終章-1
「エリスさん、あーいうことを無意識にやっちゃいけません」
滞在中の屋敷に帰る道すがら、閣下が用意してくれていた馬車に乗り込むなりクリスにこんこんと諭され「ごめんなさい」と「もうしません」を誓うはめになった。
クリスはむすりとしたまま、エリスが跪いて大妃様の手の甲にキスしたことによる最悪の展望を非常にわかりやすく教えてくれた。
曰く、大妃様はエリスさんを気に入っていますからね有無を言わさず近衛に放り込まれますよ、と。
エリスが、まさか、と笑うと真剣な顔で言いきった。
「あの人ならやりかねません」
びくっと硬直したエリスに尚も追い打ちをかけエリスの甘い考えを粉砕したのだった。
「権力をもっている暇な人間ほど、迷惑なものはありません。おもちゃにされる前に自衛することです」
「わかった。・・・ところで手・・・」
馬車に乗り込んで以来ずっとクリスが手を握っているままなので、そろそろ離してもらえないかという意味を込めて指摘してみたのだが。
「・・・エリスさんは手を離すと何をしでかすのか心配になるので今日はこのままにします」
ええー!と盛大に抗議したのだが、クリスは譲らなかった。冗談めかしてはいるが時折瞳によぎる暗い影が異変を予感させるのだ。
エリスはそれを追及することなく待つことにした。
だから普段通りに話をする。お腹空いたね、と。
クリスもそれに応じて、夕食は一緒にとりましょうとにこやかになった。
馬車を下りると、いつもの侍女さんたちが総出で迎えてくれた。
そこへ上空からすごいスピードでスーが帰ってきた。
視線が合うと嬉しそうに見えたのだが、クリスと繋がれた手を凝視した途端にスーは態勢を足から降りることにしたらしい。着地点は繋がれた手(クリスの方)だ。
結構な勢いなのでクリスが怪我をするといけないと判断し(←この辺は王子様に怪我=借金という本能的な判断だった)咄嗟にクリスを押しのけ体全体で受け止める。
ぽすん、と大人しくエリスの胸に納まったスーは、繋がれた手を嫌そうに見ながらもその居場所をキープすることにしたらしい。
スーを胸に抱き、クリスと手を繋ぎ仲良く帰還することとなった。
クリスの異変に気付いたのは夕食を終えてもなかなか席を立たず、視線をさまよわせたりそわそわと落ち着かない様子が見てとれたからだ。
いつもなら、じゃあ戻りますねと自室へ引き上げる時間を過ぎても尚、彼は明らかに困っていた。
「どうしたの?」
だからエリスがそう声をかけたのは当然のなりゆきだ。なのにクリスはその言葉に、びっくりしたように瞬いた。
「・・・どうもしないですよ?」
嘘と分かる答えを返すクリスに、言葉を継ごうとしたのだが彼の優しい緑の瞳が潤んでいることに気付きエリスは言葉を飲み込んだ。代わりに優しく名前を呼んだ。それでもクリスは何でもないと嘘を言う。
───本人が言いたくないのだ、ほうっておくがいい。小僧の悩みなど、大したことはない。
無常にもスーが冷たく切り捨てた。
クリスは下を向いてしまっている。
───さぁエリス。風呂で綺麗にしてくるから一緒に寝てくれ。いいだろう?
キラキラと期待に満ちた目で煩悩丸出しのドラゴンに断りをいれようとしたら、クリスがスーの(推定)首のところを後ろからわし掴んだ。
スーがキュッ、て言ったよ?
「ダメに決まっているでしょう。なんでそれが許されると思ってるんだ」
おおっとクリスの口調が荒いね!
───なんでって、エリスとわたしは番なのだぞ!一緒に寝るのは当然だ!
「ははは、騙し打ちみたいなやり方で真の番になったと言えるのか?僕は卑怯なやり方をしたオマエのことなど認めない。あくまで暫定だ」
───ぐぬぅう。
痛いところをつかれたスーが言い返せずに唸って不機嫌そうに尻尾を振り回している。
「オマエが番だと騒ぐせいで、こっちも厄介なことになってるんだぞ。少しは大人しく反省しておけ」
首、掴んだままだけどいいのかな?
クリスはスーを片手にぶらんと下げたまま人払いの合図を送り、もう一度椅子に座り直した。
エリスも近くに座り直したところで、ぽいっとスーをテーブルに投げた。
扱いが雑!
食器が綺麗に片付けられ、温かいお茶が新たに用意され食堂の扉が静かに閉められた。




