クリスの事情②
クリスが行ってしまった。
──────あれは昨日見た行列の鎧どもだな。
窓から外を窺っていたドラゴンが言った。
「やっぱりクリスって・・・」
──────うむ。王家ゆかりの者だな!
エリスが濁した言葉をズバリ言うドラゴン。
はぁぁぁ、と深いため息が出てしまった。
「どうしよう。このまま知らない振りする?それとも荷物まとめて逃げる?」
──────荷物はまとめておいて損はなかろう。知らない振りは無理だ。
意外と的確な助言をくれる。ひとまず朝食を食べることにする。
──────ほら、エリス。あ~ん、だ。
いつものぶれないドラゴンだった。
※ ※ ※
食器を洗い、部屋の換気をして洗濯物を干したら昼になっていた。
家事不適応者なので許してほしい。
昼食をとり食器を洗い、洗濯物を取り込んだら夕方になっていた。おかしい。クリスにどれだけ甘えていたかが良くわかる。
ギルドに行く時間すらとれないとは・・・
エリスはがっくりと項垂れた。
一日が終わる頃、やっと荷物をまとめることができた。
──────さ、エリス。寝るぞ!
うきうきとした様子を隠さないドラゴンだった。
ポンポンと枕を叩き、キラキラと期待に満ちた目をしている。
(今日くらいは、いいか。家の中が静かでちょっと淋しいし)
いつもなら一緒には寝ない。クリスが断固阻止するからだ。
エリスはドラゴンを懐に抱きよせてベッドに入った。ぐるぐると喉を鳴らし、ご機嫌らしい。
──────エリスはわたしの名前が知りたくはないか?
「う~ん、でもそれを知ったら番になるんでしょ?」
──────な、なぜそれを知っているのだ!?
「クリスが言ってたよ。ドラゴン同士なら給餌行動を受け入れて、名前の交換をして番になるって」
──────あの腹黒小僧め・・・。
「でも、いつまでもドラゴンって呼ぶのは面倒よね。愛称をつけるのはいいの?」
──────むぅ、それだと多少拘束の意味合いになるのだが・・・まあよかろう。
「前から考えてたんだけど、スタードラゴンだから、スーってどう?」
──────・・・いささか安直ではないか?いや、エリスが考えたのだから文句は言うまい。拘束すらされぬ愛称になるのだな・・・。
ふわぁ~、とあくびをしたエリスは満面の笑顔で囁いた。
「おやすみ、スーちゃん」
言うが早いか、もう夢の中だ。
ドラゴンはというと・・・悶えていた。ぴんと立つはずの耳がくったりと萎れ、耳周りから首あたりまで桃色に染まりぷるぷると震えている。
──────なんという破壊力!わたしをこれほどまでに誑かすとは・・・!
しかし、ぴったりとエリスの胸元に寄り添うのは忘れない。
※ ※ ※
翌朝、エリスと何となく寝不足のドラゴンが朝食をとっていると、玄関のドアが叩かれた。
「エリス様はご在宅でしょうか」
聞き覚えのある声だ。
うん、昨日聞いたよ。
ドラゴンと顔を見合わせていると、遠慮なくドアが開いた。
立っていたのは、身なりの良い初老の男性。
「わたくし、じいのエイブと申します。どうぞ、遠慮なくじいと呼んで下さいませ。早速でございますがお嬢様には城にご同行いただきたく存じます。なに、ご心配はいりません。クリストフ殿下がお待ちですのでご安心下さいませ」
あっけにとられるエリスを前に一気に喋り終えると、騎士姿の男性が家に入ってきて息もつかせないうちに外へと誘う。
「あ・あの・・・!」
やっとのことで呆然自失から立ち直ったエリスが声を上げたが、続きはエイブが引き取ってしまった。
「大丈夫でございます。後片付け、家の管理はお任せ下さい」
違う!そういうことじゃない!