145:マジ、潜入作戦を遂行する。
そういや俺、ダークエルフの森エリアから北には行った事が無かったなとふと思った。
森を抜け、北東に進む事三十分程で緑は無くなり、赤土や岩が点在する荒野へと変わった。
前方には渓谷もあり、とりあえず高い所から見渡してみようってことでそちらに向うことに。
「霧隠さん、こっちに来た事は?」
「いや、拙者はないでござる。高原地方の鉱山とか、そっちのほうばかりだったので」
「そか。俺は海賊ダンジョンのほうとかかな」
「知っているでござる。壁を破壊したのでござろう?」
あ、知ってましたか。まぁ公式サイトの掲示板に海賊ダンジョンの入り口の事とか書いたしな。
あれ? 壁を壊した事とか書いたっけか?
まぁ他のプレイヤーがどっかで書き込みしてたのかもな。
この辺りに出没するのは爬虫類系や昆虫系モンスターが多いな。昆虫と言ってもほぼ蠍なんだが。
「蠍ってさ、でかいのより、実は小さい奴の方が毒が強くてやばいって言うよな」
「では彗星殿、是非あれに刺されてみてはどうかな? 大きいから実は無毒かもしれないでござるよ」
俺たちの前方に、頭から尾の先まで二メートルを越えそうな蠍が居る。
毒針の部分なんて、子供の頭ぐらいの大きさがあるじゃん。
無理、絶対嫌だ。
「えっと、今のはリアルでの話な」
「そうでござるな。ここはゲーム内でござるし、常識など通用しないでござったな」
分かってて言ってただろ!
出来れば先を急ぎたいので、無駄な戦闘は省きたい。が、索敵範囲に入って逃げ切れなさそうな敵は倒していくしかないよな。
えっと、荒野だし、砂漠と似た様な環境だろ?
こういうエリアに生息しているのは、火属性のモンスターが多いはず。
なら……
「『ウォーター!』」
両手を握るようにして組んで、人差し指を蠍のほうに向ける。
すると、指先からピューっと水が噴出して……
「なんで水芸のまんまなんだよっ! もっと勢いよく飛び出せよっ」
《シャアァァァッ》
「あんなんでも一応ダメージがあるのか……」
ちょろちょろと蠍の体を濡らした水だが、見た目に反してダメージは立派なものだ。けど……ビジュアルとしてはちょっとなぁ。もっと迫力が欲しいんですけど。
その後何度『ウォーター』を使っても、水芸の域から脱出は出来ず、俺のイメージが完全に固定されているのだと諦めた。
まぁ形状変化でそのうち……いや、そもそもこのスタイルが形状変化の成れの果てじゃん!
「彗星殿はその……奇術師か何かでござるか?」
「立派な魔法使いです」
「はぁ……立派ななぐ――っと、危ない危ない。余所見をしていたらさすがに回避も出来ないでござるからな」
何かを言いかけた霧隠さんだったが、後ろから蠍に襲われ慌てて回避。
AGI型でもやっぱ余所見してたら攻撃が当たるのか。そういうところはゲーム依存じゃなくって、リアル依存なんだな。
レベル32前後と、俺たちより格上のモンスターが相手だが、幸い群れている事がないので二人でもなんとかなっている。
霧隠さんは火と水の属性剣を持っているといい、水と無属性の二刀流でかなりのダメージを出している。しかもAGI型なので攻撃も早い。手数が多い分、俺より総合ダメージは上なんじゃね?
「うーん、水属性の攻撃魔法が欲しいなぁ」
「その場その場で欲しいスキルを作っていては、後で後悔することになるでござるよ。先々になると小手先のスキルでは通用しなくなる恐れもあるし、IMPは節約せねば」
「う……そ、そうかも」
いつかはメテオとか作成したいし、俺が考えるメテオだと合成スキルになるからな。IMPはかなり高くなりそう。
メテオだけじゃなく、広範囲高火力スキルだっていくつか用意しておきたい。更に防御系だとか補助系だとかも必要になるだろうし……。
うおおぉぅ。IMPいくつあっても足りないぜ。
あ、そういや今日のメンテでIMPの調整が入ってたんだったよな。
どれどれ――
「彗星殿、あれをっ」
「お? あれ、なんか建物っぽい?」
ステータスを開こうとした時、前方の渓谷に建物らしきものが見えた。
近づくと、その全貌が見えてくる。
切り立った岩肌に挟まれた渓谷は広く、その入り口にこれまた岩を切り出したような建物があった。
建物は屋敷とか、そういう類のものではなく、どちらかというと砦のような?
とりあえずここが悪ダークエルフの隠れ家だとまずいので、崖に身を隠しながら更に近づく事にしよう。
「拙者が先行するでござる。隠密系スキルを持っているので、見つかる確率は下がるでござるから」
「お。さすが忍者」
ぽんっと肩を叩くと、照れたのか、視線を逸らして咳払いをする。それからパーティーへの加入要請メッセージが来たので承諾した。
この人、目元意外ほとんど隠れてるから、いまいち表情とか分からないんだよな。そういうところも忍者っぽい。
そしてこれまた忍者かよというように、印を組むような仕草をしてすぅっと……え? 薄くなった?
「このスキルはパーティーメンバー以外の者からは姿が見えなくスキルでござる。索敵系の高いスキルを持っている者には、一定確率で発見されてしまうでござるが」
「なるほど。それで体が薄くなって見えてるのか」
半透明という訳では無い。どちらかというと、単純に色調が薄くなっただけだ。なんていうか、燃え尽きたぜ! みたいな。
いや、燃え尽きられては困るんだが。
砦を注視しながら霧隠さんが音も無く動く。
すすすぅーっと移動しては警戒。再びすすすぅーっと移動しては警戒。
同じようにペットのワン子もすすすぅーっとついて行く。忍者犬か。
やがてこちらを見ながら手招きして、来いという合図をしてきた。
よし、俺も……すすすぅーっと……。
だがしかし、ザザザァーっと砂を蹴る音が。
ふひぃーっ、見つかってないか?
「大丈夫でござる。まったく敵の気配はしないでござるから」
「け、気配?」
冷や汗をかきながら霧隠さんの下までやってくると、彼は再び印を組んで何かのスキルを発動させていた。
「拙者、索敵スキルも持っているでござるよ。ひとまず拙者から半径五十メートルの範囲にはアクティブモンスターの気配は無いでござる」
「五十……結構広いんだな」
ここから半径五十といえば、砦の入り口はしっかり範囲内だ。オークやホブゴブリンが居れば当然、奴等はアクティブモンスターになるので反応があるそうだ。
だがしかし、ここからが問題だ。
なんせ砦まで、隠れる場所が何も無い!
もし見張りとかいたら見つかってしまうかも。
どうしたものかと考えている矢先に、砦へと向う人影を見た。
ダークエルフではない。だが人間でもないし、子供でもない。
尻尾がある。
獣人か?
「あれは……プレイヤーでござるな」
「え? プレイヤー?」
頷いた霧隠さんが、人影を指差して「アバター衣装を着ているから」と呟いた。
よくみると確かにアバター衣装だ。
ギラギラと照りつける日差しの下では目が痛くなりそうな、ピンクのミニスカートを着た女の人だ。
砦の入り口でキョロキョロした後、突然手に持った杖を掲げる。
女の人の声が聞こえた後、ビカーッと光って豚の悲鳴が聞こえた。
なんだなんだ、どういう事だ?
「もしかすると、冒険者ギルドから子供の捜索クエストが発注されていたりするでござるかな?」
「あ、ああ。その可能性はあるかもな」
しかし、俺たちは大賢者を追って、ヒントを得てここまで来たってのに。クエストのほうが実は的確に敵の位置を教えてくれたりしたんだろうか。
それにしてもあのピンク……見覚えがある。
やがて女の人は慌てて逃げるように砦から離れると、入り口から数匹のオークが飛び出してきた。
マズい。助けるか?
と思ったら、途中でオークが引き返していく。
それを見た彼女が踵を返してオークを追いかける。
「あぁ、一定距離離れるとヘイトが切れるのか。安全圏まで逃げて引き返し、一発ぶちかましてまた逃げるか」
「砦に近づく者にだけ反応するのでござるな。やはりあの砦で正解か」
なら近づくだけなら問題なさそうだ。
俺たちも出て行き、魔法をぶっぱしているピンクの子へと近づく。
「『マジックパワー・ストレングス』それからぁ、『セイントフラァーッシュ!』」
セイント? じゃあ聖属性か。確かにオークは聖属性に弱かったから、相性は抜群だ――なっ!?
「コ、ココネ、さん」
猫耳尻尾のピンク魔法少女……。見覚えがあるはずだ。
「え? あれ、マジックさん? マジックさんもここでレベル上げですか?」
「え? レベル上げ?」
杖――魔法のステッキを両手で抱え、ニコっと笑う彼女。
レベル上げってまさか……クエストとは無関係!?
「ここの豚さん、神聖魔法に弱いんです。それに建物から少し離れると追いかけてこないし、結構安全なんですよ」
そう言って砦から離れるように走り出す。
「マジックさ〜ん。そこに居たら危ないですよぉ〜」
「え? あぶな――」
「彗星殿っ、来たでござるよ!」
ドスドスという音と共に、奥から三匹のオークが出てきた。
「やるか?」
「でござるな」
三匹なら余裕だろう。
まずは自分に『カッチカチ』を掛ける。
《わふわふっ》
「ありがとう、ハヤテ」
「ハヤテ? ワン子の名前か。それにしても、やっぱ犬だと結構大きいな」
「進化して、成長期になったでござるからな」
「へぇ。成長――まーじーでーぇ!」
霧隠さんの周りを跳ねながらハヤテが尻尾を振ると、キラキラと光の粒が出て来て霧隠さんへと吸い込まれて行く。
まさかあれ、バフか!?
う、羨ましい!
「ぷぅ、お前もはよバフれ!」
《ぷ》
「あっさり即答するなぁぁっ」
無理なのはわかってるが、そこは頑張るわとか言えないのかよ!
三匹のオークをあっさり撃退し終えると、逃げていたココネさんも戻ってきた。
「わぁ、ココネは一匹ずつ倒すのがやっとだったのに、二人は強いんですねぇ」
「まぁ霧隠さんが抱えてくれてるからね。たぶん五匹ぐらいいけるんじゃね?」
「一人で五匹は辛いでござるな。他に殲滅してくれる仲間が居ればこそでござるよ」
三匹を倒したはいいが、次が出てくる……気配は無い。
警備が手薄なんだろうか。
「じゃ、入るか」
「うむ。索敵範囲内に数匹分の反応があるでござる。幸運なことに、この建物内は外と同一エリアでござるな。普通のダンジョンのようにエリアが異なっていたら、索敵しても分からないでござるからな」
「具体的な場所って、分かるの?」
「こういう通路系だと分かりやすいでござるよ」
そう言って前方の通路を指差す。
「と言っても、ここからだと道は一つしか見えないので微妙でござるが。枝分かれしているような通路であれば、どっちに何匹という具合には分かるでござる」
ただし、どのくらいの距離に――までは分からないらしい。
そしてここから見える通路は一つだけ。なので数匹居るという敵は全部この奥ってことだ。
うん、分かりやすい。
「あのぉ、二人は中に入るんですか?」
おっと、ココネさんの事を忘れていた。
「うん。俺たちは中に用事があってね」
念のため、再度自分に『カッチカチ』を掛けておく。
「じゃあ、ココネも一緒に行ってもいいですか?」
「え……」
どうしよう。
この若干の不安は……。