181:マジ、お着替えをする。
「ほぉ、デカスライムの皮には、物理防御系の効果があったのか」
不審者と化していた夢乃さんの後からやって来たザグが、彼女の変わりに説明してくれた。
できれば装備はザグに作って貰うほうがよかったなもし。
「うむ。効果の内容はまちまちであったが、共通して防御関連だったぞなもし」
「打たれ弱い彗星君やったら、最高の効果でしょ?」
「まぁ確かに、AGIも低いから回避率も低いしなぁ」
しかしあのゼラチンみたいな皮を、どうやって使うんだろうか……。溶かして、塗る?
想像したらねちょねちょしていそうで、嫌だった。
「でも持ってるのって、三個だぜ。足りるのか?」
「全然オッケー。一つで一箇所作れるけん」
「ほほぉ。じゃあ、ズボンと上半身二着でお願いしていい?」
「上半身は合成で、ズボンも合成せんと?」
そんな事したら、パンツ男で通報されますがな。
確かにアバターという路線もある。だが無駄使いはしたくない。
「ねぇ、ズボンは?」
「俺を変質者にする気ですか、夢乃さんは」
「今でも十分変質者ぞなもし」
「ぐっ!?」
それを言っちゃあお終いだろ。
せっかくこの孔雀ズボンともお別れなんだ。次こそはまともな……まともな……デザインの装備を作ってくれるだろうか、この人は。
「じゃあ、素材預かるね」
「ついでにこれも使ってください。ザグに教えてもらって集めた素材なんで」
そうだ。本当はザグに作って貰う予定で素材集めしてたんだもんな。
どうしてこうなった。
ザグのほうに目をやると「彼女のほうが裁縫レベルは高いぞなもし」という。
つまり成功率も高いし、良い性能が付きやすいんだとか。
ぐぬぬ……デザイン度外視にすれば、確かに夢乃さんに作って貰うほうが良さそうだ。
背に腹は変えられぬ。
どうせ上半身は合成で消えるんだ。問題ないだろう。
デカスライムの表皮といろんな種類の糸玉、それに溜め込んだ素材各種を渡す。
必要ないものは適当に職人に配って貰ってもいい。
装備に付与する能力もある程度希望を聞いてくれるというので、防御と回避に特化して欲しいと依頼する。
「じゃあ俺、昼飯ログアウトするんで」
「はいは〜い。いってら〜」
「儂も飯にするぞなもし」
その場でログアウトし、ロビーでシンフォニアと別れリアルへと戻ってきた。
さて、今日の昼飯は……お袋も仕事で居ない、特に作り置きもない、でも時間は掛けたくない。
「よし、そうめんにしよう」
茹でて、めんつゆ用意して――寂しいので弁当のおかず用のウィンナーでも焼いて――完成!
そうめんを啜りながら昼からの事を考える。
レベルは32になってしまったし、どうしたものか。
襲撃イベントまで時間も結構あるし、寧ろゲーム内の時間で換算すると六時間ぐらいだ。
ぼぉっとするにも限界ってもんがあるよな。
村で販売用のペットフードを作っておくか。今の内に大量生産しておけば、暫く作らなくて済むだろうし。
昨日今日と合成剤を大量に買わせて貰ってるし、一度ブリュンヒルデに断りを入れておくか。
いや寧ろ4EN販売を頼むか。
いや待てよ。この値段だとあの悪徳合成屋と同じになってしまう。寧ろ1EN安い分、俺の方が性質が悪いかも。
うぉぉぉぉ、これからは10ENで買わせていただきます!
午後の予定は決まった。
まぁ予定は未定。いつどう変更されるか分からないが。
最後のそうめんを啜ってウィンナーを頬張ると、食器は流し台に置いたままトイレに駆け込む。
全ての準備を整え、再びログイン!
『お帰りなさいませ、彗星マジック様』
「あぁ、ただいま」
『お食事はしっかりなさいましたか? お早くないですか?』
「……作り置きがあったんだよ。チャ、チャーハンとギョウザ、あとサラダもな」
『まぁ、お優しいお母様なのですね』
嘘です。そんなもの一切ございません。
そうめんとウィンナーなんて言ったら、また小言を言われそうだったから適当に誤魔化しただけだ。
「じゃ、行ってくる」
『はい、お気をつけて。あと、お手柔らかにお願いしますね』
何をどう柔らかくするんだ?
謎のままゲーム内へとログイン。工房では製造祭が続いていた。
ここに居たらまたペットフード屋を開店させなきゃいけなくなるな。ひとまず逃げよう。
テレポで開拓村へと飛ぶと、直ぐにシステム音が鳴ってメッセージが浮かんだ。
『夢乃:装備出来たば〜い』
うほ。早いな。
けど取りに行くと、もれなく製造祭に参加させられそうな予感。
『夢乃:レベリングするんやろ? 送ろうか?』
『彗星マジック:おぉ、助かります。工房の近くに居たら、ペットフード合成依頼されそうで』
『夢乃:されるやろうねぇ。そしてイベントまで合成地獄の始まりとw』
分かってらっしゃる。
再びピコンという音がすると、メッセージボックスに夢乃さんから手紙が届いていた。
何故手紙の中にアイテムが入るのか。そんな事を考えたら負けである。
『彗星マジック:届きました。一発成功なんですか?』
『夢乃:ごめんね。一着失敗して、デラックスがゴミ屑になったんよ』
あちゃあ。いや、でも一着は成功したってことか。どれぞれ。
【極々ありきたりな上質で軽い絹のデラックスコート】【極々ありきたりな上質な絹のコート】
なんだ、この極々ありきたりなってのは。デラックス付きがレジェンドで、無しはレアだ。
試しに着てみると、夢乃さんとは思えないほどありきたりなデザインのコートだった。
そういう意味での【極々ありきたりな】なのか!?
もう一つ、【燃ゆるバタフライマフラー】というのがある。マントの上からは装備出来ないようだが、マフラーのくせに防御力はマントより上だ。
じゃあこっちを装備しよう。
更に追加で手紙が届き、こちらには【陽炎の手袋】と【風魔のデラックスバタフライ皮紐靴】、それから【燃ゆる野獣のデラックスズボン】というのが入っていた。
恐ろしい……手袋以外オレンジレジェンドじゃん。デカスライムの表皮って二つしか渡してなかったのに、なんで靴とズボンも?
『彗星マジック:レジェンド多く無いですか? 表皮って一つで複数の素材に変わるとか?』
『夢乃:ううん。ドドンのお友達が分けてくれたんばい。元々は彗星君がゲットした素材やけって』
あぁ、なる。あいつら、クレクレしておきながら結局はこっちに戻してくれたってことか。
いい奴等じゃん。
靴とマフラーは同じシリーズになるんだろうか。バタフライって同じ単語が入ってるし。
ふ。これでHENTAIズボンともおさらばだぜ。
さっそく着替える。
うん。なんだか足がすーすーする。
下を見る。あ、すね毛が無いな。
……何これスパッツじゃんっ。しかも三分丈ってやつだろ!
男の太ももなんて誰も喜ばねえよっ。
しかもこのスパッツ、腰みの付きだ。赤からオレンジという具合にグラデーションが掛かってるが、よく見ると燃えてるようなエフェクトが付いてるぞ。
こっちの腰みのはかっこいいのに、なんでスパッツなんだようっ。
あ、これ手袋も燃えてるように見えるグラデーションカラーだな。
靴は……うん、鳥の羽みたいなのがついた、某神話に出てくるようなデザインの靴だ。ただし羽は羽でも蝶の羽だ。まぁわりと小振りの羽なんで、そう気にはならないか。
スッパッツかぁ。どうみてもスパッツだよなぁ。
うぅん、まぁ孔雀よりはマシか?
『夢乃:合成で失敗したら言うてね〜。レアならまだ予備があるけん』
『彗星マジック:ありがとうございます。出来るだけ失敗しないように努力しますよ』
よし、じゃあ合成するか。
えっと、ロックギターにはレジェンドの杖が合成してあるから外せないっと。
他に合成できる物……あ、ジャックの記念メダル!
これも呪いのアイテムだったな。味方のバフやヒールが不発するかもっていうアイテムだけど……自己ヒールでカバーする!
そういや自分のヒールはいいんだろうか?
まぁ検証すればいいさ。
ってことで、レジェンドのコートと合成しよう。もう一着はマフラーと合成しておくかな。
28装備の手袋にレア杖が合成してあるから、代わりの杖を見繕うまではこのままにしておくか。火力が下がるしな。
靴は素直にはきかえてっと。
民家の裏手でこそこそと合成開始。
まずはメダルとコートを――……。
……。
「はあうああぁぁぁっ。ゴミになったぁぁぁっ」
ノオォォォォォォッ。
残ったのは黒い塊と、金ぴかメダル。
う、嘘だろ。レジェンドのコートが……コートがぁぁぁぁっ。
うぅ、うぅ。
レジェンドの予備なんて無いよな。
そうだ、今から鉱山行ってデラックスなスライム倒しに行くか!
よ、よぉし。じゃあとりあえず防御力上げる為にレアを合成させておこう。まぁこっちは失敗しても予備があるっていうからな。
うん。こういう時には成功するんだよな。
そういや性能見てなかったな。
なになに?
【裏切られやすいお人好しジャックの記念メダルin極々ありきたりな上質で軽いデラックスコート】
やたら長いアイテム名だな。
能力は回避率+12%、VIT+8、物理ダメージ20%カット。
おぉ、物理ダメージカットかよ。やったね!
やった……あれ? レアなのに能力が三つ?
あれ? この長ったらしいアイテム名はオレンジ色だぞ。
……つまりこの黒い塊は、レアコート?