091 メリア もこもこ 毛も もこもこ
ねんがんの ふわもこを さわれたぞ!
私の腰ほどの高さがある柵でぐるりと覆われた、始まりの町の東に広がる牧草地帯を見渡すと、沢山の『メリア』が顔を地面に近づけて、そこに生えている長い草をモグモグしている光景が広がっていました。
結構ゴッツイ角が生えていますが、ヒツジっぽい見た目の印象通りで草食動物みたいですね。
眺めていると、すっごい近寄って触ったり撫でたり揉んだりしたい衝動に駆られるのですが。
無断で柵を乗り越えてなかに入るのは駄目ですよね……
この場所を管理していらっしゃる牧場主さんは何処にいるのでしょうか。
辺りを見回してもそれっぽい方がいらっしゃらないので、ひとまず始まりの町の方向へ柵を伝って足を進めてみますと……帽子と頑丈そうなエプロン状の前掛けにつなぎの服といった出で立ちの、非常にそれっぽい年配の男性が柵の中で『メリア』を撫でたり揉んだりしつつ、草を食んでいる顔を覗き込んだりしておりました。
恐らくこの人でしょうか? ちょっとお声を掛けてみる事にしましょう。
「あの、お早う御座いますー」
「はいはい! おはよう御座います! 何のご用ですかな?」
曲げていた腰を伸ばして此方に顔を向ける暫定牧場主さん。
私が『メリア』の毛を譲って欲しい旨をその方に伝えると、ちょっとビックリしたように両目を見開いた男性は、私の格好をあちこち眺めながら首を傾げつつこう仰いました。
「間違っていたら申し訳ないんですが、お嬢さんは祝福の冒険者さんですかな?」
「はい、祝福の冒険者でフワモといいます!」
「これはご丁寧にどうも! 私はこのメリアの牧場経営をしておりますジョーンズといいます」
私と牧場主さん……ジョーンズさんは柵を挟んだ状態で、互いにペコペコと頭を下げつつ自己紹介をしました。私の背後を通り過ぎていくプレイヤーさんが、何か変な物を見たという様な表情で東の草原方面へと歩いて行く様子が、挨拶を交わしている私の視界の端に写ります。み、見られている!?
人気の余りないこんな所で挨拶合戦を繰り広げていたら、そりゃ目立ちますよね……
私がそんな事を思いながらキョロキョロしていますと、ジョーンズさんが傍らに佇んで草を食んでいる『メリア』の背中をポンポンと優しく叩きながら、笑顔でこう仰いました。
「うちのメリアの毛は町のお店でも販売してますし、冒険者さんが使うような戦闘用の装備には合わない素材ですのでね……どうしてわざわざ祝福の冒険者さんが、牧場まで直接購入しにいらっしゃったのかと思いましてな」
「ああ、えっと、理由はちょうど近くを通りかかったという単純な物なので、深い考えがあったわけでは無いんです……あとやっぱりメリアを自分で撫でてみたいなーっていう……」
目の前でジョーンズさんがしているようにモミモミしたいんです。精神的な疲労によりささくれ立った私の心を癒す為なんです。すごい切実なんです。
「なんと! 直接触って納得できた素材を販売して欲しいという事ですかな!」
「えええ!?」
私が目の前で大人しくジョーンズさんに撫でられている、モコモコの『メリア』に視線を向けながら自分の欲望を言葉に出してみますと。
なにをどう勘違いなさったのか、私が素材に対する類稀なるこだわりを持ってココに来た、みたいな誤解を生んでしまった感じの返答が帰ってきました。
いやいや! ただ単に『メリア』にモコっと抱きついたりして癒されたいだけです!
ジョーンズさんの誤解を解くために、色々と身振り手振りを入れて説明すると、とりあえず誤解を解いてくれたジョーンズさんが、良いですよどうぞどうぞ! と言いながら笑顔で少しはなれた所にある柵の出入り口まで案内してくれました。
やりましたよ! ふれあい牧場! 抱きついたりしても良いのかな!?
「ささ、こちらから中に入って下さい」
「お邪魔します!」
柵に付けられた金具を外して隙間を開けて下さった笑顔のジョーンズさん。
私を牧草地帯の中に招き入れると、近くにいた『メリア』の近くに歩み寄り、そのモコモコな毛で覆われた『メリア』の首辺りをワシワシと揉んであげながら、私に手招きをしてきました。
「ささ! 此方へ! マッサージをする感じで優しく触ってあげると良いですよー」
「は、はい! それでは失礼致しまして……!」
念願のこの世界で最初のふわもこ生命体との接触!
とりあえず目の前で私の事をじーっと見ている『メリア』の背中辺りに右手を伸ばしてみます。
モコッっと沈み込み右手。ふぉー! コレは良い物だ!
そこからは遠慮する気持ちも吹き飛んでしまいまして、ワシワシと両手で撫でたり揉んだり、抱きつく感じで胴体にガシっと両手を回して顔を埋めて頬ずりもしてみたり! 結構激しく触ったのですが『メリア』は別に嫌がる素振りも見せずに、その場でモグモグ草を食べ始めていました。
顔を埋めた際に『メリア』の毛からは植物っぽい香りがしていました。
食べている餌の影響でしょうか? ハーブの香りみたいな感じで私は嫌いじゃないです。
ふと気が付くと、横でジョーンズさんが凄い笑顔で私の奇行を眺めてらっしゃいました。
ぬはぁ! テンション上がりすぎた、恥ずかしい!
多分、今私の顔面は真っ赤になってると思います。
でも我慢できなかったんです……【ふわもこファーム】の『メェ』とはまた違った柔らかさと弾力、手や顔がめり込む位の毛の硬さなのに、優しく押し返すような弾力さえある!
これは枕や布団に使うよりはクッションの中に入れるのが最適なのでは!
いや、むしろ全部作って試しても良いのでは!
ふーいかんいかん、テンションを下げるのだ私。
とりあえず、少し落ち着くために深呼吸をした私は、未だ笑顔で私を見ているジョーンズさんに『メリア』の毛のお値段を聞いてみました。
返ってきた答えは、大体一抱え程度で100ゴールド程だと言うお話です。結構お買い得?
「どうです? ご堪能いただけましたかな!」
「はい! それはもう! このまま一匹連れて歩きたいくらいには!」
「ははは! それは嬉しい限りですなぁ! ウチの『メリア』をそこまで褒めていただけるとは! 手塩にかけて育ててきた甲斐があると言うものです!」
そんな感じで談笑しつつ、ジョーンズさんに一抱え分100ゴールド相当の【メリアの毛】を購入する旨を伝えますと、でしたらココにお持ちいたしますので少々お待ち下さい、と告げたジョーンズさんが少しはなれた場所にある建物へ向かって歩いていかれました。
そういえば……プレイヤーでも動物を何処かで手に入れて、牧場みたいな施設を利用して飼育したりは可能なのでしょうか?
土地はアイテム購入するみたいにお金を払って手に入れる感じで行けそうですが……
もしもプレイヤーがこういった『メリア』みたいな動物を飼育するとなると、ログアウト中は餌やりその他のお世話は出来ないですよね。
そんな事を考えているタイミングで、一抱えほどもある布袋を抱えたジョーンズさんが戻って参りましたので、今しがた疑問に思った事を質問してみますと。
「ええ、土地は売れませんが貸し出しという形で宜しければ、牧場の端を使っていただく事も可能ですよ!」
「ほ、本当ですか!」
「勿論! それに餌の代金とそれなりの手間賃をお支払い頂けるのならば、手の開いている若手の者を付けて、シッカリとお世話もさせて頂きますとも!」
これはいい事を聞きました!
何処かで出会う可能性の有る、ふわもこ生命体を飼育できる算段が付きましたよ!
顔を見合わせて笑顔を交わすジョーンズさんと私、肩を並べてニコニコ笑いあいながらも、横に居る『メリア』を撫でる手が止まりません。
あぁ、今朝は散々な目に遭遇してヘロヘロでしたけれど……ちょっと元気でた!
私はジョーンズさんに100ゴールド硬貨をお渡しして毛入りの袋を受け取ると、いつか土地をお借りする事があるかもしれない旨を伝えます。
ジョーンズさんは快くそれを了承して下さいまして、なにやら名刺の様な物を一つ懐から取り出してペンでサインを記入して私に差し出して下さいました。
それは『ジョーンズ牧場』と書いてあるカードで、私とジョーンズさんが知り合いだという証明になる物だという事でした。
「わぁ! すみません、わざわざありがとうございます!」
「いえいえ! 『メリア』の揉み方や撫で方、非常に素晴らしかったですよ! 『メリア』に対する愛がありました!」
何やら私の欲望丸出しな『メリア』の毛に対する行動をべた褒めされました……
これは素直に喜んで良いのだろうか。
その後ジョーンズさんにお別れの挨拶をしてガッチリと握手、牧場を後にします。
歩きながら、メリアの毛入りの布袋をアイテムボックスへ収納しようかと思った私ですが。
折角なので両手でムニムニしながら移動する事にしました。ナイス弾力。
あー……このままでもクッションの代わりに使えそうな感じです! 良い買い物した!




