198:シンフォニア、生みの親をディス――れない。
ディオに勘違いされたまま、ずるずると二人で狩りに出てみたり。
「大賢者を倒したような男でも、毎日の鍛錬は欠かさないんだな」
「あ、あぁ。技能レベルを上げなきゃ、覚えたい技能が習得できないからな。ちなみに大賢者は生きているぞ」
「そうなのかっ」
「あぁ。年寄りを手に掛けるほど、俺も落ちぶれてはいないからな。それに習得したい技能についても、大賢者が詳しいからな」
なんか俺カッコイイ。
「そうか。だが大賢者を倒した事に変わりは無いだろう。それで習得したい技能ってのは?」
「重力操作さ」
魔法の事には詳しくないのか、ディオは首を傾げたままボーンラビットを切り刻んでいる。
こちとら獲物をしっかり見ながらじゃないと、攻撃が当たらないってのに……ズルい、NPCズルい!
森の中に移動したが、こっちは火属性の動物タイプが多いな。
精霊をノームからウンディーネに変更し、ディオの武器に水属性を付与してもらっている。
おかげでディオが強いのなんの。
それに比べてこっちは、水芸でちょろちょろっと兎を濡らすだけ。いや、ダメージは結構出るんだけどな。
見た目がなぁ〜。やっぱり宴会芸でしかないよな。
ゲーム内の太陽が傾き掛けて来た頃、ディオが――
「じゃあ俺は村に戻るよ。マジック、いつか必ず村に来てくれ」
「あぁ、今からでもいいか?」
「イ、マ……」
あ、固まった。今はダメってことか?
「今はまだその時ではない。時を待つがいい」
「おい、口調変わってるぞ。誰だお前」
「マダソノ時デハ――」
段々顔の表情もなくなってきたぞっ。
怖い、怖すぎる!
「分かったっ。今は行かない、行かないから戻ってこぉ〜いっ」
「そうか、それは良かった」
行き成り素に戻ってやがる!
今はダメってのはもしかして、エリア解放されてないからか? ならまぁ仕方ないか。
先住民の村に行けるのは、いつになるのやら。
そして村に行った時、俺はどうなるのか。
面白いからこのまま大賢者を倒した男ってことにしておこう。
ディオの姿が視界から消えると、今度はバッサバサという羽音が聞こえてきた。
ん? なんか前にもあったような?
……。
「あった! 前にもあったぞっ」
ババっと背後を振り返ると、金色の粉が降って来るのが見えた。その粉がどこから降ってきているのか……。
見上げると三メートル程もある、巨大な蛾がホバリング中だった。
こういう昆虫って、ホバリングできたっけ?
とか思ったが、今はそれどころではない。
それこそ、時は来たのだ!
「復讐の時がなぁっ!」
叫ぶと同時にぷぅが絶妙なタイミングでサンバを踊り始める。
精霊をウンディーネからノームにチェンジし、石礫を飛ばして蛾を攻撃する。
いいよな。投げて当たるっていいよな。
さて、じゃあ俺も戦いますかね。
まずは――
「『エアカッター!』『ロック』『エアカッター!』『ロック』『エアカッター』『ロック』『エアガッ――」
舌を噛んじまったっ。
攻撃するたびにジャンプして、タッチする要領でヒットさせてたもんだからな。着地のタイミングで次の魔法を唱えてると噛んでしまうのは仕方が無い。
だが、休み無しでのスキル連打だったんだ、奴のHPもかなり削れただろう。
そう思って見上げると、大きな複眼と目が合ってしまう。そしてもう一つ、見るんじゃなかったと思うものが……
「夜光のミラクル・モスキート……レベル……45、だと」
【戦闘不能状態になりました】
【最寄のセーブポイントに帰還しますか?】
【はい いいえ】
テレポ用のMPを節約できたぞ。うん。
〔ぷ〕
やっぱりダメね。とぷぅが溜息混じりに言う。
だって仕方ないだろ。こっちのレベルは今日の狩りで33になったばかりだぞ。レベルが12も上で、しかもネームドだ。勝てる訳が無い。
せっかく踊ってやったのにと不貞腐れるぷぅに、合成ペットフードを一つ見せて機嫌をとる。
〔ぷっぷぅ〕
「は? そろそろこの味にも飽きた? っち。そうだ。さっきの森で木の実拾いはしてなかったな」
〔ぷ! っぷぷぷぅぷ!!〕
「そうだな。昆虫系が居る森だと、美味い物があるかもな」
〔ぷぅ〜♪〕
でも昆虫って、樹液を吸ったりしているんじゃなかったっけか?
そう思いながらも、さっきの蛾の事を考える。
ボーンラビットのレベルは32と、適性レベルの敵だ。花畑に居た連中も30から33と、ソロでもなんとかなる敵だった。囲まれすぎるのは要注意ではあるが。
ネームドは確かに周辺生息モンスターよりレベルが高い事もあるが、それでもせいぜい+1か2だ。
なのにあの蛾ときたら……高すぎじゃね?
くそぅ。リベンジ出来ると思ったのになぁ。
不貞ログアウトしてやるっ。
ログアウトボタンを押し、旅の扉を潜ってロビーへと移動する。入るとすぐシンフォニアが頭を下げて出迎えてくれた。
『お帰りなさいませ、ご主人様』
「……またそのネタか」
『思い出した頃に使いませんと』
いや、別に使わなくてもいいんだぞ。
「そうだ、シンフォニア。鉱山を少し下った森エリアにさ、明らかに他とレベルの違うネームドがいるんだが。レベル設定間違えてないか?」
首を傾げてからシンフォニアは、右手人差し指を立ててから口を開く。
『もしかして、夜光のミラクル・モスキートでございますか?』
そうそうそれそれ。俺がうんうん頷くと、にやりと笑って言葉を続ける。
『ご存知ですか? モスキートとは、実は蚊の事なのですよ』
「……唐突に何を」
『蛾なのに、蚊だなんておかしいと思いませんか?』
「そりゃあ……。なんで蛾にモスキートなんて名前に?」
『ふふふ』
ついのせられて質問してしまった。
答えるのが楽しいからなのか、それとも誘導に引っかかった俺を嘲笑っているのか……どっちなのか分からないが、よく見るニヤニヤ顔だ。
この顔を見ると、敗北した気分になってしまう。
『モンスターをデザインしている方が、その名前も考えるのですが。ハッキリ言ってセンスの欠片も無い方な――』
「おいおい、開発といえばお前の生みの親同然だろ。そんな風に言って……ん? シンフォニア?」
口を開けたまま硬直している。
どうしたんだ、こいつ?
あ、動きそうだな。
いや、でも様子がおかしい。口をパクパクさせて、声がまるで出ていない。
『――もんすたーノでざいなー様ハ、はいせんすノ持チ主デゴザイマス。ソレハモウ素晴ラシイトシカ言イヨウガゴザイマセン。オ姿モ大変魅力的デゴザイマスシ、優シク、誰カラモ愛サレル方デゴザイマス』
「……そうか」
『ハイ』
突然ロボットみたいな口調になりやがって。強制プログラムでも起動したのか?
「なぁシンフォニア」
『はい。なんでございましょう?』
「あ、戻ったな。……お前ってばさ、開発や運営の悪口が言えないような、もしくは無駄に持ち上げるようなプログラムでもされてるのか?」
にっこり微笑んだ彼女は、さも当たり前と言わんばかりに即答した。
『はい』――と。
あっさりカミングアウトしやがったな。
しかしまぁ、そんなプログラムが施されていようとは。
シンフォニアは確かに開発運営をディスりそうだけどさ……。
いや、つまりディスられるのがわかってて、こんなプログラムを施したんだろ?
ここの開発はいったい何を考えているんだ……。
『ちなみにあの森一帯は、夜になりますとモンスターの配置がガラリと変わりまして。夜の狩場適性レベルは43から48となっております』
「たかっ!!」
どうりでディオが暗くなる前に帰ろうとするはずだ……。