喜びは分け与えるもの、秘密は共有するもの 5
ややあって、隣の部屋からデメリューシュがクリスを呼んだ。
どうあってもドラゴンの傍を離れたくないと見える。
「お~い不肖の弟子~、ちょっとこ~い」
完全にご機嫌な酔っ払い口調だ。
はいはい何ですか?と律儀に移動したクリスを追って、エリスも席を立った。
「お前、これどこで捕獲したの?」
「捕獲じゃないですよ。それが勝手にエリスさんに付き纏ってるだけです」
「ほ~お、ドラゴンに執着されておるとはなかなか貴重な資料がとれそうだのぅ」
終始ご機嫌で、スーの手のひらを広げてみたり足の爪を触って見たりとデメリューシュの手は止まらない。周りにいる一人はスーのスケッチを描き散らし、もう一人は体のサイズを事細かに計っている模様。
さらに一人はそれを記録しているらしい。
「で、なんでこのドラゴン意識不明なの?」
「ああ、ひきこもりなんですよ。エリスさんの気を惹くために拗ねてとじこもっちゃって」
クリスの毒舌が復活!
しかもクリス視点において要点が簡潔にまとめられすぎて何も言えない。
あざといドラゴンもいるもんですね!ってクリスが笑顔なのが怖い。
一応、飼育責任者として口を挟んでおこうかな。
「えぇと、起こしたいなら番になれと言われて拒否したらずっとこのままなので困ってるんです」
「いっそのこと、ここに研究材料として寄付してもいいくらいなんですが」
クリスが容赦ない!でもそれはダメ。
キラキラとした目でデメリューシュが期待を伝えるが、エリスは首を振って寄付を否定した。
がっかりさせてすみません。
「約三週間前に不慮の・・・事故でこの鏡の中に精神が閉じ込められたままなんです。時々、私の夢に現れては番になれと無理を言うので断っているのですが、この状態でも体には影響ないんでしょうか」
ふうぅむ、とデメリューシュが考え込む様子をみせた。
「人間ならば飲まず食わずで衰弱する頃だが、このドラゴンを見る限り至って健康体なのは動物でいう冬眠状態に近いのかもしれんなぁ。このままどれくらい持続できるのか調べてみたいもんだ」
エリスの手渡した手鏡をしげしげと眺め、それに興味がなくなると返された。
「このまま寝かせておくと、私の安眠が阻害されるので出来れば早めに起こしたいんですが・・・」
エリスとしては、毎晩夢の中にスーが現れて変なことをされるのは遠慮したい。
キスされたり、あちこち触られたりというのは夢の中といえリアルな感触を伴うので。
「こちらにも色々事情があるので、是非とも師の力を借りてこれを起こしたいんです。手始めに、このドラゴンが普段から人間の食事を摂っていたことから味覚は人に近いものと仮定して、ちょい辛香辛料を持ってきました」
淀みなく言いきってクリスがバスケットから香辛料を取り出して見せた。
「師ならこれを激マズちょい辛に出来ますよね?」
クリス、良い笑顔!目が覚めるほどの激マズってどんなの!?
「・・・呆れるほど単純で手間がかからん方法だの」
え!?おじいちゃん、やる気・・・?
これで起きてしまったら面白くないだろうに、って言っちゃってるけどいやいや!?
てきぱきと作業が進められていく。デメリューシュを除く三人が息のあった連携をみせる。キッチンの引出しから乳鉢が出てきて、乾燥させた薬草の束と数種類の薬瓶も用意された。そしてクリスが持ってきたのは、お酒?
ゴリゴリとリズミカルにすり潰されていく薬草。薬瓶から匙で計量されていく粉っぽいもの。
デメリューシュに次々と渡されていくそれらは、みるみるうちにどす黒い色に変っていった。
いつのまにやらクリスが例の香辛料を細かく刻んでおり、にっこりと差し出した。
「何グラムいきます?」
ちょっと迷って、10グラムと答えたデメリューシュが計量されたそれをぽいっと乳鉢に放りこみスポイトでお酒が一滴、二滴と追加されてゆく。
ゴリゴリとすり潰されてきたそれらは最終的にはどろりとした非常にまずそうな見た目をして出来上がった。つやつやと黒光りして、到底口に入れる物とは思えない。
「よし、出来たぞ。これをスポイトで流し込めば良いだろう。なぁに心配はいらん。これは王族秘伝の風邪薬がベースになっておるから体に悪いもんは入っとらん」
心配そうな顔で見守っていたエリスに、うきうきとデメリューシュが説明してくれた。
「あれ、ほんっとうにマズイんですよね。僕も何度か飲まされたことあったけど、殺されるかと思ったくらいですよ」
しみじみとクリスが呟いた。
そんなものをスーに・・・。
薄いガラスでできたスポイトを受け取り、エリスは心の中でスーに謝った。
口角を指で広げ、牙を避けてスポイトの先を奥へ突っ込んだ。
傍ではデメリューシュが興味深々の体で見守っている。
クリスはスーの体を固定し、白衣のお三方も静かに、でも食い入るように見ている。
クリスと視線を合わせ、小さく頷いた。
きゅっ、とあっけなく流れこんでいく。
スポイトが空になったのを確認して、引き抜くとスーの体が小さく揺れた気がした。
暫くの静寂の後、デメリューシュが駄目だったか、と小さく呟き今度は50グラムにしてみようと不穏な発言をした。
いっそのこと火薬でも口の中にいれます?とクリスが過激なことを言ったとき。
それに気づいたのは何故だったか後から考えても分からなかったが、とにかくエリスは本能でスーの口を掴み上へ向けた。
突然ゴォォォォ、と火柱が立ちのぼり爆音とともに視界が真っ黒になった。
ほんの数秒だった。
そして唐突に火柱は消え徐々に視界が晴れていく。
焼け焦げた匂いと誰かの咳き込む声と天井からパラパラと屑が落ちてくる。
エリスは手の中にあったスーが居なくなったことに気付いて慌てて辺りを見回した。
まだ煙が立ち込めていて視界がきかず、迂闊に声を張り上げようものなら煙を吸い込んでしまう。
ぱたぱたと軽い羽音がして、それを視線で辿っていくと天井が消えているのが見えた。
陽光が降り注ぎ真っ青な空が眩しい。
ごくり、と喉が鳴った。
これは不可効力だった、いやクリスや閣下の了解も得ていたし借金追加なんてことには・・・。
エリスは咄嗟に机の上に乗って、スーを大声で呼んだ。
天井付近にいたスーは一瞬エリスを見ただけで、よろよろとぽっかり空いた天井から外へ出て行ってしまった。
いつでもエリスにくっつきたがるスーが、呼んでも戻ってこないことにショックを受けつつ生存確認をするために机を下りた。
パキ、と足の下でスポイトが割れて砕けた。
・・・これは知らない振りをしてもいいだろうか。




