171:株式会社AQUARIaの中の人達。
某ビルの一室にて。
「チーフ、大変です!」
「どうした山田君」
NPCから送られてくるイベント進行や、それに関わるプレイヤーの情報の監視担当である山田が声を張り上げる。
時刻は土曜の夕刻。といっても夏のこの時期、外はまだまだ暑く、太陽はさんさんと輝いている。
早朝出勤メンバーは、そろそろ帰り支度に取り掛かろうかという頃。
山田の声に舌打ちする早朝出勤メンバーである。ここで何かトラブルが発生すれば、残業は確定なのだ。
「先住民のファクトとガッソ襲撃イベントの情報が、漏れてます!」
「「な、なんだってー!?」」
「どういう事だ、山田君っ」
「は、はい。これをご覧ください」
山田のデスク上にあるパソコンモニターに映しだされたのは、NPCの目から見たイベント風景だ。
特定のNPCには、こうした録画機能が備わっている。その特定とは、ゲーム進行に関わる重要人物となるキーマンたちを差す。
先住民の若者ディオ。
彼もそんなキーマンの一人だ。
襲撃イベント以前に遭遇できる唯一の先住民である彼は、定期的に鉱山付近の山に現れる。
プレイヤーと遭遇した際、その種族によって反応はまちまちであるが、ほとんどの場合が対立という立場だ。
唯一、ダークエルフだけは中立状態で接してくるのだが、プレイヤー側の反応次第で即敵対する――ようにプログラムされていた。
山田のモニターに映るのは、まさにディオが見た内容。そこに映る人物――プレイヤーを、チーフ以下スタッフは見覚えがあった。
嫌でも忘れない、奇天烈な装備のプレイヤー。
彗星マジックだ。
「またか!」
「今度は何をやらかしてくれたんだ!」
「おい、ディオと仲良くなってんじゃんか」
「おいおい。ダークエルフつったら、お前の物は俺の物。俺の物も俺の物気質だろう! 何対価交換なんてしてんだよっ」
「食料不足の集落で強く逞しく生きる頼れる心優しいお兄さん像な性格にしたもんだから、食い物であっさり釣られてるじゃないか!」
「あああぁぁぁっ。ポロリしちゃったよ!」
彼らが見つめるモニターでは、ディオが彗星マジックに襲撃イベントの日時を伝えるシーンが映し出されていた。
頭を抱える面々。
だが次の瞬間、踵を返して鞄を手に持ち慌てて部屋から出て行こうとする。
今を逃せばもう帰れないぞ!
「待てぇーい!」
だが遅かった!
これで残業確定!
「これから社内会議を開く! 全員、残るように! というかお前ら、まだ定時の時間には三十分早いだろう!」
勤務終了時刻は十七時である。
現在、十六時半前。まだ勤務時間中なのだ。
舌打ちする従業員たちは、各々の椅子を手に持って集まる。
社内会議とたいそうな言い方ではあるが、単純に皆で輪になって話し合うだけなのだ。
休憩スペースにもなっている一角で、椅子に座った従業員らは暗く淀んだ表情で輪になった。
「そう暗い顔をするな。終わったらすぐに帰っていい」
「本当っすか?」
「修正とか言い出したりするんじゃないですかね?」
はぁっと溜息を吐き捨てたチーフは、さっそく本題へと入った。
「本来であれば、明日の夕刻に突発襲撃イベントを開始するはずであった」
「そうっすね。初めての襲撃イベントは、先住民側の勝利で終わらせるつもりでしたしね」
チーフは頷く。
ゲームのストーリーを重厚な物にする為にも、まずは敗北から味わって貰おう。
そういう意図だ。
尤も、虐殺だのなんだののシーンは一切存在しない。気が付いたらNPCの数が減っていたなんていう作りだ。
全年齢対象のVRMMOなので、あまり残虐なシーンは入れられない。大人の事情というやつである。
しかし――
「襲撃情報が流れたうえに……彼、大賢者に報告しているね」
「してますね」
「なんで大物NPCとばかり知り合いになってんだよ、こいつは」
「彼の事はいい! 明日の襲撃イベントをどうするかだ。既に大賢者の耳には入ってしまっている。故に無かった事にはもう出来ないんだ」
静まり返る室内。
彼らは思った。
町中でのほほんとしている無防備なプレイヤーを、せっかく蹂躙できるイベントだったのにーっ!
「じゃあ、ガチで戦ってみては? それでプレイヤーが勝てばBパターンで。私たち運営が勝てば予定通り進めればいいんじゃ?」
小松女子がアッサリ言う。
「ガチ……」
「プレイヤーと真っ向勝負か」
「寧ろこの殴りもどきをっ」
「よしっ。いっちょやってやるか!!」
皆やる気満々である。
一人浮かない顔をしているのはチーフだ。
(こちらが敗北した時の為に、準備だけはさいておくか)
準備。
それは新エリア解放の事を示す。
スケジュール的には三週間後のエリア解放だが、もしかすると早まるかもしれない。
何故だかチーフには、確信めいたものがあった。
「うぉぉぉぉぉやってやるぞぉっ!」
「「おおぉーっ!」」
スタッフの心が一つになる。
いや、チーフは盛り上がる部下を傍観しているだけだ。
そしてもう一人。
小松女子が冷ややかな視線で彼らを見ていた。
(男って、馬鹿ね)