訓練場②
ふわっふわの金とも茶色ともつかない髪をゆるく首元で結び、着崩した騎士服でアインの上司はエリスの手をにぎりにこにこと聞いた。
「綺麗で可愛いお嬢さん、今晩ひま?」
アインの鉄拳が入る。
「アンタ、また娼館行って朝帰りだろ。制服で行くなって何度言やわかるんだ!俺たちの評判、がた落ちだろうがっ!行くなら私服で行け!」
あいたた、と頭を撫でつつエリスの手は離さない。
「あ、俺ニコラス。第八隊の隊長さんで~す」
「だから人の話を聞け!」
アイン、大変そうだ。
「聞いてるって。制服で行くのは女の子たちの受けがいいんだよ。モテるしねぇ。そうだ。今度はお前も一緒に制服で行こう!モテモテだぞ☆」
「うるさいわ!語尾に気持ち悪いモンつけんな!」
はー、とニコラスがため息をつき香水のにおいをさせたままエリスに近づいた。
首元やだらしなく開いた服から見える鎖骨にも赤いキスマークがついている。
「んで、お嬢さんの名前は?剣握る人だよね?何しにきたの?」
見学です、と答えようとしたエリスに変わって、ニコラスとつないだままの手をアインが強引に離した。
「おい、よーく聞いとけよ。後ろのお前らもだ!こいつはエリス。クリストフ殿下の妃候補で、閣下の招待を受けて騎士団を見学に来た。変なマネしてみろ首が飛ぶからな!」
ついでに俺の首も飛ぶから余計なマネは絶対するなよ!ときつく釘をさしたアインだったが、特にアンタ!とニコラスを指さした。
「え~残念。俺と一緒だと楽しいこといっぱいできるよ?いつでも相手するから言ってね」
「あ~、言ってるそばから首を飛ばそうとする隊長のことは俺がしめるので、各自訓練に戻れ!以上!」
アインがニコラスの首元をつかんでずるずるとひきずって行くのを見送って、エリスは辺りを見回した。
途端にさっと躱される視線。誰とも目が合わないことに苦笑する。
「邪魔だと思うが見学させてくれないか。宜しく頼む」
誰に向けて言ったわけではないが軽く会釈して、隅の方に寄り開始された素振りやトレーニングを見て暫く過ごした。
※ ※ ※
少し離れたところでアインとニコラスがやりあっているのが見える。
二人とも素手で武器の類はもっていないようだった。
アインが一方的に仕掛けていてニコラスをぼこぼこにしているように見えて、相手の方が一枚上手だった。アインの全ての攻撃を寸でのところでかわしている。
「あれはストレス溜まるだろうな・・・」
全ての攻撃が当たりそうで当たらない。見ているエリスでさえ知らず知らずのうちに肩に力が入る。
その時、ふと名前を呼ばれた気がした。
辺りを見回したが、エリスを呼んだ者などもちろん誰もいなかった。
皆、真面目にトレーニングに取り組んでいる。
腕に抱いているスーに目をやったが、相変わらず空虚な瞳は変らない。
空耳か?
ピィー、と甲高い笛が鳴り響き、小休憩!と誰かが叫んだ。
途端に、張りつめた空気は霧散しがやがやと騒がしくなる。誰もが皮袋に入った水を手に取り、汗をぬぐっている。どこかへ走っていく者もちらほらといる。
そうした若者たちはエリスを放っては置かず、あっと言う間に囲まれてしまった。
「それ、ドラゴンだろ?実際、どんな大きさなの?」
「あんたも一緒に訓練しようよ」
口々に話しかけられ、戸惑いながらも返事を返す。
そこへ全身汗だくのアインが戻ってきた。皮袋とタオルが投げられ難なく受け取っている。
「副班長お帰り!」
おう、と返事をして水を飲み残りを頭からぶちまけている。
「ニコラス様は身が軽いな」
「あぁ、ほんっとに腹立つ。俺、一度も当てたことねんだよな」
「それはお前が冷静になりきれてないからだろう?途中からずいぶんと熱くなっていた。冷静に捌けば当たると思うが」
エリスがそう言うと、アインがびっくりした顔をしていた。
「何かおかしなことを言ったか?」
「いや、エリスがそう言うなら今度は冷静にやってみるわ」
ざわざわと周囲がざわめいた。曰く・・・
「おい、今度の賭けはアインの倍率ちょびっとあがりそうだぞ!元締めに言っとけ!」
「俺、副班長に賭けるわ!」
「いや、まだ俺は班長に賭ける!」
「お~い、そういうこと堂々と言っちゃうと取り締まらんといかんから、ちょびっと押さえろよ~」
のんびりとやってきたニコラスが制する。
「班長!今度の手合せの時アインがやってくれそうですが班長の抱負はいかがですかっ!」
若者がニコラスに詰め寄る。
対してニコラスは眉をしかめた。
「あんまり近寄んなよ~お前ら汗臭いんだから。綺麗なお姉ちゃんならオールオッケーだけど野郎はダメ」
しっしっ、と手で追い払う真似をするニコラスに、若者からブーイングが起こった。
ちょっと班長そりゃないですよ、可愛い部下たちにひでぇ、とか口々に文句が出ているが全員兄弟かと言いたくなるような仲の良さだ。
「お嬢さん、なかなか的確な助言だったな。お嬢さんは誰に訓練受けたんだ?」
ニコラスが寄ってきて、ふんわり良い匂いをさせながらエリスの肩を抱いた。
瞬間、アインにその手が、ばしぃっと叩き落とされる。
「俺が死ぬ目に合うだろーが」
ちぇっ、とわざとらしく叩き落とされた手を振ってニコラスは尚もエリスの傍を陣取った。
「お嬢さんの冒険者レベル、何級なの?」
素直にA級だと答えると、なるほどねぇと何度も頷いている。
「アインがさぁ、ドラゴン討伐組んだグループの中に凄い女がいたって言うからどんなゴツイんだろうと思ってたけど、あれあんたのことだね。こんな可愛らしい美人なお嬢さんがねぇ」
うんうん、と頷くニコラスをアインがもういいだろ!とその背中をバシンと叩いた。
ニコラスがさっと手を伸ばして、エリスを抱きしめて二の腕をモミモミしだした。
エリスの全身に鳥肌が立った。
頭で考えるより早く、体が動いていた。
ニコラスの足の間に自分の足を入れ、その上半身を押し倒したのだ。
気がつけば、馬乗りになって首に手をかけていた。
「おいおいおいおい、完全に隊長が悪いけど殺すのは良くないぜ?な?」
アインがエリスを立ち上がらせた。
辺りはシン、と静まり返っている。
「ああ、すまない。やりすぎた。生理的に気持ち悪くてつい・・・」
どっ、と爆笑が沸き起こった。
「俺、女の子に気持ち悪いとか言われたの初めて・・・」
ニコラスが若干涙目だ。
「アンタ、普段から割とそんな感じですがね。自覚できて良かったんじゃないですかね」
アインの追撃も厳しい。
そこへピィー、ピィーと笛が二度鳴った。小休憩終了の合図らしい。
ズキン、とエリスの後頭部に痛みが走った。
思わず手をやって押さえたが、すぐに痛みはなくなった。
ニコラスが手招いているので、若干警戒しながら近づく。
「これから模擬戦するんだけど、一緒にどう?」
それはどんな?とやり方を聞いたエリスにニコラスは笑顔で答えた。
「模造刀でトーナメント!」
大丈夫、団体戦にするしお嬢さんも最近筋肉使ってないだろ?だから一緒にやろう?楽しいよ!と熱心に誘ってくれるのだが、なんで鍛錬不足だと分かった?
さっきの抱きしめられた時か?
「ただの変態ではないと言うことか・・・」