112:マジ、たぶんきっと悪気は無い。
《ゆ、許さないブヒ。許さないブヒよおぉぉぉっ》
怒り狂ったバルーンボが再び体を膨張させ、高速回転しはじめた。
いや、お前をボロボロにさせたのは俺たちじゃなく、シュミットだからっ。怒りの矛先間違ってるからな!
が、既にバルーンボは回転しながら転がっている。
マズいマズい。こっち来るっ。
慌てて踵を返して逃げようとした時――
《ぷっ》
とぷぅが鳴いて巣から落ちてしまった。
《ぷぷぷぷぷぷぷ!》
振り向いたときにはバルーンボボールがぷぅの目前に。
マズい。このままでは殺される!
ぷぅを見捨てた俺がピチョン一族の手によって、殺されてしまう!
無数の鳥に啄ばまれて死ぬなんて――
「嫌だああぁぁぁぁっ!!」
目前に迫ったバルーンボボールの前に立ちはだかり、両手を広げ構えた。
止める。
奴を止めてみせるっ。
《ぶひひひひひひ。潰れるブヒィ》
「止めるぅぅぅぅぅ。ふんぬおおぉぉぉぉぉぉぉっ」
直径二メートルを超えるボールをガシっと掴み、力の限り押し返す。
「ぬおおおおぉぉぉぉぉぉぉぁあぁああだだだだだだだだ」
《ブヒヒィ》
痛いっ。痛いですってば!
ギュルギュルと音を立てて俺の懐で回転するバルーンボボール。
これ、多段ヒット攻撃かよ!
「マ、マジック君!」
「す、凄い。マジックさん、あの攻撃を受け止めてる!?」
「彗星マジック君は怪力技能の持ち主か……さすが格闘家」
「す、すげーっ。マジック氏光ってるぜ!」
ひ、光ってる?
なんの事だと思ってら、仲間達の視線が俺のお尻――いや、尾羽に注がれている。
って、おおおおおぉぉっ。確かに光ってる!
ビンっと立った派手な尾羽がチカチカ光りまくっている!
一瞬その光りが止まると、またチカチカ光り出す。
奴の回転攻撃がギュルギュルと痛い。が、気になる。
《うおおおぉぉぉぉぉぉ、真っ暗ブヒィィ》
暗黒だな。視界真っ暗だろう。
また光りが一瞬止まる。
《ブヒッ》
一瞬悲鳴を上げただけで特に変化は――いや、赤いダメージエフェクトが定期的に出てるな。
毒による持続性ダメージか。
とか余裕こいて解説している場合じゃない!
なんとかこいつの軌道を変えて、早く多段ヒット地獄から抜け出さなきゃっ。
俺のHPがじわじわどころが、ゴリゴリ削れていく。
《ブヒヒヒ。ブヒ、ブヒッヒッヒ》
今度は爆笑かよ!
笑うか回転するか、どっちかにしろよ!
くそうっ。
《ブ、ブヒ、ブヒッヒィ、あとひとい――……》
ん?
なんか途中でセリフが消えたな。沈黙か。
だが回転は止まらない。
いや、力の限り必死に押し返しているおかげか、回転速度そのものは落ちてるし、多段攻撃の当たるスピードも緩くなっている。
な、なんとか頑張れ、俺っ。
《ぷ! ぷぷぷぷぷぅぅ》
「あ? あたちの為に無茶はしないでダーリン? 五月蝿ぇ! 俺の為なんだよっ。あ――」
叫んだせいで力が抜けてしまった。
うおおおぉぉぉぉ、ゴリゴリ痛いっ。
残りHP二桁じゃんっ。
あ、回復した。じっと動かずに押し返しているから、自然回復が発動したんだな。
って、チュンの癒し効果があってもまだ間に合いませんからぁぁぁっ。
もうダメぽぉ〜。
視界が真っ赤に点滅し、次の瞬間には灰色の世界に――
死んだら視界が灰色に――
なる、はずなんだけどな。
よく見ると、HPが増えたり減ったりを繰り返していた。
「『ヒール!』」
「『ヒール!』」
「私なんかのヒールでは役に立たないだろうが……マジック君っ、生きろ『ヒール』」
ルーンとノーリス、そして護衛クエの時に教わった神聖魔法を必死に唱えているセシリアによって、地味に回復していた。
と同時に、
「ぎやあああぁぁぁぁぁっ」
という、身も毛のよだつ悲鳴が聞こえてきた。
悲鳴の主はシュミットだ。
何故か頭を抱えて蹲っている。
「バルーンボに禿げのデバフアイコン付きましたね」
「それとあいつが頭抱えてるのと、どう関係があるんだ?」
そうか、バルーンボ、禿げたのか。
でも今は回転しているから分からねぇ!
誰かこいつを止めてくれっ。
《ぷっぷぷぅぅぅぅ》
「あたちが助ける〜? や、止めろぉっ。俺を殺す気かあぁぁぁっ」
チョコチョコと駆け寄ってくるぷぅを見て戦慄を覚えた俺は、火事場の馬鹿力とでも言うのか――
回転するバルーンボの腰布をがしっと鷲掴み、回転力を利用して奴を放り投げた。
「どっせぇぇぇぇぇぇい!」
《☆¨!○×△★#&◇!?》
沈黙状態の終わらないバルーンボは、声にならない声でもって叫んでいた。
「ふぅ、ふぅ。どうだ。まいったか」
《ぷっぷぷぷぅ》
ステキ!
とか言っているぷぅを無視し、倒れたバルーンボに近づく。
自らの回転攻撃によってなのか、俺のデバフによってなのか、よく分からないが気絶しているようだ。
奴の情報ステータスバーにはこれでもかってぐらいのデバフアイコンが並んでいる。
多段ヒットだったのが運の尽きだったな。
ふ。ざまーみろ。
でも掌がすこぶる痛いです。
その倒れているバルーンボの頭部は見事に禿げ上がっている。
顔面が火傷に覆われ、鼻水まじりの鼻血を垂れ流し、口からはだらしなく涎が零れていた。
「くっ。よくも……よくもボクの美しい髪ををををををっ」
突然シュミットが吠え出す。
髪をどうしたんだ?
「いやいや、あんたの髪は無事だから」
「よくもおおぉぉぉぉぉぉっ顔に傷を付けてくれたなあぁぁぁ」
「いや、無傷ですけど?」
「もしかして、バルーンボに取り憑かせていた分、精神的な部分で繋がってたりとか?」
「ボクの髪ぃいいぃぃぃぃぃっ。顔おおぉぉぉぉっ」
ダメだ。完全に目が逝ってやがる。
髪の毛はちゃんとあるし、顔の傷はおろか鼻血だって出ていないのに、聞いちゃいねえ。
「髪の恨みいぃ! 『グランドエッジ・ブリリアントヘルファイアァァァ!』顔の恨みぃ『クールダンシングゥゥ!』全ての怒りを『ライトニング・ロォォォズ!』」
奴の魔法の全てが俺に向って飛んでくる。
《――――ブギャアアァァァァァ》
あ、沈黙効果が切れたな。
薔薇の花びらをかたどった炎が突き刺さり(バルーンボに)、
巨大なツララが降り注ぎ(バルーンボに)、
迸る稲妻が巨大な薔薇となって捕らえる(バルーンボを)。
「ああぁぁぁぁっ、しまったあぁぁ!!」
だから、フレンドリーファイアは未実装なんだってば。
シュミットの連続大魔法が止めとなり、太っちょ海賊バルーンボは光りの粒子となって消えた。
残ったのは片手で頭頂部を押さえているシュミット唯一人。
「さぁ、海賊王よ! 残る敵はあの男のみ! お前の親友を殺した、奴だけだ!」
《バ、バルーンボよ……》
セシリアさん。何か違わなくね?
そう思いつつ、誰も口にだしてツッコミを入れようとしない。
《うおおおぉぉぉぉっ。バルーンボの仇じゃあぁぁっ》
ま、まぁ、結果としてはそうなるのか。うん。
散々俺らでダメージを入れまくったけど、最後はシュミットが止めを刺した事に間違いは無い。
ジャックの怒りの矛先がこっちじゃなくてよかったぜって事にしておこう。
向こうの方でシュミットが必死にジャックとタイマンしているが――
あ、踏んずけられた。
グーパンチ、もろに食らったな。
あとなんか毒息みたいなの吐きかけられて悶絶しているぞ。
ズタボロにされていくシュミットの姿を見つつ、俺たちは勝負の行方をじっと見守った。
まぁ、ジャックが勝つのは目に見えていたんだけどな。
やがてシュミットが倒れ、すぅっと屍が消えていくのを見留めると、ジャックの勝利を称えた。
「やったなジャック!」
「さすがボスですね。もう一方的な戦いでしたよ」
「ボスなんて、レベル差が相当なければソロなんてしねーよな」
「海賊王よ。友の仇を取れてよかったな」
《うおおぉぉぉい。皆、ありがとうよぉぉおおぉいおいおい》
いい年したおっさん幽霊が泣くなよ。
あ、腕に怪我してるな。
「ほら、もう泣くなって。絆創膏『ヒール』」
「あっ、マジックさんっ」
「ん?」
ジャック用に作り上げた、五十センチはあろうかという絆創膏を腕にぺたりと貼り付けた瞬間――
《ひぎゃあぁあぁぁぁっ》
ジャックが悲鳴を上げて逃げていった。
しまった……アンデッドにヒールは、攻撃にしかならないんだった。