188:○○なNPC、降臨。
「『熱い魂の叫びをぉ〜、ほげほげぇ〜』」
「彗星殿、そのほげほげは止めてるでござるっ。笑いが込み上げて、力が抜けるでござるからぁ」
「あ、すみません」
歌の効果でデバフが掛かるのではなく、素でダメ出しされてしまった。
シリウスさんと戦場にテレポし、彼は演奏による超強力バフを、そして俺は歌うことで敵モンスターにデバフを与えている。
効果は、全ステータスALL-1、HPMPの自然回復量-50%。そしてやる気の低下『怠惰』効果の付与とある。
スキル『応援歌』の真逆効果がモンスターに付与されているのだ。
『鎮魂歌』大成功だな!
ただ問題は、歌を止めると効果も止まってしまうこと。
つまり俺はずっと歌っていなきゃならない。
幸い、ゲームの中なので声が枯れるってことは無いが……。
「ふんどし、歌ってくれよっ」
「アンコール! アンコール!」
ふんどしなのはお前らであって俺じゃない。俺はちゃんと服着てますからっ。
ズボンだけ。
「ふぅんどしっ」
「ふぅんどしっ」
「ふぅんどしっ」
何故ふんどしコールなんだ!
そんなにコールされたら……されたら……
「ふぅんどしっ」
「ふぅんどしっ」
「ふぅんどしっ」
「よぉっし。俺もふんどしで歌っちゃうぞぉ〜」
ポチっとふんどしアバターをタップすれば、腰みのが瞬時にふんどしへと変動する。
沸きあがる歓声。そして黄色い悲鳴。
こ、これでよかったんだろうか……。
一抹の不安を感じながらも、それを振り払うかのように歌う。
途端にモンスターどもの動きが鈍って、その表情もやる気のなさそうな顔になった。
シリウスさんのバフのおかげで火力が大幅にアップしているのか、プレイヤーの一撃でほとんどの雑魚は確殺されていく。
いいなぁ。俺も殴りたいなぁ。
でも俺にはバフが乗ってない罠。
たま〜にバフ入るんだが、暫くすると消えるから、バフ効果の持続時間切れと再付与のときにジャックのメダル判定が入ってるんだろうな。
味方の支援が得られない効果って、ジャックの人生を表しているよな。かわいそうに。
〔ぶごぉぉ……〕
「ぶべっ」
なんて死人に同情していたらオークに殴られた。
っく。やる気の無い顔してんのに、随分と痛いじゃねえか。
くそぉ。こちとらバフ無しで頑張ってんのによぉ。
〔わぉぉん〕
「へぶっ」
今度はコボルトかよ!
引越しクエの時とは比べ物にならないぐらい成長しやがって。ステータス的な意味で。
〔ゴブゴブッ〕
「かはっ」
ゴブリンかよ!
連続して殴られて歌が中断されたせいで、こいつらにやる気が戻ってきやがった。
急いで続きを熱唱せねばっ。
〔ブフゥーッ〕
〔ガォォン〕
〔ゴブゥッ〕
「ちょ、ま、イテ、いや、待てって、げふっ」
お、おかしい。
さっきまではほとんど攻撃されなかったのに、急に狙われ始めたぞ。
歌のヘイトって、じわじわくるものなのか?
「マジック君、大丈夫?」
「お、おぅ。なんか急に殴られ始めた」
セシリアと霧隠さんの二人は、常に俺の近くで戦っていた。
まぁ『ヒール要員』でもあるからな、俺は。
二人が戦っているおかげで、おれは歌ってるだけでも経験値が入る。アイテムもだ。
「ふえぇぇ、ごめん。ヘイトスキル、ずっと使ってなかったのだ」
「い、いや、この乱戦でヘタに使ったら、大量のモンスターに囲まれる事になりかねないし。寧ろ今のままでいいだろ。へぶっ」
「それ以前に、急にモンスターの数が――っと、増えたような気がするでござるよっと」
霧隠さんは回避が高いようで、数匹のオークどもに囲まれてもヒョイヒョイ躱している。
やっぱ俺もAGI上げようかな。
にしても、数が増えたか。確かにそんな気がする。
魔物使いが再召喚でもしたか?
どうせならリーダー寄こせ、リーダー!
「ふんどし王子、デバフは終わりか?」
と、横から盾を持ったふんどし姿の男に声を掛けられる。
「歌いたいのは山々なんだ――ぐへっ。こうしてやたら攻撃さえるもんだから……うるああぁぁっ『ファイア!』歌ってる余裕もなくなってきてるっていう」
「あぁ、なる。『こっちこいやぁーっ!』」
そのふんどし男が叫ぶ。たぶんヘイトスキルなんだろうな。
セシリアはAGI型なんで、大量の敵を抱えさせるのはマズい。だがVIT型なら任せられるだろう。
彼に寄生しよう。そうしよう。
「助かるよ。じゃあ続きを歌おぶはっ」
「は? な、なんでふんどし王子に行くんだよ? 挑発が効いて無い?」
そんなに歌のヘイトは高いのか?
いや……何かがおかしい。
「っぐ。どういう事でござる? 『雲隠れ』スキルでヘイトリセットしても、拙者が狙われる!?」
「な、何故こいつらはマジック君や霧隠君を目の敵にしているのだっ。もうぅ『オークのぶわぁぁぁかっ』」
ちょ、セシリアやめろっ!
お前みたいなAGI型がこの状況でヘイトスキル使ったら――何故かオークどもは俺に突進してくるんですねワカリマセン。
〔〔ブゴブゴォ〕〕
いやいやいやいや、多すぎだろっ。
真横のプレイヤーすら無視してこっちに来るって、有り得なくないか?
二十体近いモンスターが、俺に――そして霧隠さんに向って武器を振りかざす。
「ふんどし王子!」
「霧隠君っ」
ヤダナニコレコワイ。
二人の声はすれど、モンスターに囲まれすぎてて彼らが見えない。
囲まれてるって事は、
【戦闘不能状態になりました】
【最寄のセーブポイントに帰還しますか?】
【はい いいえ】
こうなりますよねぇ。
急いでリポップしようと、ゴースト状態で【はい】に手を伸ばす。
が次の瞬間、横たわったままの俺の視界が激しく揺れた。と同時に悲鳴が聞こえる。
プレイヤーのものではない、モンスターの悲鳴が。
「よくもマジックさんをぉぉぉぉぉ、やってくれたですのおおぉぉぉぉぉぉっ」
俺の視界には映らないどこかで、その口調から誰だかすぐに分かる人物がご光臨されたようだ。
戦闘不能状態なので見えている風景はモノクロだ。
白いビー玉サイズの物がガンガン降り注いでいるが、それがプレイヤーに当たってもなんの反応もない。というか、プレイヤー全員が呆然として一点を見つめている。
俺の背後を――。
「マジックさん、今助けるですのっ『大天使ゼフィ』ちゃん、マジックさんを助けるですの!」
声はすれど姿は見えず。
されど状況はなんとなく分かる。
ブリュンヒルデが登場して、この前の氷の女王を召喚。
圧倒的な実力差でモンスターを薙ぎ払ったんだろう。そして別の何かを召喚して、戦闘不能状態の俺を起してくれるのか?
と思っていると、温かい光が降り注いで、システムメッセージが浮かぶ。
【大天使ゼフィによる蘇生が施されました。復活しますか?】
【はい いいえ】
まぁ【はい】に決まっているわけで。タップすると、視界に色が戻った。
「マジックさん、無事ですのぉ」
「お、おお。ブリュンヒルデ」
振り向くと大粒の涙を浮かべた彼女が立っていた。そして彼女の背後はキラキラと光り輝く、まさに今、成仏しようとするモンスターどもの残骸が見えた。
さっきまで敵味方入り乱れた戦場だったのに、ここを中心に半径五十メートル以内にモンスターの姿が無いんですけど!?
「命を賭してでも町を守ろうとするマジックさんのために、このブリュンヒルデ、お手伝いするですの!」
「あ……え、えぇっと……」
い、いかん。
このままではモンスターが全滅させられてしまう。
レジェンド、欲しいんですけど!
「リーダー以外の雑魚をお願いする! リーダーは俺たち冒険者に任せてくれっ」
そう叫んだ俺の視界には、東から攻めてくるモンスターの軍団が映っていた。
多いなぁ……まるで小山のように押し寄せて……小山?
何故かモンスター軍団の真っ只中に、小山がせり上がってきている。
そう、だんだんと大きく……そして地面がぱっくり割れた!?
〔グオオォォォォォォンッ〕
割れた地面から出てきたのは、月明かりに照らされた巨大な獣――
「マップ破壊兵器が来たっ!?」