「後鬼ちゃんっ!」
「後鬼ちゃんっ!」
叫びながら前鬼様が私に飛びついてくる。
抱き抱えた彼女はとても軽かった……
底なし沼の湯、今私たちが入っている湯の名前だ。
有名な温泉街に来ている。その中でも多様な湯があることで有名な温泉宿を選んだ。
湯の色、温度、木製や石造り、迷ってしまう程の湯の数々。
私が興味を示したのが、この底なし沼の湯だ。
深い湯船に、これでもかと肌に良い泥を注ぎ込んだ湯である。
好奇心もあったが、何よりその効能に惹かれ、入ってみることにした。
ずぶずぶと身体が沈んでいくような感覚はとても新鮮だ。
「どうなの?」
「不思議な感じですけど、温かくて気持ちいいです」
外から興味深そうに声を掛けてくる前鬼様に答える。
入ってみたいとうずうずとしているので提案してみる。
「こちらの方は浅かったので、前鬼様でも届くと思いますよ」
湯の入り口の部分は坂になっていた。そこなら足がつくだろう。
それならばと楽しそうに前鬼様は湯に入る。
徐々に深くなっていく坂にだんだんと下半身が消えていく。
「あっ!」
前鬼様が声をあげる。一気に身体が沈んでいく。
雲を掴むように手をばたばたさせて慌てる前鬼様に私も慌てる。
「後鬼ちゃんっ!」
もう少しで顔まで沈みかけていた前鬼様が私に抱きつく。
どうやら足を踏み外して、どこが坂であったか分からなくなったようだ。
「戻りましょうか?」
「いや、いい」
もう少しこのままで。前鬼様は私に身体を任せたままで答える。
ぽかぽかと体温よりも温かい泥。肌を隔てるぬるぬると滑る泥。
とても気持ちがいい。




