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閑話 02 主任の笑み と AIのため息

主任ふたたび。

三人称です。

 ここはcompound world onlineの運営会社本社ビル二階。


 仄かに埃の匂いが漂うような普段全く人の出入りが無い部屋で、据付で置いてある椅子を器用に並べて即席の寝床を作り、そこでいびきをかきながら眠っている男が一人いた。


 周囲のデスクには、年月日に分けて綺麗に束ねられた書類の山が、所狭しと積み重ねられた状態で放置されていた。男が昨日目を通した後、片付けないままデスクの上へ放置したままなのだ。


 現在、compound world onlineサービス開始から一夜。

 大量に送信されてきた問い合わせメッセージの確認作業を、昼勤務のオペレーター達と入れ替わりで出勤してきた、臨時夜勤のオペレーターに丸投げして、丸々二日間眠っていなかった男は睡眠欲に負けて、後は任せたという台詞を残し仮眠を取る為に人の居ないここ、資料室へと足を運んで横になったのである。


 寝付くまでに軽く気になった資料を寝物語のかわりに読みながら。


 もぞもぞと体を動かした男の口からハクション! 大きなくしゃみが資料室に響き渡る。


 うぁー……という何とも冴えない唸り声を上げながら鼻をすすり、更に酷くなった無精ひげまみれの顔を両手でガシガシと擦った男……プログラム主任は、ガタンガタンと椅子の即席寝床を崩しつつ起き上がり、一度大口を開けて欠伸をする。


「あー……この部屋空調弱いんじゃないのか? 少々肌寒いな!」


 ガリガリと頭を掻き毟ったプログラム主任は、身体を抱きすくめる感じで両肩辺りを手で擦ると、無いよりはマシだろう程度の考えで布団代わりに自分の上へ被せておいた、ヘロヘロにくたびれた背広の上着に袖を通すと、床に置いてあった靴に両足を突っ込み立ち上がる。


 その後、手馴れた様子で大量に並べられていた椅子を撤去して収納し、軽い準備運度のようなものをこなして資料室を退出。


 夜勤オペレーターからの報告を聞きにいく前に、まず目覚めの一服でもしようと喫煙所へと足を向ける。


 通りすがりに社内据え付けの自販機から缶コーヒーを購入したプログラム主任は、現在時刻を確認する為に壁に釣り下がっている時計を眺める。時計の針は朝の8時を過ぎた辺りだった。


 彼が横になってから、大体5時間経過した程度だ。


 缶コーヒーを一口で半分消費したプログラム主任は、喫煙所へと到着すると残り本数の少ない煙草の箱を胸ポケットから取り出し、一本くわえて点火。

 ぐーっと煙を吸い込んで一気に三分の一ほどを灰に変える。


 作業しながら喫煙出来ればどんなに良いだろう、と思うプログラム主任だったが、現在会社から一任されて取り扱っているプログラムの専用機器に対して、煙草の煙はあまり具合が宜しくないので、そこの所は我慢するしかないようである。


 理由が理由なのでプログラム主任も一応は納得しているのだが。それはそれである。


 数回口を付けただけで吸い終わった煙草を灰皿に捻じ込んだプログラム主任は、缶コーヒーの中身を口に放り込んで飲み込み、ゴミ箱に空き缶を放り投げる。


 夜通し作業で、コンピューターAIと夜勤オペレーターが選り分けを終了させてくれている筈である、一期プレイヤー達から届いているご意見ご感想その他色々なメッセージを直接確認するべく、プログラム主任はその足で三階へと続く階段へと向かうのであった。


 寝不足気味で重い足を引きずるように進め、ひぃはぁと大袈裟に呼吸をしつつ階段を登り始めたプログラム主任の背広のポケットに納まっていた、社内連絡用端末がピリリと呼び出し音を立てる。


 慣れた手つきで端末をポケット抜き出したプログラム主任。

 端末を操作すると、自分を呼び出した相手に声をかける。


「あーはいはいーこちら滝沢、どうぞー」

『トランシーバーじゃないんですから普通に会話して下さい主任』

「ここは乗っておく所じゃないのかね春日居クンよ」


 プログラム主任は端末に向かって喋りかけながら、つまらなそうに口を尖らせると階段を登る作業を再開する。寝冷えしたのか鼻水が出てきたようで、懐からポケットティッシュを取り出すと思い切り鼻をかむプログラム主任。

 かんだ後のゴミは適当に背広のポケットに捻じ込まれた。


 騒音を奏でるプログラム主任の様子を想像したのか、端末の向こうで眼鏡の男がため息を吐いて、端末越しに声をかける。


「……風邪なんて引かないで下さいよ。まぁ起きていらっしゃるなら会議室へお越し下さい」

「はいはい、今丁度着いたところだよ」


 会話終了と共に会議室の扉を押し開けて、中に足を踏み入れるプログラム主任。

 部屋の一番奥で作業をしつつ連絡用端末に声をかけていた眼鏡の男が、顔を上げて部屋に入ってきたプログラム主任に視線を向けると彼に手招きをする。


 眠そうな夜勤オペレーターの後ろを通り抜け、足早に会議室奥まで到達したプログラム主任は、眼鏡の男がぐるりと向きを反転させて見せてくる、専用コンピューター端末の画面に目を通す。


 そこには、夜勤オペレーター達の選り分けとゲーム内でも活躍中の高度AIの判断、二つの手段による選別を終了したプレイヤーからのご意見ご感想がずらーりと並んでいた。


 ざっと一画面分のそれを上から下まで眺めたプログラム主任の顔に、何ともいえない笑みが浮かぶ。


「いやぁーこんなにか! うっはっは! 嬉しいねぇ!」

「僕としては、もうちょっと手加減して欲しい所ですけれどね」


 嬉しそうな笑い声を上げながら、画面をスクロールさせ始めたプログラム主任の顔。


 それを見てゲンナリとした表情で眼鏡の男がため息を吐きつつ、椅子から立ち上がる。

 プログラム主任と入れ替わりで仮眠を取る為だ。


 それでは仮眠を取らせていただきます、と抑揚の無い声で告げて会議室を出て行く眼鏡の男を、右手をひらひらさせつつ見送ったプログラム主任。

 彼が今まで座っていた椅子の上に腰を落ち着けると、選別されたご意見を確認していく為に、専用コンピューターに繋がっている総合AI端末へアクセスする為の、主任専用プログラム起動を開始する。


 アプリケーションが起動を終了する間に、AI用応答インカムを頭に装着したプログラム主任は、右肩をグルグルと回す感じで運動をする。


 起動作業から1分程経ったタイミングで、画面上に『起動完了』のポップアップが表示された。

 主任はふぅ、と一度息を吐くとインカムのマイクに向かって声をかける。


「やぁお早う」

『お早う御座いますマスター』


 余り質の良くないスピーカーから耳に入ってきたのは女性の声。

 素早い応答反応に笑みを浮かべたプログラム主任は、手元の専用コンピューターのキーを操作しつつ会話を続ける。


「今から、オペやお前が選別してくれたプレイヤー達の意見内容を検討していくから補佐宜しく!」

『はい、了解いたしましたマスター』

「それにしても凄い量だな! まぁ俺には宝の山に見えるがな! うはは!」


 ご機嫌にインカムのマイクに向かって会話を続けるプログラム主任は、一体何ページ分あるのか確認するつもりで、何の気なしに一番最後のページを適当に開き……

 最後のページの一番したにあるご要望の表題を見て、その手がピタリと止まる。


 眉間に皺を寄せてその表題を確認、ご要望内容を開いたプログラム主任だったが、記載されている文章を確認して一気に笑顔を浮かべ、最後まで読み終わるとブホッっと息を噴出するほどの爆笑に変わる。


「おまえ! これこの意見! わざと最後に設置しやがったな!?」

『……真ん中辺りに埋没させればよかったですね。不覚です』

「誤魔化すつもりだったなコイツぅ! っていうか、このご意見内容から察するにオペレーターの仕事とは別で、お前と仲良しになったプレイヤーが居る感じか?」


 プログラム主任がワクワクした表情を浮かべて待つこと数秒。

 沈黙の後にしぶしぶと言った感じでAIからの返答がスピーカーから発せられる。


『はい……アバター作成時に何かご質問があったらとお伺いしましたら……一番最初のご質問が、名前を教えて下さい、でしたので……マスターが付けて下さった開発ネームを固有名称としてお伝えしました。とても特徴的な方で、説明しながら楽しく会話させていただきました』

「だよなぁ……『System(システム) Administr(管理)ator()』……俺が適当に略して

System A』(システマ)って命名したお前の通称が、普通にプレイヤーから出てくる筈ないしな!」


 そう言いながら、ご意見項目一覧の一番最後に表示された表題を眺めるプログラム主任。


 そこには『アバター作成時の女性AI『システマ』さんについて』という一文が表示されていた。

本日は3話更新です。

89話はいつもの朝6時、90話は12時に更新しております。

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