164:マジ、ご主人様になる。
「おぉう……。なんだここ……。モンスター仕様なのか?」
鉱山ダンジョンから少し下山すること三十分。
高原の名に相応しく、山々に囲まれた盆地に広がる草原。
花が咲き、近くには小さな湖なんかもあって最高の景色だ。
ただし、遠目から見た状態に限る。
花は、その一本いっぽんが俺の腰ほどもあり、花びらの一枚が掌よりもでかいときている。
巨大な花で構成された花畑――と思いきや、足元には普通サイズの花も咲いていたり。
数本の巨大花の群生地が点々としている感じなので、視界が悪いだの、どこから襲われるかわからないだのは無さそうだな。
「ぷぅ、ちょっと上の方から周囲を見てくれないか」
〔ぷぅぅ〜〕
ばさばさと羽ばたくぷぅを見上げながら思う。
あのボディーサイズに対してあの翼。小さすぎるだろ。何故飛べる?
たとえるなら、バレーボール――いや、大玉スイカにシソの葉をくっつけたような、そんな感じだ。
普通に考えたら飛べるわけが無い。
考えるのは止めよう。これはゲームなんだから。
「おぉい、ぷぅ。繭とか見えないかぁ〜?」
採取をメインにするなら、芋虫より繭だ。たぶん生産行為でも経験値が入るから、結局はレベリングになってしまうんだろうけど。
モンスターを倒すよりは少ないだろう。きっと。
〔ぷぷぅ〜ぷぷ〕
ぱたぱたと舞い戻ってきたぷぅは、巨大花の群生地に白い楕円形の物があると教えてくれた。
白い楕円形といえば、繭だろうな。
点在する巨大花の群生地へと向う。
近づけば目で見てすぐに分かるソレが、巨大花の茎にくっついていた。
「よし。んじゃ『採取』っと」
繭に手を伸ばすとゲージが現れ、このゲージが消えると――あれ? 以前、夢乃さんと採取したときには、ゲージが消えて綿が取れたんだけどなぁ。何もおきない。
再度手を伸ばすとやっぱりゲージが出て、消えて、何も手元に残らない。
おかしい……。
〔ぷ?〕
「あぁ、いやな。前に採取したときと、なんか様子が違うんだ。アイテムが手元に現れないっていうか」
〔ぷぷぅぷ。ぷっぷぷぷぅ〕
採取の失敗か、それとも鞄に入ってるんじゃない。とぷぅが言う。
失敗は有りえるな。技能レベルが低いんだし、ここいらの素材はランクが高いのかもしれない。
念のためインベントリを確認してみると――
「糸玉……インベントリに直送かよ!」
いつのまに仕様の変更があったんだ?
不具合じゃないだろうな。ちょっと聞いてみるか。
ログアウトしてロビーへと移動。
『お帰りなさいませ?』
「おう。採取の仕様変更とかあったか? なんか前とちょっと違う気がするんだけどさ」
シンフォニアが首を傾げ、すぐになるほどという顔をしてみせる。
『採取によって取れる素材の数の調整を行いました。またこれまでは採取したアイテムは一度手元に現れ、それからプレイヤー手動によってインベントリに収める仕様でしたがこちらを変更。現在はインベントリ内に直接入るようになっております。作業の手間を少しでも緩和させる処置でしたが、不評でしょうか?』
「いや、それならそれでいいんだ。不具合かと思ってちょっとビビっただけだし」
『左様でございましたか。不具合ではございませんので、どうぞご安心ください』
「おぅ。サンキューな」
そうお礼を言うと、シンフォニアは笑みを浮かべた。
随分と笑顔がスムーズに出るようになったもんだ。最初は表情をプログラムされてないんだとか言ってたが、今では傲慢な笑みも今みたいな柔らかい笑みも出せるんだもんな。
『彗星マジック様もお役に立てられたのでしたら、ワタクシと致しましては嬉しく思います』
にっこりと微笑まれてそう言われると、なんだかこっちが恥ずかしくなってしまう。
俺の役に立てるのが嬉しいとか……
『うふふ。ご主人様のための奴隷……みたいですわね。ふふ』
「怖ぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
俺は急いで旅の扉を潜った。
繭から採取するアイテムは一つではなかった。
『糸玉』が六割ぐらい、三割ぐらいが『縺れた糸玉』。そして一割ぐらいの確率で『上質な糸玉』だ。縺れたのも素材と表記されているが、ダメな部類だろうな。そして上質なヤツはアイテム名の色が緑で、ハイクラスだ。
そういや素材も合成できるんだろうか。今までずっとペットフードだの装備だのポーションだのしか合成してなかったけど。
ちょっとやってみるか。
失敗品であろう『縺れた糸玉』を二つ合成してみる。
すると『激しく縺れた大糸玉』という、余計にダメそうなアイテムが出来上がった。
インベントリから取り出してみると、握り拳大の絡まった釣り糸みたいなのだ。うん。解ける気がしない。
じゃあ『糸玉』を二つ合成すると?
『大きな糸玉』になった。
じゃあ合成する数を増やしてみるか。
三つだと『上質な糸玉』に変化。
おぉ、これちょっといいんじゃね?
次!
四つを合成して……『上質な糸玉』。同じかよ!?
なら五つはどうだ?
完成したのは『上質な大きな糸玉』で、ハイクラスのままだった。
普通の糸玉と大きいのの違いがなんなのか……。
『上質な糸玉』を合成するとどうなるのか。
やってみるか。
『上質な糸玉』二つで『上質な大きな糸玉』が完成。
うん、まぁそうだよな。
じゃあ三つだと?
『絹糸玉』が完成。
絹!?
アイテム名は緑でハイクラスだが、明らかにこっちのほうが質が良さそうだよなっ。
これ『糸玉』から合成繰り返して全部絹にすれば、良い装備作れねぇかな。
いや、でも合成って繰り返せないんだっけか?
前にシースターが調査してくれたとき、そう話してたが。でもあの時は装備品の合成の話だったしな。もしかして――
いや、そうじゃなきゃ今出来た事が不具合ってことになってしまう。
こんな時は――
「シンフォニア!」
『はい、ご主人様』
「うがああぁぁぁぁっ!」
思わず俺は『ちゃぶ台返し』を発動させていた。