175:マジ、再び魔境へと書き込みをする。
収拾の付かなくなった状況で、ほとんど空気状態だったシリウスさんがギターから竪琴に持ち替え腰を上げた。
「わたくしはそろそろお暇いたします」」
大勢が笑うその光景に、シリウスさんは満足したような笑みを浮かべていた。
「ありがとうございます、シリウスさん」
「いえ、わたくしはただ、楽器を演奏しただけですから」
そう言って彼もまた笑う。
「マジックさん」
「あ、はい?」
やや間を置いて、彼は夜空を見上げながら呟く。
「貴方の計画が実現できるよう、わたくしも協力を惜しみませんので、何かあればお声をお掛けください」
にっこり微笑んだ彼は、くるりと背を向け歩き出した。――何故か竪琴を弾きながら。
ギターを弾き始めたときといい、どことなく変態臭がするのは気のせいだろうか。
周囲のプレイヤーもそう感じ取ったのか、一人、また一人と彼に道をあけていく。
触っちゃダメな人だ! という、心の声が聞こえてきそうだ。
でも協力してくれるっていうし、無碍には出来ないよなぁ。
「ふぅ、やっと前に出て来れたぜ」
知らないうちにドドンが隣にやってきていた。何をしに来たんだ、こいつ。
「出たな、ノーム」
「ノーム違うし!」
〔ののの、ののーむ!〕
「ん?」
あれ、召喚してもいないのにノームが出て来た。
「ノームだ」
「ノームだぜ」
「生精霊初めて見た」
「ドワーフみたいだな」
周囲から囁かれる言葉に、ドワーフという単語が出てきた瞬間、ノームがいじけて膝を抱えてしまった。
更に落ち込むノームを見て、こっちも落ち込むドドン。
うっとおしい。
だが俺はこの目でしっかりと見た。
膝を抱えて落ち込むノームに向って「可愛い」と女子が言うと、奴の鼻の穴がぷぅっとひらくのを!
「で、何しに来たんだよドドン。俺は今忙しいんだ」
「おうっ。襲撃イベントの話を聞いて、飛んできたんだ」
「え、誰に聞いたんだよ」
「シースター」
あれ? 知り合いだったのか?
「職人組合のメンバーだからな。さっき聞いた。で、こっちに来たら歌が聞こえて、若干キラキラしたのも見えたからお前だろうなと思ってさ」
「……遠くからも見えたのか、キラキラ」
こくりと頷くドドンが、夜だと結構目立つぞと教えてくれた。
それから観客である大勢のプレイヤーの方に向き直り、両手を広げて息を大きく吸い込む。
「我々職人組合は、今回の襲撃イベントをバックアップすることを全会一致で決定した!」
バックアップ?
職人組合って……生産者の集いだよな。何をどう支援してくれるっていうんだろう。
彼の宣言後、周囲がざわつきはじめる。
「ほ、本当に組合がバックアップするのか? 具体的には?」
「まじかよ。職人組合が出てくるとは思わなかったな」
そんなに職人組合って凄いんですか!? 知名度があるってこと?
俺何も知らないぞ。
自分が無知過ぎるのかと不安になっていたが、動揺しているのは数人のプレイヤーだけ。それも、合成で装備をガチガチに固めているのか、アバター衣装を着ている連中ばかりだ。
女の人や全身普通に装備が見えている人なんかは「誰このドワーフ」状態である。
「えぇ、具体的には……。抱え込んでる在庫品の一斉処分市だったりする」
「ちょ、おまっ」
「在庫処分って、閉店セールかよっ」
ドドンめ……。
つまりイベントを利用して儲けようって事じゃねえかよっ。
汚いっ、さすがドワーフ、汚い!
「メンテで素材のドロップ数が上方修正されたので、それも含めて価格設定も下方修正するぜ! 事実上の赤字だモルァ!!」
「「おおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!!」」
地響きがするぐらいの歓声に包まれる。さっきまでブーイングしてたってのに、げんきんな奴等だ。
けどなお前ら……今、夜中だからな?
「あと、転売お断り! もし俺たちの作品を転売している奴を見つけたら、吊るし上げするからなあぁぁっ」
「「転売野郎を吊るせぇ」」
まだ転売者も居ないんだって。
なんか、俺の時より盛り上がってる気がするんですけど。
でも……そうか。これで装備品の価格操作も出来るかもしれないんだよな。
ドドンは装備販売の他にも、その場での請負製造も行うと言う。
大勢の前で公開製造をするんだから、もちろん素材の持ち逃げなんか出来る訳もなく、だから安心して素材を寄こせと叫んでいた。
ある意味無茶苦茶だが、大勢の前で持ち逃げなんかしようものならYOU BAN待ったなしだもんな。
販売日時や場所を告げ、詳細は公式の掲示板にも書くという。
「製造請負は今回に限り無料で行うぜ。失敗したときは許してね」
と言って髭のドワーフがウィンクする。
キメェ。まじキメェ。
ドドンは出来るだけ素材を持参して欲しいとも頼んでいた。
まぁ大勢の装備を一手に……なんて、普通に考えたら不可能だよな。時間もそうだが、素材がそこまで揃うわけがない。
持参素材は一部だけでもいいと話すと、聞いていたプレイヤーの何割かは早速行動に出た。
「っとまぁそういう訳だから、マジ、お前も一肌脱げよ」
「え?」
ドドンがそう言うと、どこからか歓声が上がる。
そんなにか! そんなに男の裸に飢えてんのか!?
襲撃イベントに関して、俺も公式掲示板で詳細を書くべくログアウト。と言ってもロビーで書くわけだが。
『お帰りなさいませ、彗星マジック様。掲示板への書き込みをなさるのですか?』
「おぅ。パソコン頼む」
『ご用意できております』
仕事が早いな。
机の上に用意されたパソコンは、既に公式サイトにある掲示板ページが開いていた。投稿者名まで出ているけど……
『一度ご投稿されておりますので、Cookieが残っているんですよ』
「あぁ、そういうこ――俺、何も言ってないはずだぞ」
疑問を口にした訳でも無いのに、なんでこいつら答えてんだ!?
ニィっと微笑むシンフォニアが相変らず怖い。こいつに構ってないで、さっさと書き込みをしてしまおう。
えぇっと……
記事タイトルは【明日夕方:モンスターによる大規模な襲撃イベントが開催されるので、全力で潰す】。これでいいだろう。
『分かりやすいタイトルでよろしいかと思います』
「だろ? ふふん、俺もやるときにはやる男なんだよ」
『っぷ』
……鼻で笑いやがった……。
む、無視だ。無視して作業を進めるんだ。集中しゅうちゅう!
記事の内容は――
俺の事をネイティブダークエルフだと勘違いした先住民NPCから、ファクトとガッソの二つの町の襲撃計画を聞いた。
その計画では○○リーダーと名のつくネームドモンスターが複数登場するようだ。
町の襲撃が成功した場合、町は壊滅的な打撃を受け、施設その他の利用も出来なくなると予想される。
レアやレジェンドを手にする機会であると同時に、町を守るという重要任務でもある!
いざ立ち上がれ。冒険者よ!
なんつって。
襲撃日時はリアルの明日日曜日夕方四時前後。
ゲーム内で満月の夜です。
出来るだけ多くのプレイヤーには、ファクトとガッソの町で待機して欲しいです。
町周辺フィールドでも可。
また、プレイヤー(冒険者)を町から遠ざける為に、海岸でボスの召喚も行われるらしい。
こっちに人手が行くと町がやられるので注意されたし。
「さて、こんな物かな」
書き終え、投稿ボタンを押す。
後ろで見ていたシンフォニアが、はぁっと溜息を吐くのが聞こえた。
「何か問題でも?」
『はい。この書き方ですと、たんに襲撃イベントを紹介するだけの内容となっております。先住民と遭遇した際、プレイヤーの方は心置きなく倒してしまわれますよ』
はっとなって、投稿した記事を読み直す。
た、確かに。
自分の記事にレスする形で追記する。
先住民の暮らしぶりがどうも貧困しているようだという事。
襲撃計画を教えてくれたディオは、襲撃そのものは嫌がっているようだったってことを。
開拓側のNPCも、先住民との平和的解決を望んでいる者もいるということを。
いろいろ書いたが、一言でまとめると――
先住民と戦うのは避けたい。
そう書いて、再び投稿ボタンを押した。
『届くといいですね』
そう囁いたシンフォニアの声は、いつになく優しく聞こえた。