100:マジ、読書家になる。
「じゃあ十二時になったら教えてくれ」
『……何をなさるのですか?』
「見てわからないか? 本を読むんだよ」
セシリアは村人にロッククライミングを教えるのが忙しく、ルーンとフラッシュはプレイ時間調整の為にログアウト。
そして俺も同じく調整ログアウト――と思ったが、昼飯までにはまだ少し時間があった。なのでブリュンヒルデから借りた本でも読もうかと思ってロビーに滞在している。
ゲーム内で読もうと思っても、あれもしたい、これもしたいで全然読む暇が無い。
本を読むんだからな。じっと止まって本を広げて集中しなきゃならないんだ。その間、狩りも合成も何も出来ないんだぜ。時間が勿体ないだろ?
「そう思うだろ?」
『はぁ……そ、そう言われましても、その……」
なんとも端切れの悪いシンフォニアだな。
『その行為は、その……』
「ん? 何かマズいのか?」
『いえ、その……本を読む、という事が可能かどうか、ワタクシには判断致しかねますので』
「ん〜。でもインベントリから取り出せて、こうやって開く事が出来るんだぜ? システム的に不可能だっていうなら、そもそもこの場でインベントリから取り出せたりしないだろう」
実際読めてるし。
しっかしまぁ、人が殺せそうなほど分厚い本だからいろいろと不安だったけど、開いてみてちょっとホっとした。
まずページの半分が挿絵であること。
更にフォントサイズも大きく、文字はそれほど多くなさそうだって事だ。
あとページがぺらい紙じゃなく、厚紙だってのも嬉しい。
まぁ余計に人を殺せそうな質感になってるけども。
『……取り出せる』
「うんうん」
『本を開ける……』
「そうそう。お前もやってみる?」
と言って本を手渡すと、シンフォニアもおずおずとページを捲ったりする。
そして小声で、出来る――と言うと、明るい表情をして、
『そうでございますね! 出来るのですから、問題ございませんね』
「だろ?」
彼女から本を受け取り、改めて召喚の本を開いた。
中身はしっかり日本語で書かれているので、読む分には問題ない。
目次が特にあるという訳でもなく、一ページ目は『召喚魔法の技能とは』というタイトルに文章が続く。
尚、ページの上半分は挿絵。
モンスターを使役してるようなダークエルフや、全身火達磨の小人みたいなのを使役しているようなダークエルフや、骸骨を使役しているようなダークエルフの絵だ。
『そうでございますね。読むだけで経験値は入りませんし、ロビーでも読むことが出来るようになっているのでしょう。実はそちらの本を十回読破すると、召喚技能を習得出来るようになっておりますので、大丈夫なのかなぁと思ったのですが』
「ほほぉ、技能が――何っ!?」
な、なんだって。
じゃあ俺はここで――
「経験値も発生しないのに、ただ読むだけなのかよ! てっきり読書技能とかあって、そのレベル上げも兼ねて読もうと思ってたのによぉ」
『まぁ!? 彗星マジック様、先日お話したではございませんか。このロビーでは、経験値が発生するような行為は一切出来ないと』
あぁ、そうだった。
くそう。俺の『プレイ時間節約しての経験値稼ぎ』計画が泡となって消えてしまった。
まぁいい。プレイ時間の節約は出来るんだし、本でも読もう。
えっと、まずは――
『召喚魔法の技能とは』
魔物、精霊、死者。さまざまな存在を従え、意のままに操る魔法の総称である。
魔物を使役するものを『テイマー』。
精霊を使役するものを『シャーマン』。
死者を使役するものを『ネクロマンサー』という。
また『テイマー』が細分化され、『ビーストテイマー』『デビルステイマー』『スライムテイマー』などと呼ばれることもある。
では次のページでは、召喚魔法技能習得後について説明しよう。
たったこれだけで一ページ目が終了。
二ページ目も上半分が挿絵になっており、一人のダークエルフが腕を組んで悩んでいる姿が描かれている。
頭上の噴出しに『テイマー』『シャーマン』『ネクロマンサー』の文字が浮かんでいる。
文章の方に目を通すと、ここではシステム的な内容になっているようだ。
召喚魔法技能を習得すると、更に『魔物使い』技能、『精霊魔法』技能、『死霊使い』技能のどれかを選択する事になる。
どれか一つしか選択できず、他の技能を習得したいなら、選択した召喚技能のレベルが30になってから召喚技能枠が一つ解放されるらしい。
更に別のとなると、二番目に習得した技能もレベル30にしなきゃならないんだとか。
「テイマーは更にビーストだのデビルだのに技能が分かれていくから、全部の召喚系技能を習得するのって、相当時間かかるんじゃないか?」
『はい。召喚系はコンプリートが大変面倒くさい仕様になっております。召喚系を作った開発スタッフの、簡単には覚えさせてやらないぞという悪意が込められておりますので』
その開発スタッフの身に何が起こったのか。随分と病んだ状態だったんだろうな。
いや、失恋したばかりだったとか?
まぁとにかく、面倒くさいってのだけは分かった。
で、俺はというと……ダークエルフなんだし、やっぱ『シャーマン』でしょう。
シャーマンだとほらさ、いろんな属性魔法使えるようになるじゃん?
炎の精霊イフリートとか、氷の精霊フェンリルとか。
あ、そういや隕石召喚って、どの召喚技能に分類されるんだ?
うーん……あ、そうだっ。
大きな岩をイフリートに持たせて、燃え盛る炎で包んでからポイすればいいんじゃね!?
よーしよしよし。問題解決っと。
三ページ目は……
「お好きな技能は何ですか? 何ですかって、何ですか?」
文字はこれだけ。何故疑問系になっているんだ。
ページを捲ってもこの先は真っ白だ。
『彗星マジック様。一番最初に学びたい技能を口に出して言うのです』
「それだけでいいのか? じゃあ、『シャーマン』」
すると、三ページ目に追加の文字が浮き上がってきた。
『第一章:精霊魔法技能』
……それだけかよ!
あ、挿絵が浮かんできた。
えっと、燃えてるトカゲや半透明全裸乙女――あ、これはシルフだな。
そんでもって土で作った雪ダルマみたいなのとか、水っぽい全裸の乙女なんかの絵か。
やっぱり精霊って、女性タイプは全裸がデフォなのかよ。年齢制限大丈夫なのか?
四ページ目からようやく技能の事が書かれてあった。
精霊は普段は目に見えないが、技能を習得すれば見えるらしい。
ちなみにエルフやダークエルフは技能を持っていなくてもINTがそこそこあれば見えるようだ。
馬鹿なエルフやダークエルフには見えないって事だな。
ハーフエルフだが、セシリアは……見えないよなぁ。
その精霊とは、自然界に存在するあらゆるものに宿っているという。
土、水、火、風。この辺はメジャーな精霊だな。他に氷、雷、光、闇なんかもある。
更に人の精神に宿る精霊もいるが、これらは制御が難しく、精霊魔法の上位技能を習得しなければならない――とあった。
ううん。ここでまた派生技能か。
五ページ目からはそれぞれの精霊について、わざわざ一属性ごとに見開きで説明してある。
属性以外にも、怒り、憎しみ、困惑、羞恥といった、精神に宿り精霊も含めて十二精霊、計二十四ページだ。
だが文章量は少ない。まるで絵本を読んでいるようだ。
精霊の紹介が終わったら、今度は精霊との契約方法の説明になる。
初期スキル『スピリットコミュニケーション』というのを使って、精霊と対話しろと書いてある。
精霊に気に入られれば契約でき、いつでもその力が借りれるようになるだろう、と。
そこから数ページかけて、精霊が戦闘に参加した際の経験値は、全て術者に帰属されるだとか、精霊は肉体を持っていないから物理ダメージは効かないが、魔法攻撃にはめっぽう弱いだのの説明があった。
「精霊魔法だけで五十ページもあったよ……」
『絵本のような作りですので、読みやすかったのでは?』
「まぁな。じゃあ次は――」
『その前に彗星マジック様。正午でございます』
おっと、そんな時間か。
じゃあ昼飯食って、その後また読もう。
昼の二時にルーンとフラッシュと待ち合わせをしているので、それまで再びロビーで本を読みふける。
海賊のお宝の手掛かりがあそこにあるんだ。解明して真のお宝をゲットしたい。
というか半裸をマジどうにかしたい。ついでにあのズボンも。
しかしだ。
合成で外見を隠すにしても、ズボンと何かを合成して、外見をその何かにした場合――
下半身パンツ……。
以前、ブリュンヒルデに合成を頼んだ時、パンツ姿になったがアレはヤバい。
どうヤバいかっていうと……
「なぁシンフォニア」
『はい、なんでしょう?』
「アバターの下着って、選べないのか?」
『下着、でございますか? 種族ごとに数種類ございますが、キャラクター作成時にランダムで決定でございますね。変更も可能でしたが、彗星マジック様はワタクシに一任されておりましたので』
「じゃあ聞くが、あの黒いブリーフはお前の趣味か!!」
『はい』
即答してんじゃねえよ!
ブリーフ姿で歩いていたら、さすがに通報案件だろう。
NPCに合成依頼してる連中に、そういう罠に嵌る奴いないのか?
とりあえずズボンを能力抽出にだけ使うのは絶対マズい。
となると、防御力やHP補正の事を考えたら、上半身装備を二ヵ所に合成が最適だよなぁ。
『彗星マジック様』
「なんだ?」
現実とは異なるぽかぽか陽気な空の下、ウッドデッキに備え付けた椅子に座って本を開く俺。
ソファーに座ろうかと思ったが、無駄にふっさふさした尾羽が邪魔で上手く座れない。なのでテーブル椅子に腰掛け、尾羽を後ろに垂らしての読書だ。
そんな俺の前に座り、じっとこちらを見つめるシンフォニア。
『聞いてはいけないのかもと思いましたが、どうしても気になるのでお尋ねします』
「お、おう……」
な、なんだ、このデジャブ的な展開は。まさか……
『何故彗星マジック様は、半裸なのでしょうか?』
「あーっあーっ! 何も聞こえません」
『何故彗星マジック様はっ、半裸! なのでしょうかあぁぁっ!』
「あぁーっ!!」
『何故彗星マジック様はっ、半裸! なのでしょうかあぁぁっ!』
ダメだこいつ!
答えるまで是が非でも怒鳴りちらす気だぞ。
分かったよ。答えてやるよ。
「コートとズボンを合成したんだよ」
『そのズボンは未合成のようですが?』
「……は!」
そ、そうだった!
装備を変えたから上半身未装備状態になったんだっ。ってことは、上半身装備がまた出来る!!
インベントリを開き、服を探して――無い。
うん。代えの装備がありませんね、はい。
このゲーム、上半身裸がうじゃうじゃ増えるんじゃないか?
いや、女の子はどうすんだよ!?
「シンフォニア! 合成技能で上半身裸族が増える事について、いろいろと大丈夫なのか!?」
『合成技能? 装備の合成の事でございますか? 女性プレイヤーにはノースリーブシャツがデフォルトで装備されておりますので、ご心配には及びません』
「……男は?」
『裸でございます。問題がございますか? 海外では夏の暑い時期など、上半身裸で町を歩く男性も少なくはありませんし』
「……問題ないです」
さ、黙々と読書しよう。
一時五十分になったら知らせてくれと伝え、『魔物使い』技能を学び、次に『死霊使い』技能を学ぶ。
『魔物使い』は派生が多いせいか、トータルして二百五十ページにもなったが、半分は挿絵なのでそれほど苦もなく読める。
『死霊使い』の方は短く、十ページも無い。死者の説明はおざなりで、不死属性モンスターというくくりだけで纏められていたし。
なんとか待ち合わせ時間の前に読破できたぞ。これをあと九回読めばいいのか。
……面倒くさいな。
記念すべき100話目です!