170:マジ、エンジョイする。
家の中では、既に就寝準備をしているピリカ達が居た。
「おや、どうかなさいましたかマジックさん?」
「あ、ああ。こんな夜遅くに申し訳ないんですが、その……実はお話がありまして」
「話? まさかマジックさん、娘を妻になんて、言い出しませんよね?」
まだそのネタを引っ張るのか! めっちゃ真顔だしよ。
断固として違うと話すと、ようやくトリトンさんの顔は普段の物静かそうな表情に戻った。
ちらちとピリカに視線を送ると、トリトンさんは察したのか、彼女を置くの部屋へと連れて行った。ピリカは「勇者様と遊びぅ」なんて言っていたが、思いっきり欠伸をしているっていうね。
ごめんな。今度遊んでやるから。たぶん。
「それで、お話とは?」
部屋から戻ってきたトリトンさんが、俺たちに椅子に座るよう促しながら尋ねてくる。そこには大賢者も一緒だ。
俺はさきほどディオという先住民の男から聞いた、町襲撃の話を二人に聞かせる。
トリトンさんは青ざめた表情で、大賢者は険しい表情で聞いていた。
「先住民とプレイヤーのダークエルフが遭遇することで、襲撃イベントが開始されるのかな?」
とシースターが尋ねてくる。
たぶんそれは違うんじゃないかな。そもそも悪ダークエルフたちは、襲撃計画はもう始まってるとか言ってたし。
逆に、下手すると一切の情報無しで開始された可能性だってある。
そうなったらどれだけの被害が出る事か。
「うぅん。プレイヤーにも情報が無かった場合、完全な突発イベントだとその時町や周辺マップに居る人だけで対処する事になっただろうからねぇ」
「しかもプレイヤーを釣る為に海岸でボス召喚もすると言ってたから、そっちに大勢行ってたら町のほうは防衛失敗するだろうな」
「もしかすると、今回の襲撃ってプレイヤーに勝たせる気が無かったのかも?」
え、だったら事前に情報があって、討伐メンバーが居ても無理だってこと?
「いや、そこはVRならではだからね。こうして情報が流出した場合の事も考えて、負けパターンも用意されてるとは思うよ。やってみなきゃ分からないけど」
「ぐぅ……準備万端で待ち構えて負けるとは、そんなの嫌だなぁ」
「ははは。まぁこればっかりはシナリオだからね、仕方ないさ。それにしても、二人とも、固まったままだね」
「ん?」
シースターに言われてトリトンさんと大賢者に目を向けると、青ざめた顔と険しい顔のまま二人とっも硬直している。
シンキングタイムか。
まぁ考えてくれ。そして二人で話を進めてくれ。
面倒くさいのは苦手だ。
……。
……長いな。
「そろそろ五分ぐらい経つかな」
「長いね」
……。
……合成剤の材料集め、行ってもいいですかね?
待つのにも限界を迎えた頃、ようやく大賢者がすっくと立ちあがった。
「儂はこれからファクトへと向おう」
「お義父さん、こんな遅くにですか?」
「一刻を争う案件じゃろう。今すぐでなくてはならぬ。マジックよ、二、三時間ほど待てるかの?」
「ニ、三時間ですか? シースター、今から鉱山の山道行くか?」
「うん。ぼくはオッケーだよ」
「じゃあ――」
狩りをしながら待ちますと伝えると、速攻で大賢者は野外に出てテレポした。
待て……ってことは、まだ関わらされるのか。とほほ。
まぁこれもゲームイベントだと思って諦めるか。
うん。最近俺は、いろいろな事を諦めている気がする。
そうそう、これはゲームなんだし、諦めて開き直ってトコトン遊び尽くそう!
「あ、マジックさんだ〜」
「見つけてきたでござるよ」
「よし! レッツエンジョイ!!」
拳を突き上げポーズを決めると、辺りが明るくなった。
「光ってますねぇ」
「光っているでござるな」
「ちょ。マジック、君ってば街灯みたいだね」
「う、五月蝿いっ!」
笑ったつもりはないのに、どうやら顔が緩んでいたようだ。くそうっ。