「後鬼ちゃん~」
「後鬼ちゃん~」
小さな声で前鬼様が呼んでいる気がする。とても眠い。回らない頭で返事を返す。
いつもより早く寝た前鬼様。そういえば寝る前にお手洗いに行っていなかった。
草の匂いと頬を撫でるそよ風。開けっ放しになった戸……はっと目が覚める。
一人で大丈夫だろうか。心配になった私は布団から飛び出し、廊下に出る。
「えっ」
前鬼様はお手洗いと反対方向の廊下へ歩いていた。
何事かとお手洗い側の廊下を見て直ぐに合点がいく。
とても暗いのだ。ましてや一人きり。
遠回りをしてでも月明かりに照らされている廊下を選んだのだ。
普段ならぺたぺたと足音を立てるのだが、覚束ない忍び足で歩いている。
ここで閃く。普段夜中に一人っきりになることが珍しい前鬼様。
脅かしたらどうなるのかと非常に興味が湧いてきた。
そうと決まれば早速、音を立てないようにお手洗いの方に向かう。
物陰で静かに隠れて待っていると、弱々しい鼻歌が近づいて来た。
月の明かりもずっと続くわけではなく、心細さからか歌い始めたのだろうか。
可愛らしい歌を聞いているうちに、どう脅かすかを決めてないことに気がついた。
現れた前鬼様 。その目の前で手を叩く。咄嗟に出た行動は猫騙しだった。
可愛らしい悲鳴が聞ける、と期待したのに結果は沈黙だった。
前鬼様は息を吸い込んだまま硬直していた。
「あの、前鬼様?」
ようやく突然の猫騙しの正体に気がついたのか前鬼様はゆっくりと息を吐く。
それと同時にへなへなと力が抜けたように座り込む。
顔を覗き込むとわなわなと震え始めた前鬼様の目には涙が浮かんでいた。
次第にその表情は怒りと恥じらい、安心や緊張の緩みが入り混じっていた。
上目遣いで見上げてくるその表情は可愛かったが、後のことが大変だった。




