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冒険者(女)と主夫  作者: やよい
10/41

解決はいまだ遠く

  


 やがてエリスの作業は終わり、騎士・フレッドも本を片付け始めた。

 クリスと大妃様の方も終わったようだ。クリスが若干凹んでいるようにも見えるが大丈夫なのだろうか。

 大妃様が手招いたので、粗暴にならないようにゆっくりと近づいていく。


「良い情報はあって?」


「はい。ありがとうございました。貴重な本ばかりなのでしょう?」


 大妃様はうふふと愛らしく微笑んで、そうねアレックスの愛情の賜物ねと目元を和ませた。

 そして、家でのクリスの様子を聞きたがった。

 エリスは大妃様の足元に座り、これまであったことを全て話した。

 彼女が祖母としてクリスを可愛がっていることは分かるし、普段離れて暮らしているクリスの生活を知りたいと願うのは当然のことといえた。

 それをエリスが報告するのも年長者として大切なことだと思った。


 朝食の際に給餌行動をするスーを止め、大けがを負ったこと(大妃様は痛ましそうな顔をされ、エリスの良心はひどく傷んだ)や毎日の主夫業を完璧にこなすクリスの献身、スーとの言い合いで両者間に不可侵の約束事があるらしいことなど、大妃様の上手な聞き手ぶりにたくさん語った。


 その間、クリスは騎士に慰められていた。


 やがて西日が夕日に変わり部屋が暗くなりだしたので、辞去することにした。

 緊張もしたが楽しい時間だった。


「そうそう、近いうちに夜会を催すのだけれどエリスも参加してほしいわ」


 女神の微笑みが、ノーを言わせてくれない。

 騎士・フレッドがダンスの教師を差し向けますから心配いりません、と追い打ちをかける。

 隣のクリスを窺うと、すみません僕に拒否権はないんですと涙目で謝られた。


「ドレスも用意しなくちゃね。楽しみだわ」


 本当に嬉しそうな大妃様を見ていると、仕方ないなと苦笑が漏れる。

 無邪気で楽しいことが大好きな麗しい女神さま。


「ところでエリス、クリスの妃になる気はある?」


 きょとん、と瞬いたエリスは、いいえまったく。と答えた。

 辺りが一瞬静まりかえり、大妃様と騎士は憐みの目をクリスに向け、クリスは打ちひしがれて地面に膝をついた。

 クリスのがっかり感に焦ったエリスが、私が妃とか無理でしょ?!身分も違うし、そんな身の程知らずなことありえない、と言ってしまい更にクリスを絶望に追いやったことは誰の目にも明らかだった。


 エリスにとっては有意義な、クリスにとっては不幸な図書室での出来事は、兄王子たちにもいつの間にか知れていてクリスを立ち直らせるのに時間がかかったのであった。



※ ※ ※



  ドラゴンの生態とその給餌行動について

 

                               オーガスト&ニール・スコット共著



 第二章

 

 先に述べた通り、ドラゴンは幼少期に肉や魚などの大量の餌を必要とする。

 体が生育し、成獣となってからはそれら餌の必要はないが繁殖期が訪れると多少の餌が必要になる。

 具体的に述べるなら、番を得る際に餌で釣るのである。

 ドラゴンの種類や住む場所によっては繁殖期に必要となる餌の種類も変わる。(※3 巻末に記載)

 

 

 ドラゴンの給餌行動は求愛行動でもある。

 雄は食べ物を分け与え食べさせることで求愛を表し、雌が受ければそれを咀嚼する。しかし、力の強い雌の場合、餌だけを強奪することもある。

 

~中略~


 給餌行動で互いの気持ちが一つになれば次は名前の交換である。ドラゴンには棲み家や里があり、一定の水準に達した文化が維持されていて名前の交換もその一つと考えられている。私が接した二匹のドラゴンから察するに、彼らは明言こそ避けたが里をほのめかすことがあった。里についてはいまだ発見されてはいないが、ドラゴンの個体が数匹から数十匹より集まり暮らしている可能性は否定できない。

 私の生涯において里を発見、観察することは悲願であり仮説を裏付けることに他ならない。



 名前の交換が終わると蜜月期とよばれる、二匹だけの生活が始まる。

 雄は甲斐甲斐しく雌に餌を運び、雌は雄を慕って鳴き声をあげる。この時期のドラゴンには決して近づいてはならない。

 ひと月に及ぶ蜜月期の交尾によって、雌は卵を産み子供が孵るまで温め続ける。こんな状態の雌ドラゴンに出くわしたなら、出来る限り早く走って逃げよう。なわばりとよばれる一定の距離から脱出できたのなら、あなたは安心していい。しかしなわばりから脱出する前に運悪く襲われてしまったのなら神へ祈りを捧げるしかないだろう。


 私が観察したかぎりでは、子供が孵ってからの雌ドラゴンの凶暴性はやや落ち着く。

 雄ドラゴンは卵が産まれて暫くすると巣を放棄し、雌と子供を連れて棲み家を変える。私は里へ戻るのではないかと考えている。

 

 

※ ※ ※



 落ち込んだクリスを彼の部屋の近くまで送っていくと、お姉さん方がいたので後を頼んできた。

 にこにこと笑顔のお姉さん方に伴われて部屋へ戻るクリスを見送った。

 

 帰り、クリスは殆ど喋らなかった。それでも手は繋いでくれた。


 エリスとしては、クリストフ王子の妃になるつもりは全くなかったのだから大妃様に答えた言葉は真実だ。偽りはない。

 でもクリスを傷つけるつもりもなかった。

 クリスが好意をもってくれていることは恋愛事に鈍いエリスでも分かる。エリスも、クリスのことは好きだ。それは人として好きなのであって恋情ではないと自分で分析している。スーのことも同じだ。

 だから慰めようもなかったし、どう声をかけて良いのかも分からなかった。


 繋いだ手を離した時、クリスの目にあったのは暗い淀んだ色だった。

 そんな暗い目をさせたい訳じゃないのに、いつもの美しい緑の目を失わせてしまったことに罪悪感を覚えた。恋愛の経験の少ないエリスには何も言えなかった。

 腕のなかのスーの柔らかさがほんの少しエリスを慰めた。

 

 

クリス   まだプロポーズまでいってもいないのに、おばあ様に先に言われてしまうなんて情けない。そしてつらい。もう僕なんて穴に埋まってしまいたい。

フレッド  殿下。こう言っては何ですが、男として意識されていなかったものが、大妃様の一言で今、 認識されたと見方を変えてみてはいかがですかな。

クリス   お前も、僕の傷に塩を塗り込むね。

フレッド  何をおっしゃいます。男子である以上、譲れないものがあるなら諦めるべきではありません。まだお若いのですからこれからですぞ。

クリス   ・・・説得力のある言葉だけど、お前は何年諦めずにいたの?

フレッド  約30年ほどですかな。

クリス   ・・・僕はまだそこまで到達してないようだよ。

フレッド  いやいや、今でこそ言えますがアレックス様の露骨な妨害はそれはそれは堪えました。しかし思うだけなら自由です。

クリス   僕も諦めない自信はあるけど、振り向いてもらえる自信はない。

フレッド  変わらぬ真摯な気持ちを捧げればよいのです。いずれ気持ちが通じるか、ご自身に区切りがつけられるでしょう。

クリス   必ず成就するとは言わないお前のそういう真面目なところ、好感がもてるけど今はもっと優しい言葉がほしかったよ。

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