169:マジ、幼女誘拐犯に間違えられたお詫びを受ける。
逃げるようにして戻ってきた開拓村で再び村人に囲まれる。
「す、彗星殿……これは大丈夫なのでござるか?」
「だ、大丈夫だ。詫びたいだけだって、い、言ってたから」
とは言うものの、正直怖い。
腰を低くし、手もみをしながらじりじり詰め寄ってくるんだもんな。怖いに決まっている。
ピリカ家の外壁を背にし、俺と霧隠さんは村人に完全包囲されてしまった。
包囲陣の中、一人の爺さんが一歩前に出てくる。
「この度はとんだ勘違いをして、あまつさえお二人にはご迷惑までお掛けし、本当に申し訳ありませんでした」
ペコペコと謝罪する爺さんにあわせ、他の村人もペコペコ頭を下げ同じように「申し訳ありませんでした」と声を揃える。
い、いや。誤解だって分かってくれればそれでいいんだしさ。そこまで頭下げて貰わなくても。
寧ろシンクロし過ぎて、ちょっとしたホラーですから。
「つきましては、我らからのお詫びとして、この村の全施設を自由に、好きなだけご利用して頂こうと思いまして」
「え? 施設?」
そんなものあったのか?
霧隠さんと視線を交し、施設がなんなのかを尋ねてみる。
「まんずは倉庫がございます」
「あったのか!?」
「それから――」
爺さんが固まった。
まさかそれしかないってのか!?
「今はそれだけでございます」
「それだけかよ!」
「今は――と言ったでござるな。では今後増える予定でござるか?」
霧隠さんの問いに頷く爺さんは、近々鍛冶錬金屋が出来ると言う。
「鍛冶錬金って、何に使うんだろう?」
「恐らく武具の修理でござろう。これまでのレベルだと、破損する前に次の装備に着替えていたでござるが、そろそろレベルも上がり難くなってきたでござるから。そのうち破損するようになってくるでござるよ」
「あぁ、修理屋か。じゃあ、修理に必要な費用が――」
「はい。無償でやらせて頂きます」
おお! それはいい。
けど鍛冶錬金と聞くと、鉄製品限定っぽいよな?
「布装備でございますか? 仕立て屋にて修理が行えます。そちらも近日中に商いが出来るかと」
「いいねぇ。他には?」
「木工屋も出来ますので、杖や弓の修理も可能になります」
「おおぉぉ! 他には?」
「他には――」
「あ、ほら。畑あったじゃん? あの畑借りれないか? 俺さ、ペットフードの合成販売してんだけど、野菜好きのペットもいるからさ」
兎とか羊とか。他の草食系動物がモデルのモンスターも、きっと野菜を食うだろう。
ただ問題は、畑を耕してたりしたら、狩りの時間が削られるって事だな。
「や、やっぱり、出来上がった野菜を安価で売って貰えればいいです。はい」
「彗星殿。それでは採算が取れないのでは? 合成ペットフードは拙者も知っているでござるが、ペットフードが150EN、合成剤が50ENでござるよ。200ENで委託されているようでござるが、合成食材分赤字なのでは?」
「あ、それはまぁ、ギリで採算は取れてはいるんだ。自分で食材集めしてたし、合成剤も実は材料集めて作って貰ってたんだ。それでまぁ、ちぃよこっとだけ黒字みたいな」
野菜はあまり手に入らないし、大量に仕入れたければ八百屋で買うしかない。
今まではその辺の草を合成していたが、野菜の方が絶対いいだろうなぁとは思ってたんだよ。
出来れば野菜一つ5ENぐらいで仕入れられればなぁ。
「ほ、ほら。市場に出せないような、規格外な野菜とかあったりしませんかね? 小さいとか、傷があるとか」
「路上販売みたいなので見るでござるな、そういうの」
「え? 見た事あるのか?」
「え? ないでござるか? こう、屋台のような小屋のようなところで、自家栽培した野菜や果物を販売しているおばあちゃんとか」
「いや、ない」
「ぐっ。せ、拙者が田舎育ちなだけでござったか」
俺たちが話している間、ずっと硬直したままの爺さんと他NPC。
どうもシンキングタイムみたいだな。
「ペットフードも作れればもっとコストを抑えられるんだけどなぁ」
「大量生産して貰えれば、拙者としても有り難いでござるよ。合成ペットフード、噂を聞いて手に入れたいと思っていたでござるが、なかなか買えなくって……」
「うぉ、ご、ごめん」
「いやいや、彗星殿が悪いわけではござらんよ」
「じゃあ、今からでもたっぷり合成しようか?」
「ほ、本当でござるか!? あ、肉は持っているでござるよ。狩りをしていて、手持ちがあるでござるから。ペットフードも五袋持っているでござるし」
NPCがシンキングタイムの間に、ハヤテ用の合成ペットフードを作成。
受け取った肉は『チュンチュンのもも肉』だった。
「うぉおおぉぉぉぉ、チュンンン!」
「な、なんでござるか!?」
「いや、なんでもないです」
他にも蛇だの猪だのの肉も混じっているな。混ぜるとどうなるか……
鳥、蛇、猪、それぞれ二つずるでペットフード一袋と合成してみる。
あとはそれぞれ単体で、一番数の多い猪肉を二袋作ってみた。
さて、ハヤテの反応は――と。
袋を差出し匂いを嗅がせると、ミックスに一番反応した。
「ふぅん。肉を複数混ぜるほうが好みなのか」
「混ぜたのでござるか?」
「あぁ。どういう反応なのかなぁと思って。一袋だけな」
合成した食材によって、ペットフードはアイテムとしては別物扱いになる。よって、今回はアイテム枠を四つ消費するものになってしまった。
「複数の肉を渡したのだから仕方ないでござるな。さっそく倉庫を利用させて貰ってもいいだろうか?」
「――――もちろんでございます! 倉庫は村の中央にある噴水から、西の方角に直ぐでございます」
「あっ。俺も俺も」
いろいろ貯まっている物を預けておきたい。
歩き出そうとした俺たちを、再び爺さんが止めた。
「お待ちください。さきほどのご提案ですが――」
結論が出たのだろうか。
ニコニコ顔の爺さんは、俺の予想を超える提案を持ち駆けて来た。
「で、どんな提案だったの?」
「あぁ。出荷できないようなサイズの小さいのとか大きすぎるのとかいびつなのとか、そういう野菜をただで貰える事になった」
「え? 凄いじゃん!」
「更に家畜の肉も分けてもらえることになった」
「え……凄すぎない?」
「ペットフードも作って貰えることになった」
「ちょ!? どうしてそうなったの!!」
倉庫にアイテムを預けて戻ってくると、シースターが家の前で待っていた。
どうやらアイテム情報は聞き出せたみたいで、鉱山に向う近道コースで地属性に関係しそうなアイテムを落とす奴がいると話す。
ついでにこっちの出来事も話すと、かなり驚いていた。
いや、俺も驚いたさ。まさかこんな好条件を出してくるとは。
「ちなみにさっきのご老体は、この村の村長殿でござるよ」
「あ、この人さ、霧隠さんな。忍者だ」
「どうも、はじめまして。シースターです。生産がメインなんだ。木工とか彫金が得意なんです」
「き、霧隠でござる。隠密が得意分野でござるよ」
〔ワン〕
「こいつはハヤテ。サウザンドウルフでござるが、今はまぁ……犬でござる」
〔ワフ!?〕
ハヤテのこの、がーん! みたいな顔。可愛えぇな。
村長の提案は、何も無償で全てをやってくれるという訳ではない。
なんと。
合成ペットフードの販売を任せて欲しいという事なのだ。
食材がタダで、しかも俺自身は時間を消費せず手に入れることが出来るようになる。
ペットフード自体も、村人が作ってくれるらしい。なんでも材料自体は普通に小麦と卵、家畜の餌を混ぜた普通の団子らしい。
俺は合成剤を持参して、作業をするだけでいいのだ。
儲けの取り分は、合成剤が50EN販売だからと、俺が80EN。村側も同じく70ENとし、販売価格は少し安くして150ENとなった。
これで大量のペットフードの販売も可能になる。
ただ、合成時間がかなりかかりそうだが……。まぁ材料集めの手間が少し減るんだし、その分を合成につぎ込めばいいか。
次は『能力石』だな。
鉱山に向う山のほうか。そういえばハリネズミ居たな。あいつだったりして。
ハリネズミと言えば……。
「あ、ココネさんに教えてやらなきゃ」
「ココネ殿?」
「うん。ほら、ハリネズミみたいなモンスターをペットにしたいって、言ってたじゃん」
「居たのでござるか?」
こくりと頷いてみせる。
ココネさんもログインしているな。って、所在地がここになってる!?
「拙者、探してくるでござるよ」
「お、サンキュー。じゃあ俺はさっそく野菜でも貰ってこようか――」
と思ったら、隣でシースターに突かれる。
「NPCにあの情報、聞かせておかなくて平気かな? 情報を与えてやれば、襲撃に備えたりするんじゃない?」
お、おぉ。そういう事もできるのか。
よし、じゃあ……ひとまず温厚そうなトリトンさんに話をしてみよう。
霧隠さんにココネさん捜索を頼んで、俺はシースターとピリカ家の戸を潜った。