2:マジ、ゼロ距離で魔法をぶっぱする。
「フ……『ファイア』」
緑色のゼリーがぷるぷる。
さっきから寛いでいるかのように、小刻みに揺れている。
『大ハズレでございます。これは一種の才能でございますね』
「五月蝿いっ。こっちは必死なんだっ。話しかけないでくれっ」
『畏まりました』
もう一度。
よぉく狙って――これはゲームなんだぞ。リアルなんか関係ないだろう。そうだ。関係ないんだっ!
例え極度のノーコンだったとしても、それがVRにまで反映される訳ないんだよ。
ないんだよ。
ないんだよな?
まさか、な?
「『ファイア』」
突き出した右手の先から現れた炎は、ぷるぷるコスライムの遥か右側に飛んでいってしまった。
かすりもしない。
どうなってんだ。VRってのはリアルの身体能力まで反映されるのか?
以前やったVRではそんな事なかったんだが。タイトルによってその辺は違うのか。
「なぁ、このゲームだとリアルの身体能力とか、そういうのも反映されるのか?」
女NPCは口を真一文に結んだまま首を傾げ、じっと俺を見つめている。
「反映されないのか?」
首を傾げてこちらを見つめたままだ。
「なんか喋れよ」
『先ほど話しかけるなと申されたので黙っていたのですが、よろしいのですか?』
……く……俺の負けなのか!?
「いいから質問には答えてくれっ。いや答えて下さいっ」
『畏まりました。ふふ』
無表情で『ふふ』とかいうなよ!
『結論から申しますと、この『Imagination Fantasia Online』はタイトル通り、想像によって様々な行動が可能となるシステムとなっております。したがって、プレイヤーの身体能力云々より、想像――思考などが影響を受けやすいシステムでございます』
「想像?」
『貴方様が魔法を使う際、最初に頭で想像した内容が現実のものとなっているのでございます。恐らくこの様子ですと、当たらない――とお思いになられませんでしたか?』
……思った。
コスライムの斜め上に飛んでいく火の玉を想像した。
当たる気がしないって、それしか思い浮かばないんだから仕方ないだろっ。
『ここまで魔法が当たらないというのは、現時点でチュートリアルを完了しているユーザー数二万四六七二人でも貴方様だけでございます』
「詳細な数値まで言わなくていいっ。で、どうすればいいんだ?」
『思考が影響するシステムでございますから、当たると思い込めばよろしいのです。至極簡単な事でございますよ?』
無表情で首を傾げてこちらをじっと見つめてくる女NPC・・・・・・絶対こいつ内心で笑ってるだろっ。
だがこいつの言う通りにやらなきゃ先に進めないんだよな。
当たる。
当たる。
ここはゲームの中なんだ。
俺の思い込みが原因なだけで、ノーコンは関係ないんだ。
だいたい魔法だぞ?
別に投げてる訳じゃない。
狙いを付けて――魔法名を口にして――飛ばす!
やっぱり投げてるじゃないですかーっ。
当たる気絶対しないよ、無理だから。無理ゲーだから。ゲームなだけにっ。
そして――
炎はぷるぷると風に揺れるコスライムの頭上、凡そ五メートルの位置を飛んでいった。
『そろそろ一時間が経過いたしますが、一向に当たる気配がございませんね。試しに遠距離攻撃手段を諦めてみては?』
「はぁ……はぁ……遠距離、攻撃、手段を?」
『はい。例えば――』
遠距離攻撃はノーコンが邪魔で当たらない。どうやっても当たらない。
遠距離がダメ。
なら諦めて……
『剣技能などを――』
「そうかっ! 射程があるからといって、遠距離からじゃないと魔法は使えないって訳じゃないもんなっ。ゼロ距離からでも使えるんだろ?」
『……可能でございます。しかしまずは――』
「よし。ゼロ距離ならノーコンも関係ない。殴るのと同じだからな。行くぞ、ぷるぷる!」
『コスライムでございます。人の話しは最後まで――』
走ってコスライムの前に立ちはだかり、そして魔法を唱える。
「ゼロ距離からの――『ファイア』」
小さなスライムを上からつぶすような仕草で、掌に現れた炎を押し付ける。
《ピギャっ》
思った通りだ。中った!
小さな悲鳴を上げたコスライムだが、絶命させる事はできなかった。
ぶるぶるっと震えたコスライムが俺の顎目掛けてジャンプ!?
ぐっ。痛い。
やられたらやりかえす!
「『ファイア!』」
《ピギャっ》
まだ倒れないか。
そして奴のターン。
同じく顎攻撃を食らって……あ、視界が赤く点滅しはじめた。
二発で瀕死ってことか? それ、マズくないか。
『現在はステータス設定も装備も何もしておりませんので、戦闘が無駄に長引く事になります。戦闘を終了されますか?』
「あ、ああ。そういう事か。じゃあ終了させてくれ」
魔法攻撃だからINTが高くなければダメージは低い。しかも装備も無しだしな。それでいて食らうダメージはでかい、と。
そりゃあ二発で瀕死にもなるな。ふぅ、焦った。
とりあえず魔法での戦い方はマスターした。
ステータスに関しても、魔法攻撃力を上げる為にINT優先だろう。
ただ反撃を食らうってのを考えると、防御面も考えないとな。
『他の技能もお試しいたしますか?』
「あぁ。防御面も補いたいんだが、お勧めの技能はあるか?」
『……魔法職は敵から離れた位置での高威力攻撃を得意とする戦闘スタイルでございます』
「そうだな」
『接近される前に倒す。それが――』
「俺が接近するから関係無い」
『……左様でございますね。では、無難なところですと『耐久力向上』でしょうか。こちらはスキルレベル毎にVITを0.5するものですが、効果はございます』
魔法使いならVITは普通捨てるよな。
初期に選べる技能は五つ。最低でも属性攻撃技能は一つ必要だし、残り四つだ。候補にだけ入れていこう。
「他に無いか?」
『盾を装備されるのでしたら、『盾術』も最適です。こちらでしたら、盾を使った攻撃スキルもプレイヤー次第で修得できますし』
「盾か。なるほど。盾そのものにも防御力があるしな。他には?」
なるほどとは思うが、盾を装備して魔法を使うという姿があまりマッチしない。
『難易度は高いですが『ガード』もございます。武器を使って敵の攻撃を受け流す技能でございますが、問題は近接攻撃にしか効果を発揮できない点でございます』
「他」
『『格闘術』もございます。こちらは近接攻撃力を上げると同時に、回避率、防御力も僅かでございますが上がります』
回避と防御か。
ゼロ距離から魔法を放ち、敵の攻撃を華麗に躱す。
うん。それでいこう。
そうすると、回避に関わる他の技能は――
『では最後にキャラクターネームをお決めください。同一ネームは使用が出来ませんのでご注意を』
「うーん……無難にアキト」
『既にご使用のユーザーがいますのでお使い頂けません。ご参考に、アキト0123aa、アキト8314na――』
「いやいい。じゃあ……」
リアルネームがダメなら、職業にちなんだネタにするか。
えっと、魔法使い……前にやってたVRだとマジシャンってなってたな。
「マジシャン」
『既にご使用のユーザーがいますのでお使い頂けません。ご参考にマジシャン9964、マジシャン6666――』
「マジシャンもいるのか。じゃあ……」
マジシャンがダメならこうだ――
◆◇◆◇
名前:彗星マジック / 種族:ダークエルフ
レベル:1 /
Ht:177 / Wt:66
HP:320(320) / MP:800(800)
STR|(筋力):1
VIT|(耐久):1
DEX|(集中):1
AGI|(敏捷):1+1
INT|(魔力):31+1
LUK|(幸運):1
【セット技能】
『雷属性魔法:LV1』 / 『神聖魔法:LV1』
『格闘術:LV1』 / 『敏捷向上:LV1』
『魔力向上:LV1』
【獲得スキル】
『サンダー:LV1』 / 『ヒール:LV1』 / 『ライト:LV1』
【装備】
『初心者用ローブ|(HP+100) / 『初心者用ズボン』|(HP+100)
『初心者用のシューズ|(HP+20)
『初心者用の杖』
◆◇◆◇
こうなった。
マジックもダメだったので水性をと思ったがダサかったし、ちょっと捻りをきかせてみた。
HPがやたら低いのはVITが初期数値だからだな。
自由に振れるステータスポイント30を全部INTに振ってしまっているし、これは仕方が無いか。
HPは防具を着る事で増えるという事だから、そこで補えばいいさ。
属性魔法を雷にしたのは、きっとこれを最初に取ってる魔法使いが少ないだろうと思ってだ。
あとかっこよさそうだから。
パーティーでの需要も考えて、神聖魔法ってのも取ってみた。ソロ狩りでも役に立つだろう。
『ではこちらで決定でよろしいですね?』
「あぁ。これで頼む」
『畏まりました。しかし――』
女NPCは俺には見えない何かの操作をしながら、手は休める事無く視線だけをこちらに向けて言葉を中断する。
だからこの間はなんなんだと。
『水属性の魔法をお持ちで無いのにスイセイとは……』
「……う、五月蝿い! い、いつか水属性の技能も取るからいいだろっ」
『チュートリアルはこれにて終了いたします。他にご質問はございますか?』
糞。こいつまたしれっとスルーしやがったな。
あぁあるとも。肝心のスキル創造システムがまだよく解ってないんだ。ここ重要だからな。
「スキルの創造の仕方を教えてくれ。どういう感じで作ればいいんだ?」
『はい。ほぼ全てのユーザー様から頂いております質問でございますね。スキルの創造にはイマジネーションポイント、略してIMPが必要となります』
このIMPはキャラクターのレベルと、技能のレベルが上がる事でそれぞれ1ポイント付与される。
IMPを消費してスキルを新しく生み出すってのが、『Imagination Fantasia Online』の売りの一つだ。
『スキルを想像するにしても、何でも自由に作れるという訳ではございません。修得技能に関連した効果でなくてはならないのです』
「関連?」
『はい。たとえば現時点での彗星マジック様ですと、剣を使うようなスキルを創造する事は不可能となります。魔法で限定すれば、火属性の魔法、水属性の魔法、土属性の魔法、風属性の魔法なども創造できません』
なるほど。あくまでも現時点で修得済の技能前提なんだな。
まぁそうでもしないと、少ない技能でなんでも出来ちゃう子が大量発生するもんな。
『またスキルの効果によっても消費するIMPが変わってまいります』
「どんな風に?」
『範囲攻撃か否か。複数の技能が前提となる複合技になるか否か。特殊効果の有無など、さまざまでございます。実際に試してご覧になりますか?』
「やらせてもらえるのか?」
『……只今の発言はセクシャルハラスメントに該当する発言でしょうか?』
「は? やらせ……ぶっ。ななななななんて事を言い出すんだっ!」
しかも無表情で!
『冗談でございます』
「真顔で言うなっ!」
『表情を作り出すプログラムは施されておりませんので、ご了承ください。ではスキル創造の為に、IMPを10付与させて頂きました。スキル欄をお開きください』
く……。無駄に緊張するじゃないか。
スキル、スキル……右下に『スキル作成』というボタンが出てるな。どうせこれを押すんだろ。
『スキル作成というボタンが――もう押しましたね』
「押したよ。で、次は? なんか技能リストが出てきたが」
『……作成スキルの媒体となる技能を選びます』
んん?
なんとなく。いや気のせいかもしれないが、少しだけ女NPCの眉が動いたような?
奴の指示を先読みしたから、不貞腐れてるのか?
つまり、俺は勝った!
『次。複数技能を選択する場合、最大で三つまで可能です。が、その分消費するIMPも増えますのでご注意ください』
「下手に最初から消費ポイントの激しいスキルばかり作ってると、総合的に見てスキル数が少なくなるってことだよな?」
『その通りでございます。多くの技能を修得すれば、その分レベルアップで付与されるポイント数は増えますが、技能の数だけスキルも創造したくなるものですので』
ペース配分はしっかりと、だな。
とりあえず作り方を教わるだけだ。解りやすい『雷属性魔法』を媒体に選んでいこう。
技能名をタップすると、今度は効果範囲の選択項目が出てきた。
1:敵or自身単体。
2:小範囲。
3:広範囲。
1を選べば消費IMPは少なく、2、3の順に必要ポイントが増えるな。
小がいまいち解り難いから、これを選ぶか。
お、今度は将棋盤みたいなのが出てきたか。
『範囲設定画面では、青い点がプレイヤーキャラクター、赤い点が対象となります。範囲は一、自身を中心にしたものと――』
二、対象までの直線上。
三、対象を中心とした半径一マス円内。
四、指定した直径三マス円内となっている。
一マスが一メートルだという。
広範囲だと最大直径五十マスまで行けるらしいが、ここまでくると消費するIMPが100をゆうに超えるポイントが必要なんだとか。
『範囲設定まで完了しましたら、そこから先の効果などは、直接プレイヤー自身で書き込んで頂く項目となります。その内容によって、作成の可否が決定されます』
「可否って、審査があるのか」
『左様でございます。ゲームのバランスとして、問題の無い範囲でなければなりません』
壊れ性能のスキルを自由に作れたりはしないのか。
まぁそんなもの作れたら、俺TUEEEだらけになっちまうな。
いや、全員がTUEEEなら、それはTUEEEじゃなくなるのか。
『その他、技能から想像できるものを特殊効果とする事もできます。もちろん消費IMPが増えますが』
「特殊効果か……雷だと感電して……痺れて暫く動けなくするとか?」
『正解でございますっ。彗星マジック様、素晴らしいですね』
口調だけは変わったが、表情は相変らず動かないな。
『スキルの作成方法をざっくりとご説明いたしましたが、ご理解頂けましたか?』
「あぁ。なんとなく解ったよ」
『もっと詳しくご説明いたしますか? その際、五時間ほどお時間を頂くことになりますが』
「いや……そんな事してたらオープンベータ始まるだろ」
既にこのロビーに来て二時間ぐらい経っている気もする。
最初のコスライム戦で一時間使ったしな。
『あと二十七分でオープンベータテストが開始されます』
「もうそんなにかっ。一度ログアウトしておくか」
『もう帰ってしまわれるのですね。大変残念でございます』
「え?」
俺が帰るのが、残念?
な、何言ってんだこいつ。やっぱり中の人でもいるのか?
『またのご来訪をここでお待ちしております。それでは――』
「あ、ああ。また、な」
『はい。どうぞ、ごゆるりとお手洗いに行かれて下さい』
斜め四十五度にお辞儀をした彼女の姿が薄らいでいく。
ごゆるりとって……確かにトイレには行かなきゃならないだろうが、何故それをログアウト時のセリフに持ってくるんだよっ!
『おはようございますこんにちはこんばんは。ワタクシは彗星マジック様専用受付ロビーのサポートスタッフでございます。
今回はステータスについてのご説明を行わせていただきます。
まず基本ステータスからご説明いたします。
HPとは、プレイヤーキャラクターの生命ポイントでございます。これがゼロになると戦闘不能状態となり、後に実装される蘇生アイテムや蘇生魔法などを使用しない限りは、三十秒後に最寄りのセーブポイントへと強制転送されます。尚、イベント中などは三十秒の経過を待たずして強制転送される事もございます。レベル1毎に+25。VIT1毎に+50されます。
続きましてMPについて。こちらはスキルを使用する際に必要なポイントとなっております。MPを消費する事でスキルが発動。このため、残りMPがスキルの消費MPに満たない場合は、スキルの不発となってしまいます。レベル1毎に+15。INT1毎に+25されます。
HPとMPの回復は、スキルやアイテムでの使用で回復する事が出来ます。また、座って休息する事でも回復できますが、こちらは極少量を一定間隔で回復しますので、全快には多少お時間が掛かる仕様となっております。
続きましてSTR以下のご説明を。
STRは筋力を現し、これが高いほど物理攻撃力が高くなります。ただし、この数字が大きいからといって、プレイヤーキャラクターのアバターがムキムキマッチョになる事はございません。もしそのような仕様にしていますと、前衛で活躍される皆様がムキムキマッチョになってしまわれます。当然、うら若き女性もムキムキマッチョウーマンになってしまいます。そんなファンタジーゲーム売れると思われますか?
思いませんよね? え、思う?
そうですか。まぁ世の中には様々な性癖をお持ちの方もいらっしゃいますし、ワタクシとしてもムキムキマッチョがそこかしこに存在する世界はなかなかに楽しそうだと思いますのでよろしいかと思います。
しかし残念ながらこの【Imagination Fantasia Online】ではSTR=見た目ムキムキにはなっておりません。大変申し訳ありませんが、どうかお諦めください。
次はVIT。撃たれ強さを表しております。この数値が高いとHPが増え、物理防御力も高くなります。この数値が高いからといって、アバターが太ったりといった事はございませんのでご安心ください。VIT1でHPは50上昇します。
DEXは集中力を意味しております。このステータスに関しては、様々なところに影響を与えております。
まずは攻撃の際の命中率。この数字が高ければ高いほど、命中率は上昇します。しかしレベル補正などもございますので、ただ当てるだけでしたらそこまで高くなくても十分です。また弓を使った攻撃力はDEX依存となっております。その他、生産の際の成功率もこのステータスが大きく関わってきます。
AGIは素早さを現す数値です。この数値が高いと早く走れる――という訳ではなく、戦闘時の回避率に関係する数値となります。また攻撃速度もAGIが高ければ高いほど、早くなる仕組みでございます。
尚、攻撃速度は装備している武具によってプラスマイナスの補正が入りますので、一概にAGIだけとはございませんのでご注意ください。
INTは魔力の高さを意味しております。他のVRMMOでは知力と紹介されている事もございますが、【Imagination Fantasia Online】では魔力という事でご紹介させていただきます。
この数値が高いほど、魔法攻撃力や回復魔法の回復数値などが高くなります。MPもINT1ごとに25上昇します。また相手からの魔法防御力もこのINT依存となっております。
最期にLUK。幸運を意味するステータスですが、数値が高いからと行ってドロップ率に影響を与えたりはございません。こちらのLUKは、DEXによる命中率とは他にある【必中】の発動率や、相手の防御力を無視したクリティカル攻撃の発生率、完全回避率などに影響を与えます。その他、生産の成功率にも影響を与えますし。
ステータス欄には表示されておりませんが、このほかのステータスとして攻撃力、防御力、魔法攻撃力、魔法防御力、命中率、回避率、必中、完全回避、クリティカル発生率などもございます。
これらの計算式はプレイヤーには知らされてない内容ですので、ここでご説明するわけにはいきません。ご理解とご協力をお願い申し上げます』