訓練場
エリスは、クリスを傷つけた自責に駆られ部屋でじっと考え込んでいた。
考えすぎて、あまり眠れなかった。
外に出る気持ちにもなれなかった。
朝食に出てこないエリスを心配して、お姉さん方がバスケットに飲み物や軽食を入れて差し入れてくれた。
なんて気の回る人たちだろう。
私にその女性らしさがほんの少しでも備わっていれば、クリスを傷つけずにすんだのかもしれない。
エリスの気分もどん底だ。
優しい陽気が窓から差し込み、静かな部屋を暖める。
それは、少しだけエリスの気持ちを和らげた。
昼前になって、どんどん!と遠慮なく扉が叩かれた。
緩慢な動作で椅子から立ち上がり、はいと返事をした。
「あ、おれおれ!お前、いるんだったらここ開けろ」
声はアインだ。
「・・・おれという知り合いはいない」
冷たく答えたのはただの八つ当たりだ。サンドバックになってくれ。
「おい、そりゃないだろ。俺たち討伐組んだ仲間だろぉ。とにかく開けろ」
「帰れ。今日は引き籠る」
「おいおい、閣下のお召しだぞ?直々のご指名だしお前連れていかんと俺が半殺しになるんだぞ!」
「知るか!半殺しになってこい」
やけくそになったエリスの暴言にもアインは引かなかった。
「ところでお前、いつ閣下と知り合ったのよ?」
「・・・閣下って誰だ」
「え?知り合いじゃねえの?まぁいいか。モーリス閣下だよ。騎士団の最高顧問。フレッド・モーリス。ほんとに知らねえの?」
「フレッド?赤銅色の髪の、いかにも騎士っていう方か?」
「いきなり名前呼び?俺なんか十年いるけど未だに覚えてもらってないぜ。お前、愛人にでもなったの?」
失礼すぎるので、扉を勢いよく開けてアインの顔面にぶつけてやった。
「行こうか」
この怪力女、とアインが呪詛を呟くので腹に一撃見舞ってやった。
※ ※ ※
アインの先導で訓練場までやってきた。スーも一緒だ。
この城に滞在して早いもので二週間が過ぎようとしていた。
あちこちをうろつくとクリスが心配するので、どこかに行くときはクリスに必ず連絡をとりほぼ一緒に連れ立っていたのでこうして一人で出歩くのは新鮮な感じがする。(アインは悪友扱いなので数にいれていない)
「訓練中なのか?」
エリスの問いに、当たり前だろと短い返事が返ってきた。
「俺たちはいつも騎士服着て人命救助してる訳じゃないし、鍛錬も仕事のうちなの。仕事はいくらでもあるからな」
あっちが武器庫、そっちが兵舎と周囲を指さして簡単に説明してくれた。聞けば女性の騎士も少数いるらしい。
訓練場の足場は湿った土で、ところどころに雑草が見える。それを囲むように石段がぐるりと設置されその一角に天幕が設えられていた。
天幕は訓練場に向かって大きく開かれ、外に騎士が六人立っていた。
アインがこそっと、あそこにいるの全員えらいさんだからな、と注意をくれた。
たぶん、無茶言うなとか無理するなとかそういうことだと思う。あと、大人しくしとけも含んでいる。
そのうちの一人が、こちらに向かって手をあげアインが軽く会釈した。
天幕の中へ向かって声がかけられたようだ。
ほどなくして、昨日会った騎士・フレッドが出てきてエリスに手を上げてみせたので、アインの真似をして軽く頭を下げ、会釈しておいた。
「おお、よく来てくれた。急ですまなかったな」
この人と会うと背筋の伸びる思いがする。
「昨日の非礼をお詫び申し上げます閣下」
ぺこりと頭を下げるとフレッドが近づいてきてエリスの肩に手を置き、ぐっと上体が引き上げられた。
「そんなに恐縮することはない。私も詳細な身分を明かしていなかったのだ。お互い様だろう。それにクリストフ殿下の最有力妃候補だ。私に気を遣う必要はない」
周囲のぎょっとした雰囲気が伝わってくる。エリスは慌てて誤解を解こうとした。
「昨日も言いましたが、私は妃という柄ではありません。ただの客人としてお世話になっているだけです」
「それについては殿下を交えて協議する必要がありそうだが、今日のところはここで気晴らしをするといい。訓練を見てまわるもよし、参加するもよし。聞けば、剣を使うのだろう?対戦も許可するぞ?」
にこやかな閣下に礼を言い、アインと石段を下りていく。
「お前、いつクリストフ殿下の妃候補になったのよ?似合わなすぎだろ?」
アインが笑いをかみ殺して言う。
「さあ?なった覚えはないんだが、閣下と大妃様にはそう聞かれた。無理だと断ったぞ?」
「まあいいか。それで、お前はどこ見たいのよ?」
エリスは遠慮なく鍛錬を見たいと言った。騎士の対戦や武器庫も見たい、と言うと苦笑が返ってきた。
鍛錬は班に分かれて10人から20人で行っているという。
全体訓練は一週間に一度だとか、時には得手とする武具による武具別の訓練もあるとか、レクリエーションと称したトーナメント戦が時々あって上位に入賞するとイイコトがあるとか(にやけていたから女がらみのご褒美だと思う)騎士団のことをいろいろと教えてもらいながら歩いていた。
時折、冷やかしの声がかかったがアインが強く睨むと、それはすぐに消えた。
「アインはここでの立場、上の方なのか?」
素直に聞いたエリスにアインは、はぁ?と気の抜けた声で応じた。
「平でもねぇけど、えらいさんでもねぇよ」
班では副班長をしていて、トーナメントでたまたま上位に入ったら、上司から冒険者枠に押されて単独機動課に配属され兼任しているという。バートも班は違うが単独機動課だそうだ。(ちょっと手当があるらしい)
「お~い、その美人を紹介しろぉ」
アインが適当そうに手を振っている。
あれが俺の上司、あんななりだが滅茶苦茶強い、と苦い顔で言った。
うん、アインの方がまだ真面目に見えるちゃらさ加減だ。