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冒険者(女)と主夫  作者: やよい
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エリスの気持ち




 部屋に戻ったエリスは、出迎えたお姉さん方にお世話をされていた。


「エリス様、お寒くはございませんか?」


「まだ春先とはいえ、冷えますもの。すぐに温かいお飲物をお持ちいたしますね」


「さぁ、着替え終わりましたら御髪を乾かしましょう」


 されるがままに、エリスは椅子に座りお姉さん方に髪を拭かれていた。

 スーは一人掛けの柔らかいソファに座っている。あの手鏡はエリスが握りしめたままだ。

 

 あの後、ずぶ濡れのエリスにアインが部屋まで付き添い、閣下に報告をするためにニコラスが走ってくれた。訓練中の珍事とはいえ皆に迷惑をかけたことを詫び、皆が快く手を振ってくれたためほっとしながら訓練場を後にしてきた。

 エリスに貸し出されている部屋は城から少し距離のある離れで、屋敷の入り口でお姉さん方に見つかったエリスは悲鳴をあげられた。

 すぐに数人のお姉さん方が集まり、アインを丁重に労って屋敷から送り出し城へも使いが送られた。

 


「クリストフ殿下にも使いを送りましたから、すぐにでも返事が返るでしょう」


 どうして?とエリスは聞いてからしまった、と顔をしかめた。


「エリス様は殿下の大事なお客様ですもの。ご報告せねばなりません」


 エリスはクリスの客としてこの城の一角に滞在を許されていたのだった。

 そのため賓客扱いされてお姉さん方が六人ほど交代で身の周りの世話をしてくれる。

 確かにお姉さん方がいなければ、右も左も、この城のことさえ分からず、身の周りのことさえできない自分には居づらい空間になっただろう。

 生活不能者の実態を知るクリスに感謝だ。

 

 この城に来たときから、お姉さん方はキラキラと輝くような笑顔でエリスに接してくれる。

 エリスはそれを綺麗だな、可愛いなと思うだけだった。そして、すぐに辞去するだろうからと彼女たちの名前すら聞かなかった。

 それが、そろそろ一か月経とうとしている。

 平民の来客に彼女たちは嫌な気持ちをしていないのだろうか、とここにきて思い至った。本来なら貴人を世話するためにいる彼女たちではないか。


 ぼうっとお姉さん方がてきぱきと動くさまを見ていたエリスに、茶色の巻き毛をグリーンのリボンでまとめたお姉さんがそっと聞いた。


「どうなさったのですか?ご気分でも?」 


 ゆっくりと彼女に視線を移して、優しく微笑む。


「ううん。何でもない。可愛いな、と思って。・・・ねえ、名前を教えて?」


 瞬間、彼女は真っ赤になり両手を頬にあて俯いてしまった。


「あ、ごめんね。イヤだった?」


 平民の自分だ。城に務める彼女たちはきちんとした身分だろうから、困ったのかもしれない。

 エリスはそう思いすぐに謝った。


「ちがっ、ちがいますっ!嬉しくて、恥ずかしくて・・・あの、わたくし、アメリアと申します!」


 真っ赤な顔で叫ぶように名乗ったアメリアに、エリスの後ろで髪を拭いてくれているお姉さんがくすっと笑った気配がした。


「いつもありがとう、アメリアさん」


 アメリアはエリスの笑顔に、眩しすぎますっと早口で言うと礼をしてそそくさと部屋を出て行った。


「・・・嫌われてはいないよね?」


 エリスは髪を拭くお姉さんを見上げて聞いた。


「そうですわね。エリス様の笑顔や仕草に、わたくしたちはドキドキしているだけですわ」


 そう答えるお姉さんの頬も赤みを増している。


「あなたの名前を聞いても?」


「エマと申しますエリス様」


 エマはいつもこげ茶の艶々した髪を綺麗に結いあげて、紅色のリボンできっちりとくくりつけている美人だ。頬を赤らめても、落ち着いた所作でエリスの髪を乾かし続けている。


「あなたも、いつもありがとう。エマは髪、いつも綺麗にしてるね」


 何気なく言ったエリスに、エマはわざと怖い顔を作った。子供に言い聞かせる母親のように。


「エリス様、むやみやたらと褒めないで下さいませ。嬉しくて、仕事が手につかなくなりそうですわ」


「・・・そういうもの?」


「そういうものです」


 二人して、同時にくすくすと笑いあった。


「どうしてわたくしたちに名をお聞きになりますの?」


 エマの優しい手つきに、エリスは目を閉じながら答えた。


「最初はね、すぐにここを離れるつもりだったんだけど、なぜか日に日に滞在がのびているでしょう。気がつけばもうすぐひと月を迎えそうだったから」


「・・・わたくしたちはエリス様のお世話を託されて毎日が楽しく淡い恋をしているようでございます」


「恋?」


「ええ。決して叶いませんけれど、凛々しいエリス様のお傍でお世話をして時折声をかけていただいて微笑みを見せていただいて。ここは若い侍女たちばかりですから皆がエリス様に夢中ですのよ」


 内緒ですけれど。とエマは声を小さくして続けた。


「よその担当の侍女仲間から、交代してほしいとよく言われますの。もちろん、だれ一人交代を了承する者はおりませんけれど」


 ふふっとエマが笑った気配を感じた。

 タオルで髪を拭くのは終わったようで、今度はゆっくりとブラシが髪を梳いていく。

 エリスはその感触が気持ち良く目を瞑ったままでいた。

 

「そんな風に言われると、私が好かれていると勘違いしてしまいそう」


「まあ。勘違いではありませんわエリス様」


 え?とびっくりしてエリスが目を開けるとエマも驚いた顔をしていて、またしても二人同時に笑い出した。


「勘違いではありませんのよエリス様。ドラゴンを飼い馴らす希代の男装の乙女として城中で大変な人気ですのよ。クリストフ殿下の命でエリス様にお会いできる者が極端に制限されているおかげで、貴族からの呼び出しは門前払いされておりますし夜会などの招待もすべて殿下が握りつぶしておいでですのよ」


 エリスの目が見開かれ、エマを凝視しているとエマは困ったように首を傾げた。ほのかに染まった頬といいその仕草は女の子特有の艶を含んでいてとても可愛い。


「もちろん、わたくしたちも皆エリス様をお慕いしております」


 さらにそんなことを言われると、余計に可愛さが増す。


「参った」


 え?とエマが聞き返した。


「可愛いすぎる。どうしてそんなに可愛いの?恋をすると可愛くなるの?」


 エリスはエマのもっと染まっていく頬を見ながら目を閉じた。

 エマのブラシは完全に止まっている。


「ねえ、エマは恋をしたことがある?どんな気持ちになった?」


 暫く答えは返ってこなかった。

 それでもエリスはかまわなかった。

 

 エリスは今まで恋なんてしてこなかった。

 心を揺さぶられたのは、村に住んでいたころ数軒先に住んでいたヒューおじさんの狩りの腕前を知った時だったように思う。

 自分はそれを知ってから、女の子だというのに狩りについて行き、根負けしたヒューおじさんに狩りの仕方、山での生き延び方、弓矢と剣の使い方などを教えてもらい喜々として覚えた。

 狩りの最中に魔物や害獣と出会ってしまった時の対処方も教えてもらった。


 同じ年頃の女の子たちがかっこいいと言う男の子よりも、ヒューおじさんの方が凄いと思ったのでそれを素直に述べたら、そういうことじゃないと憤慨され変わり者と呼ばれた。

 両親はヒューおじさんに文句を言いに行ったが、エリスはそれを恥ずかしく思った。

 だから自分は他の女の子と違うのだと何度も両親に言った。

 女の子らしくなくてごめんなさい、とも。

 その度に言い合いになり、両親に悲しい顔をさせてきた。

 それが嫌で、エリスは冒険者として村の外で暮らすことを早々と決めたのだ。



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