19:マジ、脅迫される。
《ありがとう、冒険者よ》
女の声が聞こえてきた。その声はばっさばっさと羽ばたくピッピから聞こえてくる。
ちょっと艶のある声だな。
俺はいったい何を言っているのだろう。
ほげ?
「あー、あー、夢乃さんや。モンスターが喋っているでございますですが」
「うん、そうだね彗星君。驚き過ぎて喋り方がおかしいばい」
「あんたは驚かねえの!? モンスターが喋るのってデフォなのか!?」
「いやいやビックリやけど、君ほど壊れてはないだけばい」
そんなやり取りも完全スルーなピッピは、地上の一点を見つめて容赦なくしゃべくりまくった。
《奴は音も無く忍び寄り、ことごとく我が一族の子らを食らう、悪魔のような輩です》
いや、モンスターだろ。
《我もまた奴に気づかず、あやうく子を食われるところでした。本当に感謝いたします、冒険者よ》
……卵をくれと言い出せなくなってきたぞ。
《あともう少しで我が子との対面が叶う。そう思って油断しておりました》
……かあちゃん……
《しかし……我はもう行かねばなりません》
え……。
「な、なんで早朝の一定時間にしか現れないんだ?」
ばっさばっさと羽ばたいていたピッピが――停止した。
羽ばたくのを止めても落ちないのかよ。さすがだな。
「彗星君。あの子、動きが止まったね」
「あぁ。あれな、考え中なんだよ。シンキングタイムってやつだな」
「へぇ……」
クローズ経験者も知らなかったのか。
ふっふっふ。なんか勝った気がする。
再び羽ばたきはじめたピッピの嘴が動き出す。考え中終わりか。
《我はもう行かねばなりません》
「回答になってねえしっ! 考えるの止めやがったなっ」
「逃げたってことやね」
《お願いです、冒険者よ。どうか我の変わりに子を……愛しい我が子を育ててください》
子供? 雛か??
ピッピが見下ろす地面の所まで行ってみると、そこには青い斑模様の卵が一つ転がっていた。
ひ、一つ? これ一つなのか?
二つでもあれば一個譲って貰おうと思ってたのに。
《愛おしい。あぁ、愛おしい……。もう少しで孵化するところだったのです。けれど我が滞在できる時間は既に過ぎております。我の変わりにどうか……どうか》
【ピチョンの願いを聞きますか】
【『はい』『いいえ』】
そんなシステムメッセージが出るので、なんとなく『いいえ』を選択してみる。しかもなんかモンスター名バグってるしよ。
俺は大賢者の為に卵が欲しいんだ。たぶん食うのだろうから、育てられない。
《愛おしい。あぁ、愛おしい……。もう少しで孵化するところだったのです。けれど我が滞在できる時間は既に過ぎております。我の変わりにどうか……どうか》
【ピチョンの願いを聞きますか】
【『はい』『いいえ』】
……強制かよ!
これエンドレスパターンだろっ。
もう一度『いいえ』を選択すると、やっぱり《愛おしい〜》から始まる。
『いいえ』だ『いいえ』。連打してやる!
『いいえ』『いいえ』『いいえ』『いいえ』『いいえ』『いいえ』
「彗星君、終らんけん『はい』押してよぉ」
「くそうっ。俺はここで屈服せねばならないのかっ。糞っ糞っ」
そして『はい』を選択する。
《おおっ。ありがとう冒険者よ。お礼に我が用意できる範囲で、望む物を与えよう》
「え!? マジで!? それ早くいえよ。じゃあピッピの卵」
《――お礼に我が用意できる範囲で、望む物を与えよう》
つまり卵は用意できない、と。
糞っ。
「わ、私は?」
《もちろん、そなたも我が子を助けてくれた冒険者じゃ。望む物を言うがよい》
「じゃあ……素材になりそうなアイテムを。ちょっと珍しい物だと嬉しいけんど……」
《――そなたは生産技能を持つ者であったか。ならば、我ら一族の羽などどうであろうか? この季節、羽の生え変わりで抜け羽根が多いのでな》
ピッピが《ピチョーン》と甲高く鳴くと、突然宙にピッピの大群が現れた。
そしてばっさばっさと羽ばたいたかと思うと、大量の羽根が舞い落ちてくる。
「は、羽根ばいーっ。青い羽根、水色の羽根、白い羽根っ。あぁぁ、菫色の羽根もあるぅ〜。何作ろうっ、これで何作ろうっ。ねっ、ねっ?」
「い、いや、俺に聞かれても……く、苦じい」
興奮のあまり、夢乃さんは俺の襟首を掴んで左右に振り回す。
フレンドリーファイア実装されてたら、俺、死ぬかも?
ごめんごめんと言いながらようやく首を離してくれた夢乃さんは、落ちてくる羽根を集めようと右往左往しはじめる。
が、その必要もなかたったようだ。
落ちてくる羽根は途中で光の粒子になり、そのまま彼女の腕時計の中へと収まっていったからだ。
「うわぁうわぁ。各種羽根が九九九枚になった!」
《足りぬか?》
「足ります! これ以上はあなた方が禿そうやし、十分です」
《そうか。良いものが作れる事を祈っておる。次はそなただ》
他のピッピ達がすぅっと消え、お袋ピッピが俺をじぃーっと見つめる。
そうか。純粋にプレイヤーとして欲しい物でもいいのか。
「攻撃力9999の杖」
《――お礼に我が用意できる範囲で、望む物を与えよう》
「絶対死なない防具」
《――お礼に我が用意できる範囲で、望む物を与えよう》
「彗星君、物欲丸出しやね」
「やっぱ壊れ装備はダメか……。どうすっかなぁ……」
「防具はさ、この羽根で何か作ってやるばい。武器もレア持っとるんやし……アクセサリーとかは?」
アクセか。前のゲームにもあった装備だが、ドロップは少なかったんだよな。
あれこれとっかえひっかえするの面倒だし、最初から高い能力なのがいいな。けど、ダメだろうなぁ。
「うーん。アクセサリーで魔法使い向けの。出来れば先々まで使えるのがいい。装備変えが面倒くさいからな」
《――では成長するアイテムなどどうか?》
「お、それいいね! 俺のレベルアップに合わせて効果も上がるって事か」
ピッピが頷く。
《そなたにはこれをやろう。それともう一つ……我が子の為の寝床を――》
羽ばたきながらじょじょに高さを増していくピッピ。
くるんっと一回転すると、一枚の大きな羽根を落としてきた。
「羽根?」
《それは我の頭の飾り羽根である》
あぁ、そういや頭にでっかい飾り羽根があるな。心なしか、さっきより薄くなってる気がするのは、ここに一本あるからか。
ん?
そういやピッピにこんな飾り羽根あったか?
《それには知力を高める効果が備わっておる。あと風の加護も付与しておいた》
「おぉ、よく解らないが、サンキュー」
《約束しましたよ、冒険者よ。この約束、違えれば必ずや後悔するでしょう》
え、なにその脅迫。
《では……あぁ、愛おしい我が子……どうか、どうか無事に成長する事を、母は祈っていますよ》
一方的にそう言うと、お袋ピッピは上空へ向ってと羽ばたいた。
ばっさばっさぴこんという音と共に、ピッピの姿はすぅっと空に溶け込むようにして消える。すると、ピッピが消えた付近から何かが落下してきた。
その落下物は、不思議と俺の頭目掛けて落ちてくる。
まさか……鳥の糞!?
「やべぇっ。汚ねぇっ」
ささっと避けると、落下物が追跡してくる!? 誘導装置でも付いてんのかよっ。
全力で走って振り向くと、落下物の影はどこにも見当たらない。
ふぅ、撒いたか。
そう思った瞬間、頭の上にぱさっという軽い音と僅かな重みが生じた。
糞……付いた?
「ゆ、夢乃、さん……俺の頭の上……」
「ぷふっ。何、それ……鳥の巣? か、可愛い、やん。ぷふふふ」
鳥の巣?
意を決して物に触ろうと手を伸ばし、それが糞で無い事は直ぐに解った。
小枝のようなもので作られたザルのような、そんな物だ。両手で掴むとアイテム情報が視覚化されて映し出された。
◆◇◆◇
名称:ピチョンの巣|(卵IN)
備考:ピチョンの雛の寝床。
取引不可。
彗星マジック専用装備。
◆◇◆◇
ここでもモンスター名がバグってるよ。
卵INな寝床……。俺専用って、もうね。
「夢乃さん。里親、代わってくれないか?」
「無理ばい。それ、取引不可やし。あ、ネームドのほうはドロップ無かったみたいやね。まぁ鳥さんがほとんどHP削ってたし、貢献度的に向こうに行ったんやろうね」
モンスターがドロップ掻っ攫っていったのかよ。経験値も――あ、ほとんど入ってないや。
「それより私は裁縫レベル上げんとダメやから、工房に引篭もるねっ。あ、フレンド登録させてね。装備作れるようになったら連絡するけん」
「あー、はい……」
早口でそれだけ言うと、夢乃さん、もう行っちゃったよ。
はぁ、どうするかなこの卵と巣。
港町に戻ってきたのは、すっかり太陽が昇りきった頃。
午前中ってところなんだろうけど、プレイヤーは四六時中わんさかいる。
プレイヤーとすれ違う度に、頭のほうに注目が集まるのはどうにかならないものか。
当たり前だが、高確率で笑われていたりする。
とりあえず大賢者様の所に行くか。これ見て何か解決策を教えてくれるかもしれねえし。
寧ろ食ってくれ。