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冒険者(女)と主夫  作者: やよい
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終章-3



 昨夜、さっさと就寝しぐっすりと眠ったエリスは早朝に目覚めた。

 まだ窓の外は青白く煙って見える。陽光も差さないのでひんやりしていた。

 傍にスーが居ないので訝しく思ったが、クリスが引きとめているのだろうと当たりをつけ居場所を考えるのを止めた。

 起き上がり伸びをして眠気を飛ばし身支度を整えた。

 今日出発をすると決めてあるので、やることはたくさんある。

 これまで世話になった侍女さん方に何か贈り物をと昨夜寝ながら考えたのだが、裁縫も料理もできない自分が出来ることといえば手紙を書くことくらいだった。非常に残念だが仕方ない。

 この屋敷に詰めている六人の侍女さん方に、ひとりずつ短いながらも丁寧に字を綴り封をした。

 今日、出立の前までにできるだけたくさんの人にお礼を言いたい。

 閣下や大妃様、クリスのお兄さんたち。アインやバートやルー、マリーにも。会えるかな、会えると良いな。

 そんなエリスの感傷をよそに徐々に廊下が騒がしくなり、これはスーが騒いでいるなと予想すると同時に部屋のドアがバタンと開いた。


───エリス!旅立ちにもってこいのいい朝だぞ!わたしが作った肉の煮込みを食べたらすぐに出発しよう!


 ほかほかと湯気の立ち上る銅鍋をぶら下げ、スーが誇らしげに胸を張っていた。

 すごく良い匂いがするのだが、早朝にはヘビーだ。

 どうしてこうなった、と説明を求めて視線をクリスに向けると、良い笑顔でパンもありますよ!と言われた。

 違う、そうじゃない。


 困惑気味のエリスに、徹夜で料理を教え込みました、とクリスが白状したのだがどうしてそんなことになったのかは、さっぱり分からないままだった。

 でも、そうだった。これがあの家での日常だった。

 エリスのために一人と一匹は喧嘩しながら世話を焼いてくれたのだった。

 だからエリスの言葉は一つしかない。


「ありがとう。嬉しい」


 一人と一匹は手を組みアイコンタクトで(多分)互いの健闘を称えた。

 食堂でいただこう、と促して部屋を出る。

 スーが夜中の奮闘を小芝居を(まじ)えながら切々と訴え、クリスがそうじゃなかった、とぶった切りエリスが笑う。

 あの家での日常の再現のようで何だか胸が温かくなった。

 何気ない毎日の中で、笑いあい、喧嘩が発生し仲裁する。

 ありのままの姿で居られるそれこそが失いたくないものだと、ようやくエリスは気付いた。

 その気持ちが恋なのかはまだよく分からない。

 ただ本能的に大事なものだということ、恋にはまだ遠いその気持ちを育ててみようという気になった。

 その場所を失いたくないから、と一足飛びに結婚するのではなく(しかも、どっちとだ?)その気持ちが成長してからでも良いのではないかと思えるようになった。クリスも待っていると言っていたし。

 結婚は打算でするものじゃないはずだ多分。

 いつか自然と結論が出るだろう。




※※※



 空はよく晴れ、無風で旅立ち日和だ。

 屋敷の入り口にやたらとたくさん荷物が置いてあるのは、もしや持って行けというクリスの善意からの親切なのか。ほんの一週間で戻る予定だし時候も良いのに簡易テントはいらないのだが断っても良いだろうか。考えあぐね、エリスはそれらを見なかったことにした。

 

 ばたばたと慌ただしい中、涙ぐむお姉さん方には手紙を渡して心を込めてお礼を伝えた時だった。


「エリス様、お願いがございます!」


 居並ぶ彼女たちの中から、アメリアが茶色の巻き毛を揺らして突進してきた。

 首をかしげたエリスに、アメリアは瞳を潤ませ顔を真っ赤にして・・・。


「抱きしめて下さいませ!」


と、叫んだ。

 エリスはちょっと驚きつつも、抱きしめてもう一度感謝を伝えた。

 ふと視線を感じ目をやるとクリスがそれ以上はダメだと怖い顔をしていたのでエリスはそっと腕を解いた。

 アメリアはぽろりと涙をこぼしたが、笑顔をみせてくれた。


「お戻りをお待ちしております。どうかお気をつけていってらっしゃいませ」


 しっかりとした声で別れの言葉をくれた。

 ほっとしたのは束の間のことで、すぐさまお姉さん方に囲まれ同様のことをひとりづつすることになったのは自己責任なのか。

 いいのだ、今日は別れの日なのだからと自分に言い訳を用意しつつ、彼女たちのこれまでの献身を丁寧に労っていく。

 彼女たちはエリスに様々なものをくれた。

 それは思いやりであったり、見返りを求めない一途な気持ちであったり、女性としての身だしなみや気遣いもここで学んだと言っていい。

 形に残るものではないが、それらはエリスの心に眩しく焼き付いて新たな感情に目を向けるきっかけにもなった。クリスと出会う前の、冒険者一辺倒であった自分からは考えられない成長だ。

 そうして最後にエマが切ない微笑みを(たた)えながら進み出た。

 

「エリス様のお傍で楽しい日々でございました。どうぞご無事でお戻りくださいませ」


 そう言って腕に納まった紅色のリボンを見つめてエリスはそっと抱きしめた。ありがとう、と。


 全ての挨拶が済むとクリスがすごい量の荷物を指さした。


「持って行って下さい。色々と必要な物を用意しました」


 にこぉ、と笑うクリスは可愛いが正直に伝えて良いものか。


「・・・あの、これ全部?」


 エリスに言えたのはこれだけだった。まさかね?と頬が引きつるのは隠せなかった。


「心配だったのであれもこれもと用意したらこんなになってしまいましたが、そこの白いのがこれくらいなら持てると言ったので」


 まさかのスーも共犯だった。

 どうして止めなかったのだと言いたい。


「・・・さすがにこれは多すぎるよ。この中から私が選んでも?」

 

 がっかりさせてしまったが、クリスは甲斐甲斐しく荷物選びを手伝ってくれた。大きなリュックに必要なものを詰め終え一安心したところになぜか小走りでアインがやってくるのが見えた。

 何だろう?と疑問を浮かべたエリスを残して、クリスがそちらへ歩いて行く。

 アインがクリスの前に跪き(←すごく騎士っぽい)、お出まし願いますと言うのが聞こえた。

 クリスが鷹揚に頷き、振り返る。


「では行きましょうか」



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