173:マジ、街頭コンサートを行う。
「次の満月か。四日後……あまり時間もないな」
話終えると誰かがそう呟いた。
「四日後って、リアルだといつになるんだ?」
隣のシースターに小声で尋ねると、明日の夕方だという。
ゲーム内の一日は十二時間。そのうえゲーム内は時間の流れが二倍速になっている。
つまり、リアル六時間でゲーム内は一日が終わる!
と教えて貰った。
分かりやすい説明に感謝。
「ゲームでは四日でも、実際は二十四時間後か。確かに時間が少ないな」
そう思ったのはプレイヤー側だけなのかもしれない。
NPC軍団は数百匹から数千匹のモンスターが大挙して押し寄せると聞くと、「こんな時の為の冒険者ギルドだろう」と。
他力本願ですねわかります。
まぁゲームですしぃ、モンスター襲撃とか絶好のクエスト案件じゃないですか。
「我らもただ黙ってみているわけではない。ちゃんと町の警固は固めるつもりだ。町の中にモンスターどもを進入させるつもりはないからな」
「そうだそうだ」
騎士っぽい出で立ちの奴等がかっこつけて言ってるが、要は町の中に入られなければ何もしないよみたいな?
そんな感じで会議はあっさり終了。
冒険者ギルドにモンスター討伐依頼を出す流れにはなったようだが、早めに襲撃情報をプレイヤーに行き渡らせる為に――
「では君たちには多くの冒険者にこの事を伝えて欲しい」
「……はぁ」
「よかったね、マジック。最初の予定通りじゃん」
よくねえよ。
ギルドに依頼出すって聞いたときは、これで俺が街頭演説しなくて済むと思ったのによぉ。
「あ、あのぉ、ちょっといいデスかー」
営業スマイルで夜の街を歩く冒険者――つまりプレイヤーに声を掛けていく。
「な、なんだよっ」
「あのですね、その……明日の夕方、ログインしてくれませんか?」
正確には四時前。出来れば三時頃から町に居てほしい。
夜中に襲撃というが、具体的に何時何分ってのがよく分からないので。
お願いしたプレイヤーは、顔をひくつかせながら俺を上から下まで舐めるように見つめる。
言っとくけど、俺、そういう趣味は無いからな!
「言っとくけど俺、そういう趣味ありませんからーっ!」
「は? え? いや、それ俺のセリフ……」
脱兎のごとく逃げられた。
なんでだよ!
「彗星殿……言葉がいろいろ足りないのと、見た目のせいで変質者扱いされてるでござるよ」
「見てる分には面白いんだけどね」
「笑うな!」
「振り返ったら光る仕様なんだから、振り向かないでよマジックぅ」
くそうっ。もう好きなだけ笑ってろ!
しかしこの分じゃ、大勢のプレイヤーに周知させる事は難しいぞ。
『逆に目立ってしまわれては?』
「なんでお前はここに居るんだ。仕事はどうした!」
『もう終わりましたので』
そう。襲撃対策会議は終わった。というか収拾が付かないのでお開きになった。
明日――ゲーム内での――また、改めて話し合われるらしい。面倒なのでもう参加はしない。大賢者には冒険者は冒険者でやるからと伝えてある。
具体的には至極単純なことで、多くのプレイヤーに、件の時刻、町で襲撃に備えて貰う。ただそれだけだ。
そのためには大勢に話を聞いて間ら貰わなきゃいけないんだか……。
「じゃあぼくは、知り合いの生産組に連絡付いたし、話をしてくるよ。その後はあちこちの掲示板に書き込んでくるね」
「お、おう」
「公式掲示板はよろしく」
「お、おぉう」
掲示板。情報を広めるには最適な場所だ。
でも俺は……うぅ、どうせなら公式の方も書き込みしてくれればいいのに。
既に公式デビューしてる俺の方が信用されやすいからと……。
「しかし、どうやって話を聞いて貰えばいいんだ。目立てって、どうやってだよ」
『さぁ?そこはご自分でお考えください』
「っち。半端なアドバイスなんかしやがって」
やっぱ手当たり次第、声を掛けていくしかないか。
「ほむ。歌ってみては如何でござるか?」
「え?」
『まぁ、それはよろしいですね』
「いや、どうしてそうなるんだ」
「『目立つ』」
そうですか。それゃまぁ目立ちますね。
でもアカペラで歌うのはちょっと……なんていうか、アカペラじゃあ熱唱できないんだよ。やっぱ伴奏あってこそだろうし。
「もしよろしかったら、わたくしも混ぜて頂けませんか? 楽器でしたら弾けますし」
「え?」
突然声を掛けて来たのは、サラッサラなオカッパヘアーの男――だと思う――だった。
「あ、あの……」
「あ、申し送れました。わたくし演奏家にして吟遊詩人のシリウスと申します。先ほどの会議の場にも居たのですが、覚えておりませんか?」
「はい。覚えて――はっ、い、いえ。見ました。覚えてます」
咄嗟に嘘を付いてしまった。本当はぜんっぜん覚えてないです。
シリウスと自己紹介したこの人は、名前や声のトーンから男と見て間違いないだろう。まぁ野太くも無い声だから、もしかしてってことはあるが。
でも霧隠さんの時と違って、確信はある。
だってこの人、NPCだもんな。さっきの会議に参加していたプレイヤーは、俺と霧隠さん、そしてシースターの三人だけだし。
そのシリウスさんはこちらをじっと見つめ、にこにこしながら、
「嘘を付きましたね?」
という。
こ、怖い。あの仏様のような笑顔で、サラっと嘘を指摘するとは……怖いっ。
「はい、嘘を付きましたっ。ごめんなさぁい!」
「ふふ、いいんですよ」
くっ。このシリウスって人。シンフォニアと同じ匂いがする!
しかしこのシリウスさん。演奏するというが、手に持っているのはファンタジーあるあるな竪琴だ。言っちゃあなんだが、竪琴での演奏とマッチするような歌、俺知らないから!
「あ、ご心配なく。楽器はいろいろ持ち歩いておりますので」
「え? 持ち――ふぁっ!?」
竪琴ガン見してたから気づいたのか、彼が突然ピアノを取り出した。
いや、待て。どこから出したそのピアノ!
グランドじゃないピアノだが、どこにもそれを入れるスペースは無いだろっ。
「NPCもインベントリを持っているのでござろうか?」
「あ、それがあったか。ま、まぁそうだよな。あんなもの、ポケットに入る訳ないよな。はは、はははは」
それでも若干ドン引きした俺と霧隠さん。ついでに周囲で見ていたほかのプレイヤーも引いている。
「どんな楽器がよろしいですか? 貴方様が背負っているような楽器もございますよ」
「え、ギターもあるのか? ならそれがいいかな」
「はい、では」
そういうと次の瞬間、ピアノがギターに変身した。
もうなんでもありだな。
「あの、どうしてシリウスさんは……」
NPCって、普通ならもう寝てる時間だぜ。ゲーム内の一日は短いんだ。さっさと寝ないと、夜は終わってしまうぞ。
なのに彼は何故かギターをぼろろんっと弾き、何かに浸っている。
大丈夫か、この人?
「マジック様は、この大陸に以前から住む方々と交流を持ちたいと、そうお考えなんですよね?」
「え……」
「わたくしも、そのお考えに同調させていただきたいのです」
「お……」
NPCの中にも先住民と仲良くしたい人、居たかもぉー!?
にっこり微笑むシリウスさんは、ギターの音調節をしながら尋ねてくる。
「で、曲のリクエストは?」
「え……じゃ、じゃあ。『燃える勇気のアドベンチャラー』で」
「燃えるゆう――」
あ、固まった。シンキングタイムか?
やっぱりアニソンはダメだったか。
と思ったら動き出した。
そして突然すっくと立ちあがり、前傾姿勢でギターを握ると――
ジジジャーンっとギターをかき鳴らし、俺に目で合図してくる。
さぁ、歌え!
と。
なんかキャラが変貌してるんですけど。あれじゃあまるでロックグループのギタリストだぞ。
だがギターから響く音は、彼の変貌振りも置いておきたくなるような物だった。
重低音からはじまる伴奏。胸のそこから湧き上がってくる、力強い響き!
うぉぉ。うおおおおぉぉぉぉぉっ!!
「皆あぁっ。俺の歌を聴いてくれぇぇぇぇぇぇホゲホゲェェェェエェェェェッ!」
うおおおぉぉぉぉお、お?
伴奏が止まった。
「あ、あの、どうしたんですか?」
シリウスさんが再び硬直している。
道行くプレイヤーも足を止め、全員、こっちを見て固まっている。
「き、霧隠さん?」
彼女も固まっている。
『ホゲホゲが原因でございますね。これは重大な不具合でございますよ』
「えっ、ふ、不具合!?」
ま、まさか、俺はザ・ワールドを唱えてしまったのか!
「す、彗星殿、なんでござるか、そのホゲホゲとはっ」
「マジック様、い、今のはどのような呪文なのですか?」
ちょ、不具合じゃねえしっ!
固まってたプレイヤーも一人、また一人と動き出しては笑っている。主に鼻で。
「い、いいじゃないかっ。お、俺の魂が、ホゲホゲと叫べと言っているんだよ! 皆ぁ、ホゲホゲしているかぁーっ!」
「「ホゲホゲェー」」
……ノリが良いのもまたなんとも、恥ずかしいんですが。