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冒険者(女)と主夫  作者: やよい
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嵐は突然に①



  天気の良い昼下がり、貴族のお嬢様方が王子たちを囲んできゃっきゃ☆うふふと庭でお茶会をしている。彼らの傍の小さな椅子にはドラゴンが行儀よく座り美しい令嬢たちを眺めている。

 エリスはそれを見下ろしながら、ドラゴンのスーがしでかさないかとハラハラ見守り中だ。

 近くで、あるいはエリスがスーを抱いていれば良いのではないかと提案したのだが王子たちに却下された。

 理由は令嬢たちからの要らぬ詮索を避けるためとスーの女性観察を妨げないため。

 エリスには反論できなかった。

 数日前のお茶会で、エリス自身がやらかしてしまっていたので。

 

 

※ ※ ※



 アルバートとブライアンの両殿下が早速、国内の女性冒険者を城に集めた。

 エリスたちが城に来る前に、既に周知や準備がされていたのだと思う。提案があった日から二日後には爽やかな風を感じながら庭でのお茶会の用意が整い、自薦他薦問わない女性冒険者たちがぞくぞくと集まってきた。ドレス姿の者や革の胴着を着た者、恰好は様々でかくいうエリスもシャツにズボンというラフな出で立ちだった。初日の軍服はあれ以来着ていない。

 

 普段は会うことすらできない王子たちに会えるということと、希少なドラゴンを間近で見られることも相まって女性たちのテンションは高めだ。

 庭の周囲には警備のために騎士団が展開しているらしいと聞いたが姿は見えない。

 やがてアルバート王子の挨拶が始まり、ブライアンとクリスが王子として軽く挨拶を終えてお茶会が始まった。


 ドレスの女性たちは王子たちへと群がり、普段着の女性たちはそれを横目にエリスが抱いたスーを物珍しげに見て話をしていた。中には触れるのかと聞いた者もいたのでスーの了解を得て、会はスーを抱っこする会に変貌していった。

 スーは大人しく替わるがわる抱かれて女性たちと和やかに話をしていたその時だった。


「本当はそのドラゴンはわたしの物だったのよ」


 ブライアン王子にぴったりとくっついたドレス姿の華奢な女性が口をとがらせて言った。

 可愛い顔立ちでパステル調のピンクとグリーンのドレスがよく似合っている。一見、貴族の令嬢にも見える。エリスはなんとなく見覚えがあった。じいっと顔を見つめて思い出そうとしていると、またその女性が言った。


「いやだ、怖いわ。睨むなんて。わたしは本当のことを言っただけなのに」


 唐突に思い出した。マリーだ。


「マリー?」


「軽々しく愛称を呼ばないで。わたしはグレイ男爵家の次女マリアよ。あなたに愛称を呼ぶことを許した覚えはないわ。控えてちょうだい」


 言っていることはキツイが何故かその当人は涙目だ。訳がわからない。


「あー、君たちは知り合いだったのかな?」

 

 ブライアンの仲裁が入ったがエリスが答える前に、マリーが勢いこんで喋りだした。


「ほんのわずかな間ですけれど、一緒に依頼をこなしたことがございますの」

 

 ほんのり頬を染めてブライアンを見上げる姿は確かに可愛い。可愛いは正義だと思う。でも・・・。


「どんな依頼を?」


 ブライアンが例の値踏みする目をしていることに気付いた。

 うふふ、と魅惑的に笑ってマリーがブライアンの正面に回り込んだ。


「そのドラゴンを捕獲する依頼ですわ!」


 どこか得意げに胸を張ったマリーにエリスはびっくりして言葉が継げなかった。


「それは麗しい令嬢のあなたには大変過酷なのではないのかな?その華奢な姿で立ち向かうとは勇気のある乙女と称賛されることだよ」


 ブライアンの気障な言葉にエリスは半眼になるしかなかった。どうやら周りの女性たちもマリーとブライアンとは温度が違うようだ。誰もがその芝居のような光景を物言わずに見ていた。


「ええ、もちろんわたしには大変な依頼でした。雪山にそこのエリスも含めて七人で登っていったのですが途中雪崩に巻き込まれ麓まで押し戻されてしまいましたの。気付くとメンバーのうちの一人がわたしを介抱してくれて何とか助かったという訳ですの」


 うんうんとブライアンが頷いている。それに気を良くしたマリーが切々と旅の過酷さを語っている。


「あなたは確かに雪崩に巻き込まれたが、カイと下山したと私は聞いていたが?」


 エリスはとうとうしびれを切らせて話に割って入った。それをマリーが鋭い目つきで睨み挑むように顎をあげて言い放った。


「誰がそんなウソを言ったの?」


「・・・アインとバートだが」


「じゃあ今すぐ連れて来て。その人たちが嘘をついているのよ!」


「今すぐは無理だろう。彼らにも都合があるし、今どこにいるかさえ町のギルドに連絡しなければわからない。冒険者とはそういう者だろう?」


 エリスは正論を言ったつもりだったが、マリーはさらに言い募った。


「ではあなたが嘘をついているのね?」


 まったく意味が分からないエリスを放ってマリーはブライアンに向き直った。


「彼女がドラゴンを捕獲したのはただの偶然ですわ殿下。だってわたしが雪崩に巻き込まれなければドラゴンはわたしに懐いたはずですもの。今更ドラゴンを奪われたくなくて彼女は嘘をついているのです!殿下の前で!」


 あっけにとられる周囲を放って、マリーはエリスに罰を与えるべきだとまくし立てた。更には男爵令嬢の自分に対するエリスの態度にまで言及し始めた。

 ちょっと困った顔でブライアンはマリーを宥めている。


「まあ今日は無礼講でもあるし態度のお咎めは課せられないよ。それにアインとバートは僕、知ってるような気がするんだよねぇ」


 のらりくらりと躱すブライアンに尚もマリーは言い募る。

 騒ぎがますます大きくなっている。アルバートもクリスもこちらを見ている。


「だってわたしには聖女の資質があるのですわよ?エリスより先にドラゴンと出会っていればわたしの物になったはずですのに!」


 一向に埒があかない。


「でしたら、今からわたしに隷属させても問題ありませんわよね?」


 不穏なことを言い出す聖女候補マリーは、さっとドラゴンの方を向き右手をかざした。小さく唱えているのは隷属の契約だ。

 金色に光る細い糸が幾重にもマリーの手のひらから伸びドラゴンに絡められていく。

 誰も動かなかった。

 エリスも見たことがないものだった。

 荘厳とも言える金の細い糸の束がドラゴンの小さな体を覆った時、ふんっと鼻を鳴らす音がした。

 あれはスーの不満を表すものだ。

 エリスはとっさに叫んだ。


「逃げて!屋根のあるところへ、早く!!」


 エリスの真剣な表情をクリスが汲んでくれたらしい。こちらへ、と誘導を始めてくれた。


「ドラゴンが暴れる!マリーも今すぐにそれを止めて!」


 エリスの悲鳴のような声をマリーは聞き入れず逆に嘲笑した。


「あさましい真似はおやめなさい。ドラゴンがわたしの物になるのが惜しくてそんなウソをつくのね」


 その一瞬のあと、あたりは轟音とドラゴンの咆哮に包まれた。咄嗟に頭をかばって地面にしゃがみこむ。

衝撃に備えたつもりが、エリスの意識は途切れた。


 

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