終章-2
「ずっと、話さなくちゃなと考えていました。でも決心がつかなくて・・・」
クリスは小さくため息をついた後、エリスの目をまっすぐに見て続けた。
「あなたに初めて会った時、僕は一目ぼれしたんです」
途端にぎゃぁぎゃぁ煩く騒ぐスーを構いもせず、クリスはエリスだけを見ている。
「一緒に暮らすようになって、あなたの無防備な姿や出来ない家事を一生懸命する姿をみてさらに好きになりました。ドラゴンを連れて帰ってきたときには嫉妬でおかしくなりかけました。こんなに人を好きになったのは初めての経験です」
クリスの緑の瞳を見つめ返しながら、エリスはふと気づいた。
この優しい視線にいつも見守られていたのだな、と。温かく居心地良く暮らせていたのはクリスが寄せてくれた好意の上に成り立っていたのだと今更ながらに思い至った。
「だから一緒に過ごした家での日々も、あなたがこの城に来てくれてからの日々も僕にとっては大事な思い出です。きっと生涯忘れられないぐらいの」
どうして泣きそうな顔をするの?
「この城では、ドラゴンを所有するあなたを取り込めないかと連日議論されていました。この国にあなたを縛り付けるための方法が幾通りも考えられ、そのうちの一つが僕との結婚でした。僕にもその方が都合が良かった。あなたと結婚することができるのなら、と思って提案を具体的に進めていこうとしていました」
───そんなことは許さないぞ!エリスはわたしのものだ!
空気を読まないドラゴンが吠え、壁の一部を焦がした。
慌ててスーの口を押さえるが、じたばたと暴れ取り押さえられない。
クリスがスーの尻尾をわし掴みぶらんと逆さ釣りにして低い声で、ちょっと黙っとけオマエは今後もずっと一緒に居られるだろと言ったら大人しくなった。
スーはテーブルの上に放り投げられた。
クリスは椅子には座らず、エリスの前に跪いて話を再開させた。
「でも、この城の意向がそうであってもあなたの気持ちは考慮されていない。気持ちのないあなたと結婚することに悩み始めた僕に、あなたははっきりと妃にはなれないと言った。それで目が覚めました」
そんなこととは知らず、お茶会や騎士団での鍛錬や大妃様の訪問、スーを手鏡から救うために奔走していたが、クリスにもたくさんの葛藤があったんだね。
辛かったんですよ、と少し微笑んだクリス。
エリスは、黙って聞いていた。
「城の意向通りになれば、あなたは自由を失います。僕の妃として貴族たちを相手に苦労しなければいけなくなる。王族としてのマナーや妃教育も、一から徹底して教えこまれるでしょう。それはきっとあなたは望んでいないと思いました。大妃様からも何度も忠告をもらいました。あなたを本当に手に入れたければ、僕が覚悟を決めないといけない、と」
クリスはエリスの手を両手で包み込んだ。
途端に喧しく吠えるドラゴン。
───ぎゃあっ!
スーが不満を伝えたがそれ以上はクリスの一睨みで黙った。
温かい体温が伝わってくる。
「研究所の帰りに賊に襲われたのも、あなたとドラゴンを取り込もうとするヤカラがいたからです。厳しい処分を下しましたが表に出てきていないだけで、我が物にしようと考える馬鹿はまだいるでしょう。それを牽制する目的で数日後には大妃様があなたを貴族たちにお披露目するための夜会を催します。そこで僕との婚約を発表する流れだったんですよ」
おっと、こっちも知らないうちに外堀を埋められていたのか?でも過去形だよ?
「クリス、私は結婚は誰ともしないよ」
「・・・エリスさんを守るため、と言っても?」
「お披露目されても私は妃という柄じゃない。ドレスもマナーも馴染めないし何より冒険者でいたい。大妃様には申し訳ないけど、夜会に出るつもりはないから明日中にここを出て行くよ」
付け焼刃のダンスを踊って大妃様に紹介を受けたところで、ただの平民のエリスにとっては意味をなさない。貴族社会では意味のあることだとしても。
クリスを傷付けるかもしれない、と思いながらも一生懸命考えながら真摯に気持ちを伝えた。
この城へ来て以来、周囲に流されてばかりいたが今思えばあれは状況判断がつかず様子を見ていただけだ。ただの一般人が物珍しさも手伝って城内見学をさせてもらい、催しに参加させてもらい過ぎた待遇を受けた。そろそろ潮時だろう。
「エリスさん、僕のこと嫌いになりましたか?」
肩を落とし小さな声でクリスがそう聞いた。
いつか来る別れを恐れ、怯えている子供のようだった。
───騙されるな!そいつのそれは同情を引くための演技だぞ。
全く、クリスには厳しいドラゴンだった。
クリスは項垂れて俯いてしまっている。しおれた花のように。
「例えそうだとしても、クリスのことは嫌いじゃない。永遠の別れになるわけじゃないしまたいつか会えるよ」
「またいつか、なんて嫌です!僕のことを嫌いじゃないなら、あの家でまた一緒に暮らして下さい。ずっと待ってますから」
涙で潤んだ緑の瞳に縋られてエリスの心は痛んだ。だから、つい、うんと言ったのだ。
瞬間、涙は引き瞳に生気が宿る。
───だから言ったのだ!こいつの演技に騙されるなと!
「演技じゃなく本心です。暫くは離れ離れですけど、そいつとの結婚を無効にしてきて下さいね!僕はここに残って後始末しておきますから」
やる気をみなぎらせているクリスには突っ込みどころ満載だが、あたりさわりのないところを聞いてみた。
「・・・えっと、後始末って?」
「エリスさんとドラゴンを放置は出来ないので、おそらく監視対象になるでしょう。現に監察委員会が立ち上がっていますし僕がそこの追跡責任者あたりになっておけば、僕もエリスさんの行方が知れて安心、国としても見失うことなく安心でしょ。後はそうだなぁ、僕が臣籍に下っておけばエリスさんも安心ですよね」
───何が安心だ!お前が王族でなくなってもエリスは結婚などしないぞ!
「先のことはわからないでしょ。数年経ったら気が変わるかもしれないし。僕が一般人だったら結婚へのハードルが下がりますよね?」
可愛い笑顔なのだが、やってることが理詰めで外堀埋められまくっている気がするのは果たして気のせいなのか。
───二人旅の間に既成事実を作って、エリスと真の番になってみせる!お前など出る幕はないぞ!
「へぇ、随分と大きな目標ですね。今度は正々堂々とエリスさんの同意のもとでしょうね?」
───当たり前だ!
「是非ともそうして下さい。ケダモノの本能のままに行動して嫌われたくなければね」
───そんなことは分かっている!お前のほうこそ、エリスに捨てられることが決定しているのだから早く他の伴侶を娶るがいい。
「お気遣いいただかなくても結構です。僕は何年でもエリスさんを待ちますから」
───何年待っても無駄だ!さっさと諦めるがいい!
「僕はエリスさんがいいんです。そっちこそ迷惑なのでドラゴン同士で番って下さい」
この二人は放っておいていいだろうか。
果てなく続きそうな言い合いをよそに、エリスの胸の中はなんだか温かだった。
またあの家で一緒に暮らしたいと言ってくれたことが、こんなにも心を温めるものだとは知らなかった。
エリスにとって、これまで恋愛は重要ではなかったし必要ともしていなかった。
でも、そろそろきちんと考えた方がいいのかもしれない。
真っ直ぐに気持ちを向けてくれるクリスは家族のような大事な存在になっている。
恋愛できるかどうかは分からないけれど、待っていてくれるというクリスに自分の気持ちを返せるといいなと思った。この気持ちの在処を探すことも、冒険者として生きていくことと並行して捉えることにエリスはようやく思い到ったのだった。
「オマエとはいつかじっくりと話合わなければならないと思っていた。それが今だ」
───わたしは話し合いよりエリスと一緒に寝る!
うわぁ、煩悩丸出し発言を堂々とかますドラゴンの頭をわし掴みしちゃってるけど大丈夫なのかな?
クリスの顔が笑ってるけど、こわい。
「あ、エリスさんはお先に休んで下さいね。僕たち、男同士の込み入った話があるので!」
はい。そうしますとも。後は宜しく頼んだ。




