105:マジ、お年頃である。
ロックンピーコックの巣の後ろには、人が並んで二人ほどが通れる洞窟があった。
入るとすぐ、それは階段へと変わる。
階段は下へと続いているようだ。中は暗くてよく見えない。
「『ライト』」
ルーンが魔法で辺りを照らす。
だがその魔法、攻撃用だったよな?
「マジックさんがほら、海岸でやってたじゃないですか。それで知ったんです。この魔法、灯かり用にもなるって」
「あぁ、そういえば……」
ワカメを探すために使ってたな。
じゃあ――
「『ライト』」
形状変化でもって、まさに懐中電灯の形になったライトで周囲を照らす。
そのライトをじっと見つめるノーリス。
「なんでライトの形が変形しているんですか?」
「あぁ、俺もそれ思った。マジック氏だから何か仕掛けがあるんだろうなと思ってたけど、ファイアといい、魔法の形が変わるって話、聞いた事ないんだけどなんでだ?」
俺はマジシャンかよ。
いや、魔法使いをマジシャンと呼ぶゲームもあるし、間違ってはいないか。
ここで魔法操作技能の事を説明する。
するとフラッシュが
「大道芸人技能か」
と言った。
違う違う。そうじゃない。
「厨ニ病には堪らない技能かもしれませんね」
とノーリスが目を輝かせて言う。
いやいや、待て。それじゃあ俺が厨ニ病を患っているようじゃないか。
俺は単純に魔法エフェクトをかっこよく見せたいだけなんだよ!
学校の校舎一階分ぐらいの階段を降りると、階下が明るくなってきた。
同じぐらいの段数を下りると、遂に階段は終了し、横穴へと続く。壁にはランタンが掛けてあるが、誰が掛けたのかなんてヤボな事は考えないでおこう。
階段と違ってこっちは横五メートルほど、高さは三メートルほどあって広く感じる。
が、広くなれば当然――
「第一村人発見!!」
「いやマジック君。あれはモンスターだぞ」
真面目に反論するセシリア。ギャグの通じない奴め。
出てきたのは……あれ、こいつサハギンじゃん?
見た目は完全に護衛クエで見たサハギンと同じ。特に胴がある訳でもなく、手足が魚から直接生えているような、そんな外見だ。
ただサイズは絶対的に違う。こっちは小柄なセシリアより、更に小さい。それと、鱗の色がやたらと派手だ。言うなれば、護衛クエで見たのは川魚で、こっちは熱帯魚――みたいな?
「『カラフルフィッシュマン』レベル27ですね」
「ふっ。魚相手なら俺の毬栗サンダーが吠えるぜ!」
《ギュギュムギョギョ》
《ウミャ! ウミャッ!》
初弾はインディーさんに任せ、ヘイトを取って貰ってから毬栗サンダーでぼこる。
レベル差はあれど、属性相性がいいからダメージがよく通るな。
俺の攻撃後、フラッシュの矢が飛んでくると魚男は光の藻屑となった。
「何もする事が無かった……」
「僕もです」
と肩を落とすセシリアとノーリスの二人。
「大丈夫ですよ。直ぐに追加が来ますから。ほら」
と通路の奥を指差し、巨大十字架を構えるルーン。その姿がめっちゃ怖いです。
次に現れたのも魚男だが、今度は三匹セット。
なので――
「『雷神の鉄槌・トールハンマー!』」
《ウミャウミャッ》
空は無い。洞窟の中だからな。
だがゲームにそんな常識は通用しない!!
天井から雷が落ちてきて俺の右手に集束されるとそれは巨大ハンマーとなり、前衛のセシリア、ルーン、インディーさんを巻き込んで打ち下ろされる。
もちろん、ダメージはモンスターにしかいかないけどな。
「おわっ。な、何だ今のは!?」
「インディー殿、マジック君のたんなる派手な殴り魔法だから、気にしてはいけない」
「ド派手なエフェクトですけど、ボク達はノーダメージですから大丈夫です。殴られてるのはモンスターだけですから」
「そ、そうだな。フレンドリーファイアは未実装なのだから、驚く必要はないか」
「すんません……どうにも俺のプレイスタイルがコレなもんで、ご迷惑お掛けします」
やっぱり最初は驚かれるよな。ルーンやフラッシュは海岸で一度共闘してたし、セシリアとは何度もパーティー組んでたし今更驚かれることは無いが。
次に知らない人とパーティーを組むときは先に説明しておかないとな。
それにしても、殴り魔法って何だよ。
俺は殴ってねえって。純粋に魔法をぶっぱしているだけなのに。
トールハンマーで同時にダメージを食らった三匹は、一匹はフラッシュが矢で、一匹はノーリスが魔法で、残り一匹はルーンとセシリアがぼこって終了。
奥へと進むと、カラフルフィッシュマンが出るわ出るわ。
更に巻貝のようなモンスターに、イソギンチャクモンスター、蟹のモンスターと、海岸線に居たのと同系統が登場。もちろん色違いだ。
「どこのオンラインゲームでも、同じモンスターの使いまわしって多いよな」
「そうですね。色が違うとか、細部にちょっと手を加えただけとか」
「そんなもんなんですか?」
ルーンとフラッシュの、身も蓋もない会話にノーリスが加わる。
もしかして――
「君はオンラインゲーム初心者か!?」
「え、あ……はい」
目を輝かせたのはセシリアだ。同じ初心者仲間が居ると分かって嬉しいのだろう。だって手を出して握手を求めているし。
苦笑いを浮かべながら、何故か法衣で手を拭いてセシリアと握手を交わすノーリス。その顔は真っ赤だ。
初心だな。彼女は平気で人を突き飛ばす、凶暴な女だぞ。まぁ見た目は美少女ハーフエルフだが。
《ウミャ》
「どうしたウミャー」
《ウミャウミャ、ウミャミャミャ》
「そうなの?」
《ウミャ!》
どうやらセシリアも、ウミャーの言葉を理解するようになったようだな。
とりあえず通訳プリーズ。
「んっとだな。この先から潮の香りがすると言っている。きっと美味しそうな魚が泳いでいるに違いないと」
「やっぱり海と繋がっているんですかね?」
「そうだな。出てくるモンスターが全部水棲モンスターだしな。あ、マジック氏の事じゃないからな」
一人ボケツッコミご苦労だな。
しかしウミャーの奴、さっきから半魚人が出るたびにウミャウミャ言ってたのは、まさか食いたくて鳴いてたのか!?
確かに光の藻屑になる半魚人を、切なそうに見送っていたけどさぁ。
どんだけ食い意地張ってんだよ。
そんな食いしん坊ウミャーの言う通り、少し進んだ先で通路が開け、そこには地底湖が広がっていた。
確かに潮の香りがする。ってことはこの地底湖、海と繋がっているってことか?
じゃあ……ダンジョンはここでお終い!?
「横穴があるようだぞ。あそこだ」
インディーさんが指差す方角、ここから右前方に横穴が続いていた。見える範囲だと、その横穴は水に浸かってはいなさそうだ。
が、そこまでは水に浸かっているわけで……。
「水深、浅いようですよ」
「うむ。壁際なら歩けそうだぞ」
ルーンとセシリアが湖面を覗き込みそう言っている。だがセシリアの足元では、ウミャーがぷるぷる震えていた。猫だから、水は苦手か。
「よぉし。では彗星マジック君! こんな時こそのアレだ」
「あれ?」
彫りの深い顔でニカっと笑顔で頷くインディーさん。
あれって何ですか?
そう思った瞬間、彼の装備が消えた!?
い、いや……
「漢ならふんどし!!」
「いや分かりません! その理屈が俺には理解できません!!」
嬉しそうにざぶざぶと地底湖に入っていくインディーさん。
誰か説明してくれ。彼は何がいいたいのか!
「はぁ……またなんですか……」
「いやノーリス。教えてくれ。別にねばねば液を被る訳でも無いのに、なんでふんどし?」
ちょっと俺、涙目である。
「あれ、知らないんですか? 水着の類って、水域での戦闘でも水圧による鈍足効果を軽減するんですよ」
「え?」
「なんだ、マジックさん知らなかったんですか? 膝ぐらいの深さ程度でも、普通の装備だと動きに鈍足効果が付与されるんです」
「水着着てればそれが無くなるんだぜ」
「そう、なのか……」
知らなかった……。いやだが待て。
ルーンってふんどし持って無かったよな!?
と思ったら、普通に海水パンツはいてやんの! なんでふんどしじゃ無いんだよっ。
「まあ安いんですけどね、アレ。でもボクにはアレと着ける勇気が、その……」
「……あぁあぁ、俺には勇気がありますよ!! とう!」
ふんどししか持ってねえもんっ。俺も海水パンツ、欲しい!!
「さぁ、行くぞ野郎ども!!」
「ま、待ってっ」
「あ? どうしたんだよセシリア。水着持ってただろ?」
「そ、そうなのだが……」
何急にもじもじ……はっ!? ま、まさか!?
「ト――」
イレか? と尋ねる前にウミャーに噛み付かれ、セシリアに睨まれた。
ぷぅっと頬を膨らませ、顔を真っ赤にしながら来た道を走って引き返していく。
「お、おいっ。セシリア、一人じゃあ危ないぞっ」
「来ないでっ」
「いやでもっ」
「おいおい、マジック氏何怒らせたんだよ」
「まったく若い者は、女性の扱いというものを知らんな」
「じゃあインディーさんは知っているんですか?」
「いや、その……お、追いかけるぞ!」
そうして全員で追いかけると直ぐ脇の通路で、こちらに背を向け座り込んでいる彼女を発見。
レザーアーマーだった装備が、ぽんっと水着にチェンジし、もじもじと彼女が立ち上がって振り向く。
追いかけてきた俺含めた男全員がその場に硬直した。
グラマラス、とは無縁な体型をいているセシリアだが、それでも目の前で突然レザーアーマーからビキニアーマー……じゃなくって本物のビキニに変わるとドキっとするもんだ。
生お着替えだぞ?
女子のだぞ?
こんな至近距離に水着の女の子とか……小学校のプールの時間以来だぞ。
VRのデメリットって、こういうところだよな。
目のやり場に困る。
きっと皆、同じ事を思ってんだろうな。あのフラッシュでさえ視線を逸らしてるし。
そんな俺たちを見て驚くセシリア。
「な、何故いるのだ!?」
「い、いや、その……なぁ?」
「お、おう」
もじもじするセシリアと、そんなセシリアから視線を逸らす俺たち。
「さ、ささ、さぁ、行こうではないか」
一番カチコチに固まっていたのは、一番年がいってそうなインディーさんだった。