄い勘違いされてねえか?
はぁ、どうすっかなこの卵と巣。
なんだこのデジャブ。
代わりに出てきたピリカの親父さんが、軽く会釈して口を開く。
「すみません冒険者さん。ちちの言葉は本当なんです。暫くはいろいろと忙しくなりますので」
「そうだったんですか……。あ、あの、ところで大賢者のご子息なら、その……魔法の事、とか」
大賢者の代わりに技能教えてくれちゃったりしないかなとか、別に下心があるとかそういう訳では――ある。
「あぁ、すみません。私、義理の息子なんですよ。死んだ妻があの方の娘でして」
「ぎ……り……」
「はい。私は平凡な学者ですから。魔法の事はさっぱりでして」
学者が平凡なのか……。それはそれで何か教えてもらえそうな気もするが。
あ、じゃあ。
「じゃあ、さっき言っていたピチョンってのは?」
「――あぁ、やっぱり勘違いされていたんですね。見た目は確かにピッピと似ていますからねぇ」
ピッピとピチョンは、同種の鳥類モンスターらしい。
まぁゲームによくありがちな、見た目そっくり色違いだの、ちょっとオプション付いただけのシリーズだな。それぞれレベルは違うから、同種だとしても強さは段違いだったりする。
「ピッピはレベル8ですが、ピチョンは現時点ではまだ知られていません」
「え? 知られてない?」
「はい。なんせピッピ以上に極稀にしか見られない希少種ですので。解っていることは、レベル20の冒険者でも太刀打ちできなかったという事です」
うぉ。あのお袋ピッピ――じゃなく、ピチョンは予想以上に強かったのか!
そうだよな。蛇を一撃で倒してたし。
「はぁ……育てるって……どのくらいのレベルなのか解りもしないモンスターの雛を育てるって……孵化した途端に、俺の頭食ったりしねえだろうな」
「えぇ、勇者様知らないのぉ?」
じっと俺の頭を見ていたピリカがドヤ顔になった。
「鳥さんはねぇ、卵から出て来たとき、最初に見た人をお母さんと思うんだよぉ〜」
「あぁ、すりこみってやつか」
「ちぇっ。知ってたの〜?」
「まぁな。お兄さん、大人だからなっ」
ドヤ顔をしかえす。
十六歳だが、ピリカから見れば俺も立派な大人だよな。うん。
「冒険者さん、よろしければまた改めてお越しくださいませんか? 私たちもこれからあちこち駆け回って、準備をしなければなりませんから」
「あ、はい。解りました」
準備? なんの準備だろうか。
も、もしかして技能を教える準備!?
「ピリカも大忙しなの〜」
「そ、そうか。頑張れよ」
「うん♪ 勇者様も頑張ってね」
「……あぁ!」
やっぱりそうだ。
俺に頑張れって事は、そういう事なんだよな?
「あ、冒険者さん。大事な事を忘れていました」
「え、な、なんですか?」
技能のヒントとか!?
「ピリカはどこにも嫁に出す気はありませんから。たとえピリカの命の恩人である、あなたの下でも」
そう言って怖い顔になる親父さん。
いやだから違うって。何勘違いしてんだよこの親子は。
魔法を教えて貰いたくて通ってるんだと十分ぐらい掛けて説明すると、ようやく理解して貰えた。その時の親父さんの顔は、心底安堵したような顔だった……。
誤解が解けたようで良かったよ。
改めてって事だし……そういや今何時だ?
さっきログインしたのが五時過ぎだったしなぁ。
ゲーム内一時間がリアル三十分……一晩中綿集めしてたから……腕時計を見ると、時刻は四時十五分。
六時間ぐらい経過してるな。
って、晩飯の時間過ぎてる!?
「そ、それじゃあ俺も用事思い出したんで、また今度」
「はい。お待ちしております」
「待ってるね、勇者様〜」
なんか彼らの目の前でログアウトするのは、なんとなく演出としてダメな気がしてしまい、慌てて路地を曲がって彼らから見えないのを確認してログアウトする。
『お帰りなさいませ、彗星マジック様』
「今現実だと何時だ!?」
『はい。午後八時三十七分二十五秒……二十六秒……二十七秒……』
「秒読みしなくていいからっ。ゲーム終了だ」
『お止めになるのですか? 寂しい』
「は?」
酒場のカウンターの向こうで、女NPCがしおらしい態度を見せる。
……罠か?
「ゲーム終了」
『承知いたしました。またのお越しをお待ちしております。っち』
「おい、最後の舌打ちはなんだっ。おいっ――」
暗転。
「おいーっ!」
思わず座椅子から飛び起き、パソコンのモニターで額を強打する。
痛い……あぁ、これは現実か。
次からはベッドに寝転がってプレイしよう。
しかし、現実に戻ってくると途端に腹が減るな。
リビングに降りると、親父とお袋がテレビを見ながら笑い転げているところだった。
「お袋、飯ある?」
「あるよー。ゲーム面白かった? VRってどんななの?」
「VRやったのか? 職業は? ヴァーチャルって、実際にはどうなんだ?」
お袋は飯を温めなおししながら、親父はテレビを見るのをやめ、俺の隣に座りながら尋ねてくる。
気になるなら自分達もやればいいじゃんか。
「えぇ、だってパソコンとギアと両方揃えたら、一式二十万超えよぉ」
「二人分ともなるとなぁ……それに、若い頃と違ってもう遅くまで起きていられないし」
「そうそう」
十一時頃までいつも起きてるじゃねえか。
とは思うが、金の事を考えたらおいそれと買える品物じゃないな。ノーパソが一台あるが、スペック的に動作しないだろうし。
「そう考えたら、よく買ってくれたな。最新式のギアなんか」
「だって彰人、ゲームのコマーシャル見ながら『やってみたいな』ってぼそっと言ってたじゃない」
「え? そ、そんなの言ってた?」
「父さんも聞いた事あるぞ。それに、以前お前が自分で買ったギアは中古で、すぐ壊れただろ」
半年で壊れました。
あれはショックだった。
相場九万のギアを、中古一万で買ったのはやっぱりマズかったんだろうな。
「ネットゲームの面白さはお母さんもお父さんも知ってるし、だから夏休みに合わせて買ってあげようかなぁとか思ってたわけよ」
「お前の誕生日も七月だしな」
「有り難い事です」
ネトゲの面白さねぇ。
でも両親が知ってるネトゲって、MMO時代のやつだもんな。
そして二人はネトゲで出会って――という、なんとも人様には言えない出会い方してるし。
飯を食っている間にも、ネトゲでは人との繋がりがどうとか、パーティーではこんな事したら地雷扱いされるからなとか、山があったら登れとか、二人の昔語りが始まってしまった。
さっさと飯食って、風呂行ってログインしよう。




