146:マジ、ちゃぶ台返しを会得する。
「そうなんですかぁ。誘拐犯に間違われちゃったんですかぁ。大変ですねぇ」
「う、うん」
本当に大変だと思っているのだろうかこの子は。
砦の内部へと入った俺たちは、歩きながらことの経緯を簡潔に説明した。その間もオークやホブゴブリンが出て来て戦闘になる。
が、聖属性攻撃魔法の使い手とも言えるココネさんが加わり、逆に俺の出番が減ったぐらいだ。
「あ、マジックさん、怪我してますよ。えぇい『ヒール』」
「お、ありがと――えぇ!? ヒ、ヒール使えるのか!?」
「えへへ。ヒール魔法のレベルが上がると、回復量も上がるんだってマジックさん見てて分かったから、頑張ってレベル上げてるんです。まだ3なんですけど」
「おぉ、凄い。凄いよココネさん!」
「えへへ〜」
てれってれのココネさんは、レベル上げでソロってる時に必要だし、ポーションの節約にもなってお金も貯まるんです! と元気よく答えていた。
うんうん。確かにポーション代が節約できるんだよな。魔法職は撃たれ弱いし、一発食らったらダメージでかいからヒールあるとほんと便利なんだよ。
そんな俺たちの会話を首を傾げて見ている霧隠さん。彼の足元でハヤテも同じように首を傾げてこちらを見ている。
うぅん。かわゆす。
そう思ったのは俺だけではなかったようで、ココネさんもハヤテを見てほっこりした笑顔になっていた。
「霧隠さんもマジックさんも、可愛いペットが居て羨ましいなぁ」
「ココネさんはまだゲットしてないの?」
「はい。可愛い子が欲しいんですけど、どこにどんな子がいるかまだよく分からなくって」
なるほど。まぁあちこち歩き回らなきゃ分からないもんな。
今俺たちは砦の一階にいる。が、正直中は広くない。
学校の教室ぐらいの広さの部屋が四つあり、その部屋と部屋の間に通路がある。単純な構造で、丁度中心に上り階段があるだけだった。
四つの部屋にはオークとホブゴブリンが五体居たが、正直楽勝だ。
それにしても霧隠さんところのハヤテはお利口さんだなぁ。戦闘が始まるとする尻尾を振り、主人をバフっている。
「霧隠さん、ハヤテのバフって効果は何なんだ?」
「うむ。AGI上昇でござる」
「うぉ、いいなそれ」
「常々、AGIをもっと上げたい。でもSTRも必要だしと悩みを口にしていたでござるが、もしかしたらその影響かもしれないでござる」
ほ、本当にお利口な奴だな!
主人にとって嬉しいバフを覚えるなんて。
「そういえばペットモンスターのページに、幼生期の間の飼い主の行動で成長してからの能力を決めるみたいなこと、書いてましたね」
「ん? そういえばそんなのあったような?」
じゃあぷぅはまだ幼生期だし、今からでも間に合うかも?
《ぷぷぅっぷぷ》
「おう、お前に覚えて欲しい能力はな、俺の全ステータスを100%アップする最強バフだ!!」
《ぶー》
おい、なんだよそのブーって。ぶーと同じじゃねえか!
「いいなぁ、ペットとお話もできて」
羨ましそうに言うココネさんは、いったいどんなペットをご所望なのだろう。
可愛いとは具体的に?
「えっと……ハリネズミみたいな子が欲しいなぁって」
「ハリネズミ……おぉ、そりゃ確かに可愛いな」
「可愛いでござるが、モンスターとして実装されているかどうか」
うん。見た事はないな。モグラならあるけど。でもあれは正直、可愛くない。
「暫くあちこち探して見つからなかったら、こう……きゅんっとした子を見つけてペットにします」
えへっと笑うココネさん。案外いい子かもしれない。
一階の全ての部屋を調べたが子供はおろか、ダークエルフの姿すら見つけられなかった。
中央の階段を上り二階へ。
ここも下同様の構造になっていて、やっぱり上に上る階段がある。しかも下から上がってきた階段の真横に。
だがこのフロアをスルーする訳にもいかない。
結果、経験値が増えただけでした。
「次!」
「三階にも居ませんでしたね〜」
おかしい……。
三階まで上がると、そこが最上階になっていた。
構造は他の階と同じ。上り階段が無いだけだ。
だが、ここにもダークエルフは居なかった。もちろんピリカたちも。
「もしかして、ここはハズレだったのか?」
無駄に時間を浪費しただけ?
もしこの浪費がクエスト失敗の原因とかになったら、ピリカはどうなるんだ?
一階に下りて振り出しに戻る。
何かを見落としていないか?
「そういえばマジックさん。ノームさんは呼ばないんですか?」
「んあ? ノーム? いや、あいつはほら、精霊だからさ。土のある所じゃないと召喚できないんだ」
ここに来るまで走りっぱなしだったから、召喚はしていなかったんだよな。だってあいつ、足短いから遅いし。
短距離ならいいけど、長距離となるとさすがに置いてきてしまいそうだし。
更にここは建物の中だ。ノームは土の精霊だし、建物内は呼び出せない。
「でもここ、岩で作ったお家ですよ? 呼べるんじゃないですか?」
「え……そう、いえば?」
岩を切り出して建てた様な、そんな砦だ。もしかして呼び出せる?
「お、おーい。ノームさんやーい」
すると、足元の石畳がカタカタと音を立て、パカっと捲れ上がった。そこからノームが這い出てきて、捲った石畳を再び元に戻す。しっかり接着されたかどうか確認するように、拳でとんとんと数回叩いてから立ち上がった。
無駄に几帳面だな、ノームよ。
《の》
「おぅ。石とか岩でも平気なんだな」
《のーむ》
そうでやんすよ、と仰っている。
ふ、これで戦力アップ!
だが肝心のダークエルフが見当たらない。
「やっぱりここにダークエルフは居ないのかもな。オークは元々この辺りに生息していたモンスターだっただけかも」
「はい。ファクトから北東の荒野に豚さんが居るって、公式掲示板に書いてありました。豚さんが神聖魔法に弱いってのも見たんで、ココネここに来たんですよ」
あ、やっぱりそうなのか。
超が付くほどの初心者なココネさんは、公式サイトで情報を収集しているんだな。
案外勉強家なのかも?
「いやしかし、オークどもが砦を拠点にしているなんて不自然だし、砦から一定距離離れようとしないのも妖しいでござるよ」
「う、ううん。それもそうだよな……」
《の?》
何の話でやんすか? とノームが尋ねてくるので、子供を誘拐したダークエルフを追ってここまで来たが、最上階まで行ってその姿が見えなかったことを説明する。
するとノームは、
《ののーむ、ののむ》
「は? 地下室があるでやんす? え、マジかよ!?」
「彗星殿、どういう事でござるか?」
ノームの話を通訳する。
だがどこにも下り階段は見当たらない。
「他に階段は発見できなかったでござるが……本当にあるでござるか?」
「そうだな。はっけ――発見か!!」
見えないなら、発見すればいい隠し階段。
俺って冴えてるぅ。
「これだ!」
「種ですか? それが階段になるんですか?」
「……いや、それは無理かなぁ」
発見技能を使って辺りを見渡し見つけたのは、種だった。しかも点々と奥の部屋に続いている。
「その種、南瓜でござるな」
「そうなのか。南瓜ねぇ……あ、村の畑で南瓜栽培してたじゃん?」
「確かに……では子供たちが?」
間違いない。目印にこれを落として行ったんだ。賢い子がいたもんだ。
「わぁ、ヘングレみたいですね〜」
「ヘングレ……妙な略し方だな。とにかくあの部屋に続いているようだ。詳しく調べてみよう」
一階左奥の部屋に続くカボチャロード。
中は先ほど倒したオクたちがリポップしていて、再び戦闘になったが、まぁ楽勝だ。
倒し終えあたりを見渡すが、発見技能発動ならず。
「彗星殿、ここの絨毯がめくれているでござる。妖しいと思わないでござるか?」
「なる。発見技能じゃなくって、注意してみれば見つけられるパターンだったのか」
捲った絨毯の下にそれはあった。
明らかに他とは異なる色の正方形の床石。何かを差せそうな穴があるから、ここに鉤棒でも引っ掛けて持ち上げるんだろう。
「棒を探すでござるよ」
「ココネはあっちの棚を探しますね」
持ち上がらないだろうか?
試しに指を突っ込むと、人差し指と中指ならすっぽり入った。
ふぬっ!
「ぐぬぬぬぬぬっ」
《のーむ!》
「おうよノーム師匠!」
さっきノームを召喚した時みたいに、床石をパカっと捲れれば――寧ろちゃぶ台返しみたいに!
《のののののーむ!》
「ぬおりゃああぁぁぁっ。ノーム師匠直伝っ、『ちゃぶ台返し』!」
ぐわばぁっっと床石が捲れたあぁぁ! ひぉ〜、やったぜ。
捲れた床石は座卓のような脚が付き、ちゃんと立てて置ける。完全にノームのちゃぶ台と同じだな。
あ、つまり耐久度がある?
捲れた床石の下には狭い空間が広がり、そこには階段がしっかり見えている。
ちゃぶ台効果が切れる前に――
「下りるぞ!」
振り返って二人にそう声を掛けると、二人ともくすくす笑っていた。
おぅ……アイドル発動ですね。