166:マジ、計画を知る。
「俺の名前はディオ。あんたは?」
っとまぁ、こんな風に打ち解ける事に成功。これで死亡フラグは解消された。ついでに『絹糸玉』も大量ゲットな予感。
俺は山脈から北北東の荒野にある『干からびた大森林』って所に住む、ネイティブダークエルフだという事にして話をなんとか合わせている。
聞いている限り、あまり暮らしぶりは良く無さそうだ。
まずこの山脈から東と北は荒野であり、作物が育たないのだ。
もしかしてネイティブ人は、開拓民に土地を追われて荒野に移り住んだ……とか?
「けど大陸からの開拓民どもも凄いよな」
「凄い?」
「あ、いや。その、えっと――」
聞き返したところでディオは慌てて口を閉ざす。
それからシンキングタイムではない、考えるような仕草のあと言葉を選ぶようにして話はじめた。
「や、奴等が上陸した、今じゃ港町になってるあの一帯。ほんの数十年前までは、モンスターどもがひしめき合う荒地だったのになぁ。それをあそこまで緑豊かな大地に変えちまうんだ。どんな魔法を使ったのか、それが分かれば俺たちの集落も潤うんだけどな」
ほぉ。今では草原が広がる港町周辺も、以前は荒地だったのか。
まぁゲーム仕様だし、畑の作物も数時間で実るぐらいだ。荒地から草原にだって、数年あれば出来るだろう。
ディオの言う通り、どうやって草原にしたか分かれば――だが。
やっぱり魔法なんだろうか? 大賢者みたく、力任せなゴリ押し農耕とか。
それとも下地からきっちりと、肥料とかぶんまいてコツコツ草を育てたのだろうか。
〔きゅきゅいーっ〕
「おっと。マジック、そっちに行ったぜ」
「おうよ」
骨を持った『ボーンラビット』は、森の中ならそこそこの数が生息している。
動物タイプの、火属性モンスターだ。
今はウンディーネを召喚して、水属性付与で戦っている。
彼は生粋のAGI前衛職。武器は鉤爪のついたクロウ系武器だ。アサシンといったところか。
ウンディーネの水付与は範囲なので、無駄に俺にも付与されるんだけどな。
しかしウンディーネさんの通常攻撃、これ対象が男だったら、精神的にもダメージ来そうだな。
「ウンディーネさん、ビンタしなれてますな」
〔ぷく、ぷくぷくぅ〕
そ、そうでもありませんわ――と、顔を赤らめて応えるウンディーネ。言葉使いは丁寧で、清楚な印象だが……でもビンタなんだよな。
しかも水属性ビンタみたいで、ボーンラビットに結構なダメージを与えている。
「精霊魔法ってのは便利だな。自分以外にも戦力を生み出せるんだから」
「あぁ。けど時間制限があるし、こいつらが使う魔法は、全部こっちからMPを吸い取ってるからな。そこんところは気をつけないと、MP枯渇なんて事になってしまう」
「はは。そうなると魔法使いとしては、死活問題だな」
そうなんだよな。MPが無くなった魔法使いなんて、ただのか弱い人だぜ。
ポーションで凌げるといっても、それも『持っていれば』の話だしな。
MPを回復させるためのスキルとか、作っておくべきだろうか。
「よっと。これで五十匹だ。肉も随分集まったぜ」
「もういいのか? 俺としては糸玉を大量に欲しいから、もっと狩っていいんだが」
「いや、あまり狩りすぎると生息数を減らしてしまうし、それこそ俺たちの命に関わるからな。不要な分は狩らない事にしているんだ」
リポップしますやん。
でもまぁ、自然界とかをリアルで考えればそうなんだろうな。
開拓民のほうは畑を耕し、家畜を育て、豊かな食生活を送っているが……あ、ダークエルフは貧乏生活だったか。
しかし同じ大陸に住んでてこれほど違うとはなぁ。
「家畜……そうだ。家畜を育てればいいんじゃないか?」
「かち……」
あ、シンキングタムに入った。
その間、ボーンラビットをウンディーネと二人でボコボコにする。
随分と長いな。いい返答が検索出来ないのか。
二匹目のボーンラビットをフルボッコし終えた頃、ようやくディオが動いた。
「家畜を育てるのもそう簡単じゃない。そもそも家畜はおろか、俺たちが食うのだってやっとだってのに」
「あぁそうか」
だからこうして山に来て狩りをしてるんだしな。
それ以外にも安全面の事もあると彼は言う。
村の周囲はモンスターだらけで、この山に住む奴等よりも高レベルだという。そんなのが闊歩するようなところで家畜を育てれば、当然襲われるだろう。その時、村にも被害が出る可能性もある。
「だから家畜なんて、無理だ」
「ちょっと強引な気もするけど、まぁ分からなくもないか」
「強引?」
「いやいや、なんでもない。それよりさ、どんなモンスターが出るんだ? ドラゴンとか出る?」
ファンタジー最強モンスターといえばドラゴンだろう。
そしてRPGといえば、やっぱりドラゴンだろう。
そしてそのドラゴンから手に入る武具や素材を想像しただけで……
「マ、マジックはドラゴンを食いたいのか?」
「じゅる。は? なんでそうなる」
「いや、涎が」
っは。つい欲望丸出して涎まで垂らしてしまった。
だが食べたいからではない。ドロップ品を想像して物欲センサーが働いただけだ。
そう説明すると、ディオは不思議そうな顔でこちらを見ていた。
「食べられない物が、そんなにいいのか?」
「じゃあ食べられない物はゴミだって言うのかディオは」
「当たり前だろ」
即答かよ!
どんだけ食い物に対する執着心が強いんだ。
いや、それだけ食うに困ってるって設定なのか。
ネイティブ人、ちょっと同情じてしまう。
が、同時にアイテムに対する執着心が無いって、拾ったドロップアイテムはどうしてるんだ?
「ボーンラビットから取れる肉以外のアイテムって、どうしてるんだ?」
「どう……」
再びシンキングタイムが始まったが、今度はすぐに動き出した。
彼は腰にぶら下がった巾着袋の口を開くと、あれこれとアイテムをばら撒き始める。あの袋、どんだけ容量があるんだよ。しかも巾着よりでかいアイテムまで出てくるぞ。
「荷物になるからな、最後にまとめて捨てる――」
「捨てるなんて勿体ないだろうっ!」
「いるならやるぞ」
「頂きます」
お互いに即答だ。
ボーンラビットの名前しか出さなかったからか、アイテムは全部ボーン産だ。
しかし、物欲の欠片もないのか。
試しに――
「村の周囲に出るっていうモンスターを倒した時のアイテムは?」
「……あぁ、使える物は使うが、ほとんどは捨てている」
そう言ってディオは自分の武器を見せる。
モンスター産素材から、村の職人に作って貰ったものだという。防具もそうだ。
見てる限り、攻撃力は結構高い。軽装だが、防御力もまずまずだった。尤も、AGIが高いのか、攻撃を食らう回数自体少ないけどな。
「捨てるぐらいならくれよ」
ついポロっと本音が零れてしまう。
ディオはシンキングタイムのあと、「いいぜ」という返事をくれた。
ただし――
「食い物と交換な」
「どこまでも食い物に拘るんだな……」
「当たり前だろ。お前たちダークエルフは、召喚魔法とやらで多少は作物を実らせられるからいいものの、こっちはそうも行かないんだぜ」
たぶんノームの事だろうな。土を耕して、たぶん肥えさせたりとかも出来るのかもしれない。あとウンディーネが居れば水遣りも楽だし。
それからディオは、夢は新鮮な野菜を腹いっぱい食う事なんだとか、スープにじゃがいも以外の物を入れてみたいだのを語り出す。
おい開発! いくらなんでも貧乏させ過ぎだろっ。
なんか可哀相になってきたんで、ペットフードと合成する為に取ってある野菜だの木の実だのの食材を押し付ける。
開拓民の畑からちょろまかしてきたものだと嘘を付いて。
受け取りながらきょとんとしていたディオだったが、暫くして潤んだ目で笑った。
「い、いいのか? くそう。移民者め、こんな美味そうな物を食ってるなんて」
野菜はそうですけど、木の実はペットしか食べません。
「あいつら、冒険者を雇って生活圏を拡大していってるが、どうせなら俺の村の周辺にも畑を作ってくれれば……あ、いや、今のは忘れてくれ」
お、つい本音をポロリしたな。
なんだ。先住民って狂暴だのなんだの言われてたが、実際はそうでもないじゃん。
開拓民を羨ましがってるようでもあるし、食い物さえ与えてやれれば和解できるんじゃね?
そう思った瞬間だった。
「マジック。あ、あんたは、その……今度の襲撃に参加するのか?」
ディオは俺の為に繭から採取をしながら、顔は向けず、小さな声でそう尋ねてきた。
今、襲撃って言ったか?
おいおいおいおい、今度はどこを襲撃するっていうんだ?
「邪神ワルディガイの司祭が魔物使いを使って、次の満月の晩にファクトとガッソを襲撃するんだ。知ってるだろ?」
「いや。あ……い、いや、俺は参加しないんで、詳しい事は教えて貰ってないんだ」
じぃっとこちらを見つめるディオ。
嘘がバレたか?
何故か俯いて溜息を吐き捨てると、彼は「そうか、羨ましいぜ」と呟く。
「襲撃、参加したくないのか?」
「は? い、いや、そんな事は無い。邪神様に改宗させて、奴等の土地を奪うのが目的だからな。そ、そうだ。豊かな土地を頂くためなんだ。土地を……」
「でも今住んでる村の周辺の土地が豊かになれば、奪う必要もないんだろ?」
「当たり前だろ。あ、いや、そうじゃなくってだな」
真顔になったりあたふたしたり。面白いな、こいつ。
「なぁディオ。襲撃計画の事、詳しく教えてくれないか?」
「仲間はずれにされて寂しいのか。まぁいいだろう」
いや、寂しいとかそういうんじゃないですけどまぁそれでいいですはい。
「何人かの魔物使いが、各種族のリーダーを使役するんだ。魔物使いだって一人で何十、何百と動かせないからな」
「もしかして、ボスクラスのを使役して、そいつが更に手下に命令してって作戦か」
ディオが拍手をする。
襲撃イベントにボスクラスが登場するって、それはつまりレジェンド装備が手に入るチャーンス!
更に詳しく尋ねると、ディオは詳細な作戦を教えてくれた。親切な奴だぜ。
各種族のリーダーが更に十匹のサブリーダーを呼び寄せ、そのサブリーダーがそれぞれ九匹の下っ端――まぁノーマルモンスターだろうな――とチームを組んで行軍する。
数で圧倒して町を攻めるのだという。
夜であれば警備の数も少ないし、突然の襲撃であれば町に留まっている冒険者も少ないだろうから勝てるという計算だ。
更に海岸線にボスモンスターを召喚して、馬鹿な冒険者を釣る作戦なんだとか。
ボス……そりゃあ釣られますがな。
「まぁだからさ、俺たち人間はモンスターどもが蹂躙したあとで登場し、弱ってる奴等を……」
「あー、はい先生。質問です」
「え? あ、はい、マジック君」
「逆にモンスターがやられた場合、どうするんですか?」
ディオ、再びシンキングタイム。
長い。結構長い。
再召喚したウンディーネとボーンラビットを四匹倒し終わるまで動かなかった。
「えっとその場合、撤退すると思います。そもそも俺たちは戦士が少なく、ダークエルフ族も数人しか手伝いに来ないっていうしな。まともにやりあえば数で圧倒的に不利だからさ。ほんと、お前らってば協調性のない種族だよな」
「え、ダークエルフが率先してるんじゃないのか?」
「違うちがう。南大陸側に住む、上流階級の神官どもさ」
こんな未開の地に上流階級とか、笑わせるぜ。
「その神官どもは口先だけで、戦闘にも参加せず、そもそも南から出てこないっていうしな」
指揮官らしい連中も居ない。唯一、魔物使いだけが神官の指示で動くらしい。
その魔物使いが破られれば、ただの烏合の衆となる。そうなればさっさと村に帰るとディオは話す。
「俺には帰りを待つ妹がいるからな。二年前に両親を病で亡くしているから、俺が死ねば妹は一人になっちまう。それだけは絶対にさせられない」
「妹……」
おぉう。ディオのキャラ設定が何気に暗いんですけど。
それからディオはファクトのある西の空を見つめながら、
「この襲撃で親を失う子も出るんだろうな……。俺の妹みたいに、何日も何日も泣いて過ごす事になるんだろうな」
と、辛そうな表情で言った。
嫌なら止めればいいだろ――で解決してたらゲームは成り立たないよな。
とはいえ、先住民だからって、NPC扱いの彼らと戦闘はしたくない。
ただの戦闘ならまぁいいけど、殺し合いとかは避けたいよなぁ。
けど、ボスのドロップだけ美味しく頂いて、彼らと戦闘を回避する方法。
案外あっさり出来そうだ。
「じゃあ、俺は肉を持って集落に帰るよ。ほら、交換用の『絹糸玉』だ」
「え、あ……おぅ」
「次に会った時は、もっとたくさん用意しておいてやるよ」
手を振りながら、ディオは東に向って走り出す。
もう一度振り返り、最後に、
「マジックも暗くなる前に森を出たほうがいいぞーっ」
と叫んで山を降りて行った。
さて、この襲撃の件。やっぱり他のプレイヤーにも知らせるべきだろうか。
ボスドロップうまうましたいが、さすがに一人でどうこう出来る数じゃないだろう。
数人の魔物使いってことは、少なくとも数種類のモンスター軍団が出てくるはずだ。
精霊使いが同時に召喚できる精霊は一体だが、魔物使いはどうなんだろう?
まぁボスモンスター襲撃祭だと宣伝すれば、ドロップ狙いの連中が大勢集まるだろう。
あとはどうやってそれを宣伝するか――
〔バッサバッサバッサ〕
掲示板か?
〔バッサバッサバッサ〕
いや、海賊ダンジョンの件でちょっと……
〔バッサバッサバッサ〕
ゲーム内であちこちにふれ回ってみるか?
「と、とにかく町に――」
〔ぶぶぶぶぶぶっ〕
「あ? 後ろがどうしたって?」
〔バッサバッサバッサ〕
さっきからバサバサと五月蝿いなぷぅの奴――
〔ピュイィーン〕
バッサバッサと羽音を響かせていたのは、ぷぅではなく――
全長三メートルはあろうかという、巨大な蛾、であった。
暗くなる前に森を――こいつのことですか!
〔ピュイイイイイイン〕
【戦闘不能状態になりました】
【最寄のセーブポイントに帰還しますか?】
【はい いいえ】