「前鬼様、前、前っ!」
「前鬼様、前、前っ!」
「えっ?」
後ろを振り返りながら歩いている私は、後鬼ちゃんに叫ばれ、前へと振り返る。
「うわっ!」
突如嫌な感覚が顔を襲い目を閉じてしまう。目を閉じたまま、少し固まってしまう。
顔に覆いかぶさる感覚。少し擽ったいような、べたべたするような……蜘蛛の巣だ。
「あ~べちゃべちゃですね」
目を開けようとした瞬間、その糸にカサカサと動きを感じる。
「蜘蛛、蜘蛛っ!嫌っ!」
見えない。だからどんな大きな蜘蛛か、どんな派手な模様の蜘蛛か、と恐怖が走る。
手で払えばいいのか、顔を振ればいいのか。ただただ悲鳴を上げることしか出来ない。
「あの、私なんですけど…」
後鬼ちゃんの声。はっと我に返る。さっきの感覚は蜘蛛の巣を払っていた後鬼ちゃんだ。
「もう!早く言ってよ!」
「びっくりしすぎですよ…。声はかけたのですが、聞こえてなかっただけだと思います」
「むぅ…」
流石に驚きすぎていたのか、そう言わればそう思えてしまう。
「蜘蛛は……居ませんね」
蜘蛛が居ないと聞いて緊張が緩む。
「ちょっと待っていて下さいね」
後鬼ちゃんが私の顔や髪に付いた蜘蛛の巣を払っていく。時々擽ったい。
しっかりと目で確認しているのか、かなり顔が近い気がする。
顔に後鬼ちゃんの息が掛かる。くすぐったくて、ちょっとドキドキしてきた。
私は何も見えない。私の慌てっぷりに、後鬼ちゃんは笑っていないだろうか。
そんなことを考えていると、なんだかものすごく長い時間が経っているような気がする。
「これぐらいで大丈夫でしょうか」
恐る恐る目を開けると……目の前には、にやにやと笑っている後鬼ちゃん。
「前鬼様。ちょっと面白かったです」
私に返せる言葉は無かった。




