144:マジ、探偵になる。
「『テレポート』」
サクっとやってきましたダークエルフの集落へ。そしてここも慌しかった。
ええっと、まずは大賢者を探すか。
肌が黒くなくって耳も長くない、そしてしわくちゃな人物を探す。該当する人物は大賢者しか居ないからな。
あちこち歩き回って探してみたが、それらしい人影はどこにも見当たらない。来てないのか、すれ違いだったのか。
ブリュンヒルデに聞いてみよう。
が、生憎彼女も留守だった。
ブリュンヒルデの家を覗いていた黒尽くめのダークエルフに尋ねてみよう。
「あのぉ、ブリュンヒルデさんがどこに行ったか、知りませんか?」
声を掛けると黒尽くめのダークエルフがギョっとしたようにこちらを向き、そして慌てて駆け寄ってきた。
「彗星殿っ。やっとログインしてきたでござるか!」
「ござる? ……あぁ、昨日のござる忍者!!」
黒く長い髪を後ろで結んだ、ござる忍者かよ。そうか、この人もトリトンさんなり誰かなりにここへ行けと脅迫されて来たんだな。
「ござる……拙者、名は霧隠でござる」
「あ、そうそう。霧隠さんだったな。で、あんたも濡れ衣着せられて?」
「でござる。昨夜のパーティー解散後暫くして、突然NPCに人攫いと叫ばれて……」
あ、そうなんだ。俺はすぐに落ちたから全然知らなかった。
「拙者も意味が分からず、ちょっと怖かったのもあったし、接続時間の事もあったので落ちたでござるよ。そして今朝ログインしたら……」
「村の子供を誘拐した犯人にされた――と」
霧隠さんが頷く。
「とにかく良いタイミングで来たでござるよ。ささ、こっちへ」
「え? こっち? どっち?」
手を引かれ森へと連れてかれる。その手の感触に、なんとなく違和感を覚えながら……。
「村人に囲まれ、自警団に突き出すだなんだの言われ、慌てて逃げたでござるよ」
「ござる忍者なら、結構余裕で逃げれたんじゃ?」
「……霧隠でござるっ。ま、まぁ余裕でござったが」
森の小道をずんずん北へと進んで行く間、霧隠さんの方の経緯を聞いた。
村を飛び出したのはいいが、このまま放置していてはゲームの進行に支障をきたすんじゃなかろうかと考え、とにかく誘拐された子供を捜すことにした、と。
その手がかりを探してダークエルフの集落に――
「いや、村を飛び出した後、大賢者の姿を見つけて……正確にはベヒモスでござるが。子供たちの行方を捜しているのだろうと思い、後を追ったでござるよ」
「あのじいさま、またそんなもの出してたのか」
「うむ。背中に乗っていたでござる。しかし移動速度が速すぎてすぐに見失ったでござる……」
そのベヒモスが向った方角にひたすら走っていたら森に到着し、そのまま進むと集落に到着した――と。
「大賢者は居たのか?」
「いや……」
首を横に振り、集落に到着した途端、更にベヒモスが北上するのを見たらしい。
なんかやらせな感じのする演出だなぁ。
「じゃあブリュンヒルデには会えたのか?」
「あの家の家主でござるか? そちらも残念ながら会えなかったでござるよ。大賢者が面会していた人物だというし、居場所を知っているのではと思ったのでござるが」
大賢者と一緒だったのかもしれない。
この誘拐事件にダークエルフが絡んでいるのは間違いないだろう。昨日見た連中だ。
ダークエルフの族長的な立場のブリュンヒルデとしては、黙って見過ごすわけにもいかないだろうし。
しかしこのルート……。
集落を出て真っ直ぐ北上する道には馴染みがあった。合成剤の材料集めの為に通った、コスライム天国だ。あの当時は地獄だったけどな。ふふ。
霧隠さんと共にコスライム天国へと到着すると、そこには見覚えのないダークエルフの姿があった。
「霧隠さん、気をつけて! 俺、ここには何度も通ってるが、いままでここでNPCを見た事なんて一度もなかった」
「え? ではあのダークエルフのNPCは……」
見るからにNPCと分かる服装をしている。
スカートにチュニックという……あれ? 集落で見かけるダークエルフの女の人っぽい服だな。ちょっとまだダサさから抜けきれないような、そんな田舎の娘風な。
その女ダークエルフがこちらに気づき、にこやかに会釈する。
ただし、その手に握った短剣で、コスライムを串刺しにしているのはなんとも恐ろしい。
【お見かけしない方ですね。西の故郷から新しく渡って来られた方ですか?】
おぉう。声優無しのテキストNPCか。
「俺はしょっちゅう集落で合成剤作って貰ってるんだけど、見た事ないか? 俺もあんたの事、記憶にないから集落に住むダークエルフかどうか、確かめようもないんだが」
田舎娘を装った、敵のダークエルフ……なんて事もありえるからな。
俺の言葉を聞いたダークエルフが固まり、シンキングタイムへと突入した。だが次の反応は案外早かった。
【あぁ、ブリュンヒルデ様のところにやってくる、冒険者の彗星マジック様でしたね。集落の救世主でもある】
「え、きゅ、救世主?」
【はい。貴方様のお陰で、私たちの集落は少しずつ潤ってきております。そんな貴方様を救世主とお呼びするのは、当然でございますわ】
にっこり微笑む女ダークエルフ。
が、その手は常にコスライムを攻撃するべく動いている。
美人に微笑まれて救世主だのと呼ばれるのは気持ちのいいものだが、この光景はちょっとシュール過ぎる。
「彗星殿、彼女は集落に住む普通のダークエルフと見てよいか?」
「ん、いいと思う」
怖いけど、無害だろう。コスライムにとっては有害そうだが。
霧隠さんがそれでも警戒をしつつ近づき、NPCに大賢者を見なかったかと尋ねる。そうしてようやくNPCはコスライムを殺戮する手を止め、見たと返答した。彼女が手を止めた後、何故か群がってたコスライムたちも離れていく。このコスライムも演出用なのか!?
【大賢者とは、開拓の為に最近移住してきたベヒモスに騎乗している方ですか?】
「そ、そう。その大賢者……」
ベヒモス推しですか?
【その方でしたらブリュンヒルデ様とご一緒に、先日ここを通った見慣れないダークエルフを追ってあちらに向われましたわ】
そう言って彼女は向って左手を指差す。西か。
「見慣れないダークエルフ? もしや人間の子供を連れていなかったでござるか?」
【はい。五人ほどいましたが、皆すやすや眠っていましたわ】
眠っていたんじゃなく、眠らされていたんだろう。だってダークエルフだし、睡眠魔法とか使いそうじゃん。
俺使えないけど。
【ここから北東に進んでも荒野しかありませんのに……子供連れでの旅はお辛いでしょうねぇ】
「荒野か。ダークエルフらしいといえばらしいけ……え? 北東?」
【はい。北東でございますよ】
「いや、さっき西のほうを指差したじゃないか」
【え……】
きょとんとした顔になるが、どうもシンキングタイムではないようだ。
きょろきょろして、俺たちと同じように北側を向き、右手と左手を交互に見ている。
そして――
【あら大変。彼らを見たとき北を向いていたから、その時は右手側に進んでいたし、ブリュンヒルデ様たちにもそのまま右側を指差して教えてしまいましたわ……南側を向いて……】
「おぅ……真逆ですね」
北を向いた状態だと右は東。左が西になる。
だが南を向いた状態では右は西で、左が東と、真逆になるのは常識だろ。
このNPC……ポンコツか!
「彗星殿、大賢者たちを追うでござるか?」
「うーん……いや、もしかすると――」
わざと大賢者やブリュンヒルデを逆に進ませ、プレイヤーを先にダークエルフと遭遇させる。
そういうシナリオなのかもしれない。だってこれ、クエストだしな。
それにベヒモスに追いつけるわけない。
なら――
「荒野に行こう!」