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殴りマジ?いいえ、ゼロ距離魔法使いです。  作者: 夢・風魔
バージョン1.02(予定)
187/268

187:発狂する株式会社AQUARIaの中の人達。

 某所某ビル内のトイレ――


「ふぅ……肝心なときに腹を下してしまうとは……」


 洗面台の前で大きな溜息を吐き捨てる男――『Imagination Fantasia Online』のチーフマネージャーを務めるこの男は、昨夜、やらかしてしまったのだ。

 帰宅したのは日付が変更され、数時間経った頃。

 シャワーを浴び、バスローブ姿で発泡酒を空け、気づけば眠っていた。

 季節は真夏。

 温度設定20℃の部屋で、バスローブ姿のまま眠ったのだ。

 尚、ノーパンである。

 一人暮らしの独身貴族なのだから、誰に迷惑を掛ける訳でも無い。

 ただし宅配などがきたときは別だが、深夜に来る宅配業者などいようはずもない。

 変質者ならいるかもしれないが。


 そんな訳でチーフは今朝からお腹の調子が悪かった。

 だが欠勤は出来ない。

 しかも今日は大事なイベントが待っているのだから!


 トイレを後にし、急いでルームへと戻る。

 既にイベントが開始されている頃だが、恐らく奇襲は成功していないだろう。なんせ襲撃計画そのものがプレイヤーに漏れてしまっているのだから。

 そう思いつつ戻ってくると、そこはまさに戦場であった。


「あぁぁぁっ、糞があぁぁっ」

「門から前衛どもが出てきたぞおいっ」

「誰だよ! 門を制圧すれば勝てるつったのっ」

「上からも正面からも狙い撃ちされてんじゃねえかっ」

「普通に考えて当然の結果ですね」

「だからフィールドで待機して、プレイヤーが出てくるのを待ってから各個撃破すればよかったのよ。馬鹿じゃないの」

「廃人ってのはなぁ、他人を出し抜く為に足を引っ張り合うもんなんだよ」

「そう。特に後衛の馬火力様に多い。だから門前のモンスターだけ放置して、それ以外の場所に範囲攻撃をすると思ったんだよ」

「途中まではそうだったんだけどな」

「突破口作ったの誰だよ糞、糞、糞があぁぁぁっ」


 運営、劣勢である。

 今回の襲撃において、魔物使い(テイマー)として登場するキャラクターとは、実は運営スタッフであったりする。

 もちろんゲームマスター級のキャラなので、実際には不可能な『ネームドモンスター、ボスモンスターの使役』も可能であり、同時に二十体まで従える事もできた。

 今、室内に置かれたソファーでは、六人のスタッフがVRヘッドギアを装着して遊んでいる。

 いや、仕事をしている。

 彼らは三人一組となり、ファクトをガッソを襲撃するモンスターを操っていた。

 正確にはネームドモンスターである各種族のリーダーを召喚し、そのリーダーに下っ端を呼ばせて町に向えと指示を出しているだけだ。


 が、下っ端が雑魚過ぎた。

 ゲーム内にダイブしている者以外は、大型スクリーンの前に陣取り、まるで実況中継でも見ているかのように騒いでいる。


「ノーマルの平均レベルを30にしたのは何処の馬鹿だ!」

「お前」

「お前」

「あなたでしょ」

「っぷ」

「うおおおおおぉぉぉぉ俺が悪かったよおおぉぉぉぉっ」


 馬鹿ばかりである。

 数で圧勝してるのだから、少しぐらい優しくしてやろうぜ。

 などと言って下っ端であるノーマルモンスターの平均レベルを30に設定したがために、レベル35前後のプレイヤーによる範囲攻撃で呆気なく塵と化していた。


「よし。平均レベルを35に設定しよう」


 鬼である。

 数で圧倒しているところに、レベルもプレイヤーと同等にしようと言うのだ。

 だが止める者も居ない。寧ろ歓迎されている。

 一人のスタッフがちょちょいのちょいとキーボードを叩くと、再度召喚された下っ端がパワーアップされて登場してきた。


 これで勝てる。

 誰もがそう思った。

 だがそうはならなかった。


「おいっ。なんだこれ。さっきより敵の火力がアップしてないか?」

「バフ付いてるぞっ」

「嘘だろ。有り得ない!? 物理攻撃力200%アップ、魔法攻撃力200%アップ、物理防御力150%アップ、魔法防御力150……」

「サービス開始してまだ半月足らずだぞ。初期にバフスキルを作っていたとしても、有り得ない数字だぞ」

「どうなってるんだ!」


 どうもこうも、プレイヤーが作成したスキルなどではない。

 彼ら自身が作ったエキストラデラックスNPC、演奏家シリウスによる演奏バフ効果である。

 ちなみに攻撃速度二倍、クリティカル発生率50%アップ、クリティカルダメージ100%アップという、ゲームバランス崩壊目前の効果つきだ。

 

「シ、シリウスの演奏バフじゃないか、これ?」

「は? なんであいつが襲撃イベントに参加しているんだ?」


 シリウスがプレイヤーキャラクター彗星マジックと接触し、彼に協力する――という自動生成シナリオが発生している事を、一部のスタッフを除き知らないでいる。

 そう、ここで躍起になっているスタッフは知らないのだ。

 シリウスが戦場に現れたのも、あのイレギュラー魔神彗星マジックのせいであることを。


 だが彼らは本能なのか、それともたんなる八つ当たりなのか、ある人物の姿を脳裏に浮かべた。


「それもこれも、全部あいつのせいだ!」

「そうだ。奴にリベンジするための計画だったじゃないか!」


 奴とは、この襲撃計画をたまたま偶然知る事となったプレイヤーであり、彗星マジックの事だ。

 偶然だろうがなんだろうが、そう出来てしまうようプログラムしたのは他でもない、彼ら自身である。

 そもそも、襲撃計画の趣旨は彼に復讐するためではなく、先住民の存在を大々的に公開する目的であったはず。ゲームストーリーを重厚な物にするためにも、プレイヤーの敗北からスタートさせる。そんな予定だったのだ。

 何故こうなった?


「私好みの超絶イケメンなのに、どうしてそこまで虐めるのかしら」


 と小松女子は呟くが、イケメンかどうかはまったく関係ない事案だ。

 そんな彼女がある報告を受け取る。

 その報告とは、サポートAIであるロビースタッスキャラクターから送られたもので、不具合内容であった。


「えぇぇ。ダークエルフ限定でボディペイントのホワイトカラーが、蛍光塗料のように光ってるですって?」

「どうした、小松君」


 惨状を呆れてみていたチーフが我に返り、声を上げた小松の元へと駆け寄った。

 この状況で急を要する内容の不具合が発生したとなると……強引にサーバーメンテナンスのチャンス!

 いや、危機か!?


「シンフォニアからの報告なんですが、先週実装したモールアイテムのボディペイントで不具合が発生しているようなんです」

「シンフォニア?」


 誰だ、そのキラキラネームは……とチーフは思ったのだが、いくらなんでも日本人でその名前はないだろうとは考えなかったらしい。


「水村ユーザーの専属ロビースタッフの名前です。彼が命名したようで、なかなかのセンスですよねっ」


 小松女子は何故か興奮気味に話す。それ以前に水村が誰なのか、チーフはその時点で分かっていない。

 察した小松女子が「彗星マジックの中の人です」と答えると、ようやく納得した。


(彼のする事なすこと全てが、小松君のお気に入りなんだろうな。しかしアバターがアレでも実際はどうか分からないというのになぁ)


「それで、不具合の内容は?」

「はい。ホワイトカラーでペイントされたものが、何故かダークエルフに限って、夜になると発光するそうなんです」

「……光るのか?」

「光っています。ほら――」


 小松女子のパソコンモニターには、静止画の彗星マジックがバストアップで映っていた。

 上半身裸でマフラーを巻き、背中に呪いのロックギターを背負った、なんとも恥ずかしい出で立ちの男である。

 その彼の体には、蒼白く発光する幾何学模様が浮かんでいた。


「光っているな……」

「神々しいですね」


 神々しいかはさておいて、まぁこのぐらいの事なら修正を急ぐ必要もないだろう。

 チーフはそう判断した。


 そしてルーム内の別の場所では、違う判断を下す一員が。


 ゲーム内は深夜。

 月明かりがあるとはいえ薄暗い。

 モニターでゲーム内を監視するスタッフにとっても、見難い状況だ。たとえるなら、夜のシーンを映しているのだが、光源が少ないせいではっきりと映っていない、そんな映画を見せられているような、そんな感じだ。

 要所に松明が設置されてはいるが、それから離れた位置のプレイヤーの姿ははっきりとは分からない。しかも密集しているのだ、人物の識別は難しい。


 だが彼らには目的があった。


「打倒彗星マジック!」

「発光ダークエルフ発見!」

「要塞にも発光者が見えるぞ」

「ここにもだっ。あ、あそこにも!?」

「くそぉ。彗星マジックめ。面妖な術を使いやがってっ」

「分身かっ。分身なんだなっ」


 思い込みによる被害妄想も大概だ。

 しかし彼らは真面目にそう思っているのだろう。

 それもこれも、日曜日だというのに出勤させられている事。ほとんどの者が残業につぐ残業による疲労。このイベント後に待っているアップデート地獄。そして元々お馬鹿。

 様々な要因が重なり、アドレナリンの分泌量は最高潮に達しているのだ。いろいろとヤバい方向に。


 彼らはソファーに座り、ヘッドギアを付けダイブしているスタッフに対し、ゲームマスターチャットを使って指示を出す。


『発光しているプレイヤーを潰せ』

『そいつが彗星マジックだ』

『奴を倒せば俺たちの勝ちだ!』


 ――と。


 仮想世界に精神ダイブしていようと、肉体との繋がりはちゃんと存在している。

 故に、ゲーム内で楽しい事があれば現実世界の肉体も笑っているし、驚けば体がビクっと動くこともある。

 その瞬間を目撃した者は「こいつ、大丈夫か?」と不安になることだろう。

 

 そして今、ソファーに座る六人のスタッフもまた、口元を歪め、いやらしい笑みを浮かべている。

 仮想世界で何を思っているのか……。


 彼らを横目でチラ見した小松女子は思う。


(彼を倒したら、それこそ速攻で敗北するだけなのに)


 ――と。

 その理由を知るのは、彼を観測ストーカーしている小松女子のみであった。

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