128:マジ、殴られる。
怪光線が放たれた瞬間――
俺とバルーンボとの間の僅かな距離に、壁が突如現れた。
その壁は俺の背丈より高く、両手を広げたのと同じぐらいの幅がある。そして何故か、壁の四隅には棒状の足が……。
はい。
立派な座卓ですね。大家族でも安心して使えるぐらい大きな、土で出来た立派な座卓です!
地面に両手を突っ込んだノームは、その地面を捲り上げるようにしてこの座卓壁を作ったのだ。
いやぁ、笑えないコントを思い出したときには一時、もうダメかと思ったけど。案外使えるもんだな、ちゃぶ台返し。
座卓壁の横では、大きな盾を全面に構えて縮こまっている筋肉あんまん氏の姿が見える。そしていつの間にやら俺の後ろに隠れているきざくらさん。短剣使いだって事だったけど、隠密系スキルを持ってそうだ。
あと一人、ココネさん。
「えぇぇ〜。間に合わなかったぁ〜」
という切ない叫びが後ろから聞こえてくる。
見ると、紫色の怪光線をしっかりガッツリ浴びている彼女の姿が……
おいーっ。ヒーラーが状態異常食らって、どうすんだよぉ!
「マジックさん、リカバリー系は?」
「俺、支援職じゃないから……」
「で、ですよねぇ」
筋肉あんまん氏とお互い顔を見合わせて笑うしか無い。
あの強烈な聖属性魔法……INTの高い俺はともかく、筋肉あんまん氏ときざくらさんはヤバいんじゃね?
「まぁココネさんは放置しよう。回復ならポーションがあるし、マジックさんのヒールレベルがかなり高そうだから回復量も十分だし」
「いや、でも魔法攻撃はヤバくね?」
「……ない」
「へ?」
後ろからぼそりと呟くきざくらさん。ちらりと振り向くと、再び「ない」とだけ答える。
もう少し分かりやすく説明してください。
「裏切りビームにやられてパーティーメンバーを攻撃するようになっても、その攻撃パターンは通常攻撃一択なんですわ。だからSTRの無い魔法職の攻撃は対して痛くないっていうオチなんですわ」
「通常攻撃……物理限定か。となると、前衛とか弓使いがビーム食らうと――」
「地獄、絵図」
そう言ってきざくらさんは座卓から飛び出していく。
再びバルーンボの背後に向うのか――と思った瞬間、俺の後頭部に激痛が走る。
「痛っ」
《ぶっ!》
「いやぁ〜ん、痛い痛い痛い」
《ぶぶっ! ぶぶぶぶぶぶ!》
「私のせいじゃないんですぅ〜」
どうやらココネさんが魔女っ子ステッキで俺の頭を殴ったらしい。その巻き添えを食らったぷぅが反撃とばかり、彼女の頭を突いている。
だがしかし、ダメージはゼロだ。
「裏切り状態でも意識はハッキリしてるのか」
「そうなんですわぁ。なんか衝撃与えると正気に戻るって話なんだけど、相手の意識がハッキリしていると殴りにくくって……」
意識が無いなら思いっきり殴れるってか。
まぁ確かに、殴れば正気に戻ると言われても相手が拒否したらやり難いよな。
拒否しなくてもなんか……やっぱり殴りにくい。しかも相手は女の子だし。
これはまさに、パーティーの友情破壊作戦!?
「痛い痛い」
「ごめんなさぁ〜い」
「マジックさん、そのままココネちゃんに殴られてて」
「任せ、た」
「ま、任された」
《ぶっぶっ》
ココネさんは相変らず俺をステッキでポクポク殴りつけてくる。どうやらヘイトとか完全無視で、一番近くにいるメンバーを攻撃するみたいだな。
CTの明けたカッチカチは筋肉あんまん氏優先だ。
確かに杖による物理攻撃は脅威ではない。
ないが、こちとらか弱い魔法使いだ。防御力も低いし、殴られっぱなしな訳にもいかない。
時折ヒールで自己回復し、合間にバルーンボへの攻撃も挟んだ。
くそっ。デバフ祭で楽しく倒そうと思っていたのに、まさかのデバフ反撃で苦しめられるとは!
「マジックさ〜ん」
ステッキを振り上げ突進してくるココネさんを見て、思わず取った俺の行動――
「『リターンオブ・テレポート!』」
バルーンボの背後、きざくらさんの横へとテレポして逃げた。
獲物が突然消えてあたふたするココネさん――というか、アバター? 俺を見つけると、慌ててこっちに向って走ってきた。
「うえぇ〜ん。マジックさん、逃げてぇ〜」
と申しておりますが、体のほうはステッキ振り回し、こっちに向ってきてますやん。
なんか体と意思とが完全に別の生き物と化してるな。
目をぎゅっと閉じてココネさんが走ってくる――が、バルーンボを迂回している間にこけた。
「いったぁ〜い」
ムクっと起き上がったココネさんは、痛めたところを押さえ、ヒールを唱えている。
いや、こけたダメージとか無いはずだから。
ん?
ヒール、してる?
「コ、ココネさん!? 正気に戻ってるっ」
「え? ……あっ。動く。動きます!」
《のののーむ!》
次の瞬間、目の前に座卓壁が現れ、視界からココネさんが消えた。同時に紫色の怪光線が放たれる。
「うえぇ〜ん。せっかく戻れたのにぃ」
心底困ったような表情のまま、ステッキを振り回しこちらに向って駆けて来るココネさん。
あぁ……振り出しに戻った。
もういいや。このまま殴られてよう。
そう覚悟を決めたのだが――
《の!》
《ぶぶ!》
ノームとぷぅが仁王立ちし、俺を守ろうとして立ち塞がる。
いや、お前らの気持ちは有り難いが、そのサイズじゃ踏まれるのがオチ――と思いきや!
《のーっむ!》
駆け寄るココネさんの足目掛け、ノームの拳が炸裂する。
「いたぁい」
よろめいたところへ、今度はぷぅが背後から膝裏目掛け頭突きを食らわす。所謂膝カックンだ。
「ふわぁっ」
カックンされたココネさんがこける。
「い、痛い……あっ! 動ける、動けますよ!!」
「ココネさん、カモーン!」
もう彼女は俺の後ろにピッタリ付けさせておこう。
怪光線が来てもノームが自動で座卓壁を出してくれる。壁に逃げ込む動作も省けるし、何より俺が安全だ。
その方がいい。
「ココネさん。俺の後ろに隠れるんだ」
急いでそう告げると、彼女はぼぉっとした顔でこちらを見つめたあとようやく、
「は、はい!」
と叫んで俺の後ろへと周りこんだ。
そして何故か背中にピトっとくっついてくる。
何か違う……
その後、当然のようにぷぅの突き攻撃を食らう彼女。
「ココネさん、とりあえず俺の背後に居ればノームの座卓壁で怪光線防げるから」
「は、はいっ。今までの分、しっかり頑張ります!」
元気欲返事をしたのはいいが――
「『セイントフラーッシュ!』『十字架クロスゥ』『オーロラクローッス!』『ライト!!』」
何故攻撃に専念する!?
それ、俺の役目だからっ。
「マジさん、絆創膏プリーズ」
「……ヒール」
だから俺はヒーラーじゃねぇぇぇっ!