177:ピリカ、初めてのお使い。
早めに晩飯を終えて、これまた早めにログイン。
『お帰りなさいませ、彗星マジック様』
「おう、ただいま。掲示板の反応が気になるから見せてくれ」
パソコンカモーンとばかりに、椅子に座ってシンフォニアに目配せをする。
『お食事、しっかり噛みましたか?』
「……お前はいつからお袋になったんだ……冷やし中華だったから早かったんだよ!」
我が家は夏になると、高頻度で冷やし中華が出てくる。用意するのが楽だし美味しいからというお袋の言い分だ。ただ、もれなく家族全員が冷やし中華好きなので、俺も親父も文句を言わない。
『麺類ばかりですと、体力が付きませんよ?』
「から揚げとサラダも食ったよ。はよパソコン!」
『ではお出しします。ルルルン♪』
おい、なんだそのルルルン♪って!
しかもハートマークのステッキ持ってるじゃねえかっ。どこから出したそれ!
彼女がくるくるとステッキを回すと、キラキラした小さな光がたくさん出て来て、光が集束し、パソコンになる……。無駄に凝ってんじゃねえよ!
「もっと普通に出せよ……」
『たまには笑いを取りませんと』
取らなくていい。
シンフォニアはスルーして掲示板を確認する。投稿者名ですぐに俺のスレだと分かるのでクリック。
うん、まぁ……ある程度予想してた通りかな。
まず襲撃そのものが本当なのかと疑うレスがいくつかある。ゲーム内での演説を耳にした人の書き込みもあるな。擁護はされているが、ゲーム内で叫んでればなんでも本当になるのかよと反論も多い。
が、ゲーム内で冒険者ギルドに行った人による「警固クエスト」「討伐クエスト」が実際に発生しているという書き込みがされると、途端に疑い者はいなくなった。
『スレ、書き込み上限に達しておりますので、別の方が新規スレを立ててくださっておりますよ。現在、4スレまで進んでおります』
「え?」
慌ててスレッド一覧に戻ると……うぉ、マジだ!
タイトルのほうを全然見てなかったが【大規模モンスター襲撃告知スレその2】とか【3】【4】もあるぞ。
ばばばっと2から読んでいく。
うん。ひたすらお祭ムードで盛り上がってるな。
時折、先住民虐殺するべしという恐ろしいカキコミもあったりするが、スルーされているようだ。
ドドンたちの製造祭の事も書かれている。在庫一掃セールのはずなんだがな……まぁ請負もすると言ってたし、今まで装備をまともに揃えられなかった連中なんかは、涙目もんだろう。
あ、そもそも新装備の素材をと思って山に行ったんだったよな。それがこんな事になってしまったが……。
俺も素材渡して新しいの作って貰おう。
さて、それじゃあ俺も準備しますかね。
「じゃあ行ってくるぜ」
『はい。忙しくなりますね』
「おう。まぁその分レベルも上がるだろう」
そう。たぶん忙しくなる。
まぁドドンたち職人に比べるとマシかもしれないが。
扉を潜りゲーム内へと一歩踏み出すと、そこはファクトの大通り。
ゲーム内はさっきと違って太陽が昇り、通りを歩くNPCもうじゃうじゃいた。
製造祭りは八時から。ログインしたのは七時半を過ぎていたので、ゲーム内でもそれほど時間の余裕は無い。
まずは……
「『テレポート!』」
で開拓村へとやってきた。村長の家……どこだ?
とりあえずピリカにでも聞くかな。
「おーい、ピリカ〜」
彼女の家の前で名前を呼ぶと、すぐにパタパタと元気な足音が聞こえてきた。
そしていつものように容赦なく開く戸を、当たり前のように一歩横に移動して躱す。
「ピリカの勇者様だぁ〜」
元気なピリカが飛び出してきて飛びつく。
彼女の頭を撫でてやりながら、村長の家を教えて欲しいと頼む。
「じゃあ案内したげるよぉ」
「お、助かるよ。トリトンさん、ピリカをお借りしますね」
「どうぞ」
ニッコリ微笑んで返事をしたトリトンさんだったが、一瞬だけその顔が真顔になる。同時に後ろの方から、
「ピリカは嫁に出さんぞっ!」
「あぁ〜、はいはい」
大賢者は無視して村長宅だ。
ピリカの案内でやってきたのは、特に大きくも、そしてオシャレでもなんでもないいたって普通の一軒家。
戸を叩くと、確かに村長が出てきた。
「村長さん、ピリカの勇者様がね、ごようがあるんだって」
出てきた村長にピリカがそう伝えると、若干のシンキングタイムが発生し、それから俺の顔を見てにっこり笑った。
「これはこれはマジック様。今日はどうなさったんですか?」
「あぁ、ちょっとペットフードが大量に必要になって。イベントで使うもんだから、ここでの販売用じゃないんだけどいいかな?」
再びシンキングタイムが発生し、動き出しても思案しているような顔で唸っている。
「あ、いや、個人的にイベントで使う分だから、もちろん金は支払うよ」
「いえ、そうではなくて。実はまだ店舗の建設中でして。まだ販売の準備も出来ていないのです」
あ、なるほど。ってか、わざわざ店を建てるのか!?
モンスター研究家だって店を持たず、道に突っ立ってるだけだぞ。
「では今回は、食材を2ENで、ペットフードは一袋40ENで販売という事でよろしいですか?」
「ペットフードって、そんな安く出来るんですか?」
尋ねると村長が頷く。
つまり、モンスター研究家がぼったくってるだけ、と。
ありがたくその値段で……とりあえず二千個購入。食材は各種五百個ずつ買っておこう。
結構な数を注文したが、次の瞬間には村長から取引要請があり、ウィンドウには注文した物がちゃんと揃っていた。
なんだな……たぶん、十万個売ってくれと言っても、ほいっと用意してくれそうだよな。
さて、じゃあファクトに行くかな。
「じゃあピリカ、お兄ちゃんはファクトに行くから」
「え? ピリカも行きたぁ〜い!」
「いやいやいや、遊びに行くんじゃないから」
嘘です。ある意味遊びに行きます。寧ろここに居るのも遊んでいるからです。
「ピリカ、お父さんが心配するし、大賢者様が怒り狂うだろうから、な?」
主に後者が怖いです。怒り狂って地形を変形させたりしそうです。
頬を膨らませたピリカは、じゃあっと言って俺の手を引き家に向って駆け出す。
おいおい、俺は置いていってくれよ。
「お父さぁ〜ん。ピリカ、勇者様とファクトにお出かけするぅ」
「何故そうなる!?」
家に駆け込むや否や、ピリカの一言で室内が凍りつく。
いや、燃え上がる?
「まぁごぉはぁ〜、よぉめぇにぃはぁ〜」
「いやいやいや、大賢者様落ち着いて。ね? その手に持ったカップ、燃えてますってばっ」
「お義父さんっ。カップの代えは無いんですよ!」
トリトンさんに叱られ、すぐさまカップを叩いて火を消す。が、時既に遅し。原型を留めてはいるが、焦げてます。半分以上焦げてますから。
それを見たピリカの表情がパァっと明るくなった。
「おじいちゃん! ピリカがね、ピリカが新しいカップを買ってきてあげるっ。勇者様が付いててくれるから、大丈夫だよ!」
あ、そうきましたか……。
「じゃあ、マジックさん、よろしくお願いしますね」
にこにこ顔のトリトンさんが、一瞬だけ真顔になって俺を睨んだ気がした。
気のせいであって欲しい。
お読み頂きありがとうございます。
予約更新が面倒なので、もう手動でいいや!