それぞれの思惑
「いやぁ、潔く旅立ったねぇ」
ブライアンが一人掛けの贅沢なソファに深く沈み込みながら、目の前で書類仕事をするアルバートに話しかけた。
ふわぁ、と欠伸がでているのは、普段彼が朝起きないことを物語っている。貴族の悪しき習慣に染まり、夜から明け方までどこで何をしているものやら遊び歩いているので、夜中にクリストフから急ぎの連絡が来た時だって喜々として長兄を叩き起こして、さらに就寝していた善良な彼らの両親をも起こして回った。
「僕が知らせてあげたのに、兄さんからは拳が飛んでくるし父上や母上からは小言、クリストフからは睨まれるしまったく・・・」
「真夜中の就寝時間帯に大声あげて寝室に突っ込んでくるお前が悪い」
ペンを止めることなく弟の顔を見もせず冷たく言い放ったアルバートは、だがすぐに言葉を添えた。
「さっさと寝てこい。限界だろうが」
けれどもブライアンは話をすり替えた。
「あの子、戻ってくるかなぁ。クリストフがすごく執着してた割には仲が進展してなかったみたいだし」
そこでアルバートは仕事の手を止め、部屋の隅に控えていたバトラーに目で合図を送った。
ブライアンが話をしたがっているうちは、帰れと言っても寝ろと言っても無駄であることはよく知っている。
執務机を回りこんで来客用に設えてあるソファセットの方へやや乱暴に腰かけた。
タイミングよく、軽食とお茶のセットを持ってきたバトラーを労っているところへ、行儀悪くかけていたソファを引きずりながらブライアンもきた。
バトラーの判断は、アルバートの意を汲んでいて実に的確だ。
腹がふくれたら寝るだろう、との真意をよくぞ汲みとってくれたものだ。
「クリストフも衆目があるのを逆手に取って、あえて‘お披露目‘したんだしこれであいつのところにいく見合いの話は減るだろうよ」
「・・・でも本当に戻ってくると思う?」
さらり、とその長い髪を弄び再び言い募る弟にアルバートはさぁな、とだけ答えた。
「だから結婚させてしまえば良かったんだよ。政略だろうが何だろうが、そうした方がクリストフのためにもこの国のためにも良かったんだ。僕はクリストフが泣く顔を見たくない!」
結局はそこか、とアルバートは鼻で笑った。
このすぐ下の弟は、昔から末弟のことを非常に可愛がっているのだ。
「だって、貴族でも何でもないただの庶民だよ?縛り付けておかないとすぐにどこかに行ってしまうだろう?」
どこの知識だよ、とアルバートは突っ込みたいのをこらえまともな意見を言った。
「でもそれは嫌だとクリストフが言ったじゃないか。自分で叶えるから黙って見ておけと」
「・・・もしクリストフを裏切ったりしたら僕はあの子を許さないよ」
ティーカップを傾けてお茶を飲むアルバートは、入り口の壁に背を預け腕を組む末弟の渋い表情を見つけ黙った。いつから聞いていたのやら、眉間と鼻にとてつもない皺が寄っている。
「とにかく戻ってきたら婚姻証明書を書かせてしまえばいい。冒険者だなんて、あちこちふらふら定まらない相手にいつまで待てばいいって言うんだ」
ガンガンガンガン、とノックにしては暴力的な破壊音が聞こえたところで、ブライアンはようやく弟の姿を認めた。
にこり、と腹黒い笑顔を隠しもせずクリストフはまず罵った。
「介入するなって言ったのをもう忘れたのかこの鳥頭」
ひっ、とブライアンから小さく悲鳴が漏れる。
何で居るのを教えてくれなかったんだ、と恨みがましい目で見られたが肩を竦めるだけにしておいた。
「人の恋愛事情よりも自分のただれた夜の生活を見直した方がいいぞ馬鹿。ブライアンの浮気癖にミリアリアがどれだけ傷ついているか考えろ」
「・・・それは大人の付合いってものがあるんだよ。それにミリーは僕のことを分かってくれているさ」
「へぇ大した自信だね。あとで泣いても僕は慰めないし、うちの屋敷のドアは開けないよう通達だしてるから覚えとけ。それで、アル兄さんサインしてくれた?」
ああ、とアルバートは末弟の問いに快く答え執務机の処理済みの書類の中から一枚の紙を取り出して渡した。受けとったクリストフはそれを確認してからにっこりと本来の笑みを見せた。
「ありがと。もう大妃様のサインも父上のサインももらったから、あとは議会にかけてくる」
頷きあう長兄と末弟の話が分からず、口を挟んだブライアンだったがすぐに絶叫することになる。
「王位継承権を放棄する!?どういうことなんだ!!」
「ああ、ブライアンのサインはいらないからね」
優しくにっこりと笑ったクリストフの肩を揺さぶる表情は鬼気迫るものであったが、末弟は飄々としたものだった。
「王子サマでいるとエリスさん逃げちゃうから、結婚するなら臣下に下っとかないとね」
「そんな、そんな・・・あの子のせいでクリストフが」
そう言った瞬間、腹部めがけて繰り出されたクリストフの拳は確実にみぞおちを捕えた。
「それ以上エリスさんを悪く言ってみろ。兄弟の縁を切るぞ」
鋭く睨まれ、ブライアンは呻き苦しみながら床で寝落ちした。
アルバートはため息をつき、バトラーの心尽くしは不要だったようだと結論づけた。
つたない話を読んでいただき、ありがとうございました。
長編では初めての完結作となります。
短編で投稿するつもりが、長編で投稿してしまいこうなりました。
はっきりとした終わり方ではないので消化不良の状態ですが、その後の
話もまた投稿したいと思っています。
読んで下さったすべての方に感謝を!




