160:マジとぷぅ。始まる恋物が――「始まるわけねえだろっ!」byマジ
倒れた俺の目も前に、身長二十センチほどの女の人が浮かんでいた。
その体は全体的に水色っぽく、半透明で向こう側が僅かに見えるほど。更に服を着ているのかいないのか分からない上半身に対し、下半身は明らかにスカートだとわかるデザインをしている。
お胸様がハッキリクッキリぽよんぽよんしているのが分かります。本当にありがとうございます。
これ、召喚の書で見たウンディーネにそっくりだな。
もしかして……
「ウンディーネさん、ですか?」
と尋ねると、小さなお姉さんはこくりと頷き、恥ずかしそうに両手を頬に添え顔を赤く染めた。いや、ピンクか?
しかし彼女がウンディーネだとして、水場が無いのにどうやって出てきたんだ?
あたりをキョロキョロしてみるが、水溜りすらどこにも見当たらない。
だが、俺が手を付く地面は濡れている。
そして俺も濡れている。
……『ウォーター』か!?
と思ったときにはウンディーネの半透明な体が、更に薄くなって消えかかっていた。
俺の体が乾きだしたからか!?
「『ウォーター!』」
再び水芸で自分の体を濡らすと、ウンディーネがにっこり微笑んでお辞儀をする。
濡らした事に対してお礼を言っているんだろうか?
〔ぷくぷくぅ〕
「うぅん、何を言っているのか分からないな……」
〔ぷくぅ〕
どことなく寂しそうな顔をするウンディーネ。
ノームの時もそうだったが、契約していない段階だと、精霊の言葉が分からないのかもしれないな。
しかしこのタイミングで掴んだチャンスだ。
水属性の攻撃手段が増えるというのは、スーパーデラックス……あぁ面倒くさい! でかスライムを倒せる千載一遇のチャンスなんだ!
「ウンディーネ、頼む。俺に力を貸してくれっ『ウォーター』」
乾く前に濡らす。
ぽたぽたと滴り落ちる水を見つめつつ、ウンディーネは何かとじっと考えていた。そんなに見つめられたら、ちょっと恥ずかしいですお姉さん。
はにかみながら笑って見せると、無駄にアイドルが発動し、キラッキラと光る。
その光が滴り落ちる水に反射し、いつもより余計にキラキラと……。
〔ぷく〕
キラキラを見つめながらウンディーネは静かに頷く。
け、契約成立!?
え、えっと、じゃあ……そうだ!
インベントリからポーション瓶を取り出し、その中身をぶちまける。空になった瓶を差し出すと、お姉さんがちゃぷんっと中に入り、ただの水になる。
「は、入ってますか?」
〔ぷく〕
再びちゃぷんと小瓶から水が浮かび上がり、さっきのお姉さんの形へと戻った。
おぉ。これでいつでもウンディーネを呼び出せるぜ。
ファンタジー小説なんかで見るんだよな、こういう瓶とか水袋に入れたウンディーネって。それで思いついてポーション瓶を出してみたんだが、正解だったようだ。
ふっふっふ。
これで勝てる!
「おいマジ、何やってんだよ!」
「さっきから鼻の下を伸ばしておるであるなもし」
「こんな時に何妄想してんねんっ」
ちげーしっ!
っち。契約前状態の精霊は、他の奴には見えないからなぁ。他人から見るとまるっきり不審者行動にしか映らないか。
ふっ。これからこのウンディーネ様が、このピンチを救ってくださるのだ!
ありがたく思え!
「さぁ、ウンディーネにノームよ。行くぞっ」
〔ぷくぷく〕
「え? ノーム様はとっくに制限時間で戻ってる?」
〔ぷくく。ぷく、ぷくぷく〕
「ノーム様を召喚されるのであれば、私はお暇しなければなりません? いやいや、ウンディーネさんじゃなきゃ困るんです」
じゃあノームは休憩ってことで。
ウンディーネに自動戦闘の許可を与え、IMP5消費。
出来れば何かスキルも作って欲しい。『ウォーター』だけじゃ効率が悪い。
「ウンディーネさんや、奴は火属性なんだ。水属性の攻撃手段を持ってるのが俺だけなんだが『ウォーター』のレベルがまだ低く、大したダメージを出せていない――」
そこで、高ダメージを叩き出せる、この際単体でも小範囲でもいいから何かスキルを作って欲しいと頼む。なるべく効率のいいタイプで。
IMPは……残りは130を超えているし、30までなら消費してもいいだろう。
まぁ出来れば消費が少ないほうが良いにこしたことはないが。
そこまで説明してウンディーネは腕を組んで考え込む。あとは彼女に任せて戦闘に参加しよう。
「悪い。待たせたな。『ウォーター!』」
「待ったさ。ったく、こいつ、物理ダメージが効き難いんだよな」
「ゼリー体だからだろ?」
確かに矢が刺さろうが、セシリアの剣で切られようが、あまりダメージは出ていない。
「さすがのマジも、あんまりダメージ通ってないみたいだな」
「あの体ぞなもし。マジックどんの攻撃も通らんじゃろ」
「そうなんだよなぁ」
やっぱスキルレベル低いからなぁ。せめてレベル10ぐらいあれば四桁ダメージも出るかもしれないんだが。
ここはウンディーネの作成スキルに期待しよう。
「ふぅふぅ。マジック君、さっきは大丈夫だったか?」
「あ? ……ま、まぁな」
思いっきり突き飛ばされましたけど、ダメージはありませんでしたよ、はい。
「それはよかった」
そういってセシリアはにっこりと微笑む。
悪気が無いのは分かってるんだ。あんな爽やかな笑顔を向けてるんだし、あれで悪気があったら恐ろしいってもんじゃない。
それでもやっぱりちょっとだけ、もやっとする。
まぁ、悪い子じゃないしな。肩で息をしている彼女に、役に立ってるのかどうか微妙な『カッチカチ』を掛けてやる。それから『ヒール』だ。
「怪我はないぞ」
「まぁまぁ。肩で息するぐらいには疲れてるっぽいし、さっきのお礼ってことでな」
「そ、そうか。うん、ありがとう。疲れてるといえば疲れてるかな。だってスキル攻撃をしても、あんまりダメージが出ないんだもの。水属性の武器でも持ってたら良かったのだけれど」
「あぁ。俺も聖属性がパワーアップされる武器だから、あんま意味ないんだよな」
水属性の付与魔法とかあったらよかったんだろうけど……。
あ、でも『不運』のせいで、属性付与にも何かしらあるのかも? 果たして属性付与がバフになるのかどうかって話もあるが、バフってそもそも付与だもんな。属性付与もダメっぽそうだ。
【ウンディーネの『お任せスキル作成』により、IMPを15消費しました】
お? なんか来た?
〔ぷぅ〜くぷくぷくぅ〜〕
ぎゅるる〜んっと小瓶からウンディーネが飛び出し、辺り一面に霧吹き状の水を撒き散らす。
おぉ。なんか派手なエフェクトではないが、広範囲の攻撃スキルっぽい?
けど……でかスライムさんはまったく苦しむ様子もないんですけど。
「うわっ。なんか急にダメージが!」
「なんやなんや? 水属性の矢なんか持ってへんよ」
「わ、私のスラッシュも、さっきまでとは桁違いのダメージだ」
「我々の武器に水属性が付与されていますね」
属性付与?
全員が俺に視線を向けるが、そもそも付与スキルなんか持ってませんから。
そして全員の視線がやや下に下がる。
そこに居るのはウンディーネだ。
「おぉ。マジ、ウンディーネも召喚できたのかよ」
「だったら何故早く出さなかったぞなもし。ノームよりもここはウンディーネぞ」
「ふわぁ、ウンディーネ、可愛いなぁ」
〔ウミャ!?〕
「だ、大丈夫だ! ウミャーが一番可愛いぞっ」
〔ミャ!〕
ウンディーネさん……創作スキルってもしかして、水属性付与?
じっと彼女を上から見つめると、気づいたのか向こうも見つめなおしてくる。
〔ぷく。ぷ、ぷくぷくぅ〕
「え? 属性付与が欲しそうな電波をキャッチしたから?」
そ、そういえばそんな事を思ったりしたかも。いや、思った。
ノームの時もそうだったし、こっちがイメージしたものを具現化しちゃうようだな。
う、うーん。スキルとしては悪くないが、俺個人にはあまり恩恵のないスキルだよな。
ま、まぁいいか。
最悪、スキル忘却を使うってのもあるし。今回は皆の火力がアップしたってことでよしとしよう。
しかし、一度に広範囲の属性付与とは。火属性モンスターがわらわらするダンジョンとかあれば、パーティーで行くとかなり有効だよな。
属性武器用意しなくてもいいんだし。
まぁ、物理攻撃をしない魔法使いの俺には残念なスキルだけども。
うん。でもちょっと試したいことが出来た。
水属性が乗った状態で鷲掴みすると、属性効果が乗るのかどうか。
現在『鷲掴み』技能はレベルが28だ。ダメージが純粋にレベルの二倍。『怪力』技能でダメージは更に二倍になるので、総ダメージが112になる。
セシリアが対峙する横で、ぶにゅるっとでかスライムを鷲掴み。
おぉ!
ダメージ146!
これ、属性効果乗ってるな。
ぎゅうぅっと掴んだまま『ウォーター』を唱えると、指の隙間から水が勢いよく飛び出していく。
お? ダメージが四桁になったぞ。
鷲掴みと合わさってるとか? いやそれでもギリギリ四桁届かないぐらいだろ。
ここにきてスキルのレベルが上がったとか、そんなだろう。
ダメージランクが上がって四桁になると、やっぱ見ていて爽快感が増す。
こうなると俄然やる気も出るってもんで。
武器合成になって両手がフリーになったもんだから、左右交互にぶにゅるぶにゅるとスライムを鷲掴みし、『ウォーター』に『サンダー』、『雷神の鉄槌・トールハンマー』と次々にお見舞いしていく。
なんだか餅付きの返し手役の人みたいな気分だ。ちょっと楽しい。
〔ぷぅぷぷぷ〕
「ん? 気をつけろ? 何をだ」
〔ぷぷぅぷ、ぷぷぷぷぅ〕
さっきの鞭いっぱい攻撃がまた来るんじゃないかとぷぅが心配している。
確かに、さっきは不意打ちだったからどのタイミングで飛んでくるのか分かっていない。
普通は何かモーションみたいなのがあるもんだが……こいつ、スライムだしな。常にぶるんぶるん揺れてるし、どれがモーションなのかわかりゃしない。
こう、いつもと違う揺れ方でもしれくれたらな。
びよーんと伸びたりとか。
とか思ってたらでかスライムが伸びた。
そうそう、こんな風に――
「危ないマジック君!」
「これかあぁぁぁっ!?」
さっきは脳内で一人ボケツッコミしてたから見えてなかっただけだったのか!
やべっ――いや、俺も多少はAGIがあるんだ。躱す!
「来いやっ」
〔ぷぷぅ!〕
一本目――ギリ回避。
二本目――目の前に青くて丸い球体が下りてきて……ちょくげ
「うぐっ」
〔ぷふぅっ〕
鞭打たれた俺とぷぅが吹っ飛ぶ。
ぐっ。背中を思いっきり打ち付けたか。けっこう痛い。
ダメージは……げっ。800持っていかれたか。急いで『ヒール』しないと。
回復しようと起き上がると、足元にぷぅが転がっていた。
青い羽根が赤く滲み、ぴくりとも動かない。
え……
ぷぅって、HPあったか?
いやなかったはずだ。だから死ぬ訳ないんだ。
「ぷ、ぷぅ?」
なぁにダーリン。ご飯くれるの?
いつもならこうなるはず。
だがならない。
「ぷぅ?」
戦闘が出来ないペットのくせに、なんで俺を庇おうとするんだよ。
「ぷぅ!!」
掌に絆創膏『ヒール』を浮かべて、動かないぷぅに貼りつける。それから両手で持ち上げ、丸いお腹に俺は耳を押し当てた。
生きているなら聞こえるはず。
聞こえるよな?
……。
……クン。
かすかにだが、音が聞こえる。
〔ぷ……ぷぅぅ〕
弱々しく開いたぷぅの目が、あたちは大丈夫と言っている気がする。
もう一度『ヒール』を掛け、壁際にそっと下ろす。
「ウンディーネ、ぷぅを守ってくれ」
〔ぷくぷく〕
〔ぷぅ……〕
羽ばたこうとするぷぅ。その頭を優しく撫で、濃い味レア団子を袋ごとその場に置く。
「ぷぅ、すぐに終わらせるから待ってろ。その間、好きなだけ食ってていいぞ」
はぁ……まったく俺も甘いよな。ぷぅが太ったのは俺のせいか。
ま、なんだかんだとこいつが居てくれるお陰で、一人の時も寂しくなかったもんな。
目付きはアレだけど、良い相棒だよ。
立ち上がってぷぅに背を向ける。
「ぷぅ、お前の為にもサクっと倒してくるからな」
にっと笑った俺の背後は、かなり光っていた。