084 キス と 味見 と 流転の女神
続 リーナの珍鑑定
先ほど面倒くさい手順で装着された手袋の効能が気になるので、ちょっと一番ボール君を渡す前に聞いて見ましょうか。付ける前に吹き付けていた液体も、一体何なのかついでに質問しよう!
今にも私の持っている一番ボール君に掴みかかろうとしていたリーナさん、私の言葉を受けて動きを一旦停止し、両手を自分の正面に差し出して、指をワキワキさせながらお答え下さいました。
「これね、超強力な洗浄の効果が付与された手袋! ホントに凄い効果で、コレで撫でれば大抵の汚れは一発! 解毒に解呪も出来ちゃう優れもの! これさえあれば一番ボールくんとチュッチュウフフしてもすぐ綺麗に出来るのです!」
「な、なるほど……先ほど手に吹き付けていた液体の方は?」
「アレは保護剤! この手袋って物品には安全無害なんだけど、強力すぎるが故に副作用があって、装備してる人に対してヤバイ効果が出ちゃうから、あれで中和してるのだ!」
ちょ!? そんな手袋常備してたり、簡単に装着してしまって大丈夫なんですか!?
思わずリーナさんの手にはまっている黒い手袋を凝視してしまいました。黒い危険物。
「えー……ちなみに副作用というのはどの様な……?」
「命に別状はないから大丈夫だよ!」
ふ、不安指数マックスなのですが。
まぁ大丈夫と言っているのであれば、私からご意見を言う必要は無いのでしょうか。
保護剤? とやらを持っているという事は、この手袋自体使い慣れている可能性が高いですからね。
それにしても恐ろしい装備です。
詳細のわからない装備はむやみに装着しない方が良い、という事が判りますね。
そんな事を考えつつ視線を正面に戻すと、待ちきれないといわんばかりの表情で、私の両手に挟まれた一番ボール君を見詰めているリーナさん。
……一応頑丈な物だとは【ガイド】さんに聞いてはいますが、お手柔らかにお願いしますね?
黒い手袋を装着し、綺麗に揃えて差し出している状態のリーナさんの手へ、ボールをパスする感じで一番ボール君を置きます。
いきなり撫で回したりするのかな? とも思っていたのですが、先に【鑑定】の方を済ますようですね。
頂いたそのままの状態で既に一番ボール君の詳細は判明していましたが、リーナさんの【鑑定】ではどの様な結果が出るのでしょうか? ちょっと楽しみですね!
先ほどと同じように【鑑定】を行使した後、じーっと一番ボール君を見詰めた状態で静止していたリーナさんでしたが、ふぅーと息をつきますと私に声をかけてきました。
「いやー伝説級なんて博物館以外で始めてみたよー! すごいすごい!」
「アイテムの効果の方は、あまり凄いものでは無くて普通なんですよー」
詳細の方は、名前以外殆ど判明しなかったよー等と苦笑いしながら言いつつ、両手で一番ボール君を撫で回しているリーナさん。
うんうん、思う存分堪能して下さい。
出来れば味見の方は自重していただけたら幸いなのですけどね。歯止めは利いてくれるのかどうか。
ムリだろうなぁ……
「詳細が判明してたって、何処かで鑑定してもらったの?」
グリグリと頬っぺたを一番ボール君に擦り付けているリーナさんが、私に視線を向けながら聞いてきます。やっぱり聞かれますよねーそりゃそうですよねー伝説級ですものね。
「あー先ほども言ったように、何処でもらったとか、どうやって鑑定したのかという部分を説明するとなると、色々と長くなりそうなのですが」
「あらそうなのぉ? 私も凄ーい気になるし、良かったら聞かせてくれないかしら?」
床の上に打ち捨てられていたリーナさんの白い手袋を拾い上げて畳みながら、エスメラルドさんもこの話題に食いついてきました。
そこまでご要望があるとなれば……不肖このフワモ、ご説明させて頂こうではありませんか。
私は【システマ】さんの所で【依り代】を作成した件から説明を始め、町へ移動した後にチュートリアルを行うフィールドへと転送された事や、もともと一番ボール君はそのチュートリアルで使用していた戦闘用ダミーのボールだった事。
それを記念品としてその場で頂いた事などを説明いたしました。
エスメラルドさんは瞳をキラキラさせながら、途中で何度も頷きながらコチラの話に耳を傾けておられました。こういうお話とか好きなんでしょうか。
リーナさんはと云うと、ついに一番ボール君にキスを敢行しつつ、私の説明を聞いていたようでしたが、一旦動きを止めると背筋を伸ばして私に声をかけてきました。
「そうすると、この伝説級アイテムを詳細確認出来る状態にしたのは、そのお話に出てきた【ガイド】さんって言う方なのかな?」
「多分そうです、受け取った時点で全部判明している状態だったと思いますので」
そもそもプレイヤーが取得できるアイテムでなかった一番ボール君を、その場で取得可能なアイテムに変更したのも【ガイド】さんですからね。
システム側の存在ですし、もしかしたら【鑑定】レベルも限界を突破したりしているのかもしれません。
ああ、詳細確認と聞いて思い出したことが少々。
エスメラルドさんかリーナさんが知っている単語かもしれませんし、ちょっと伺ってみようかな?
「あの、お二人は【※ ラーサクアース ※】という単語に聞き覚えは無いですか?」
ついに一番ボール君をペロリと舌で舐めて味を確認し始めた(本気でやりましたよ!?)リーナさん……私が口に出した単語に反応してたのか、舌をチョロっと口から出したまま目を見開いて、コチラを見詰めてこられました……
舌を仕舞い忘れたネコみたいでちょっと可愛いと思ってしまった。ニッチな趣味か。
……えーっと? 何ですかねこの反応? 何かアレな事を口にしてしまいましたでしょうか?
チュートリアル終了間際に、付近での採取行動が可能かどうか【ガイド】さんにうかがった時、物凄い勢いで情報を調べ始めた【ガイド】さんの口から発せられた不思議ワードなのですけど……
エスメラルドさんはと云うと『あらあら! 珍しいお名前がでたわねぇ』等と口元を押さえながら、ビックリしたような表情で私の方を見ておられます。
「何でこの世界にきて日の浅い、祝福の冒険者のフワモさんがその名前しってるの!?」
「あ、いやその、噂の【ガイド】さんが私の質問に答えるためにその【※ ラーサクアース ※】という何かを利用して検索作業の様な事をしていたので……一体なんなのかなぁと」
私の言葉を聴いて、一番ボール君の舐めた所を黒い手袋でゴシゴシと擦りつつも、何故か興奮気味に私に詰め寄ってきたリーナさん。あれー? これはなにか『珍しい』事柄なんじゃありませんか?
リーナさんの琴線に触れた話題の予感がビンビン漂ってきてますよー?
「ひえぇぇ……フワモさんが言っている事が真実なのであれば【ガイド】さんとやらの知識は、私の【鑑定】のはるか上を行く物でゴザル……」
「そ、そうなんですか……?」
何故か語尾がゴザルになったリーナさんは『一番ボール君、私を慰めてぇ』とか呟きながら、自分のオデコをグリグリと一番ボール君に擦りつけ始めました。
何かの拍子にオデコを対象に擦り付ける動きをするのは、リーナさんの癖か何かなのかな。
オデコ赤くなりますよ?
そんな奇妙な動きを始めたリーナさんの頭を、優しくポンポンと一定の調子で撫でつつ、エスメラルドさんが私の疑問に対して答えてくださいました。
「【※ ラーサクアース ※】っていうのはね? 流転の女神様のお名前よ」
……ん? 流転の女神様? ちょっとまてよー?
私は、先ほど国営図書館で本を読んで調べてきた事を頭の中で思い浮かべます。
ひとつ、流転の女神様は安寧の女神様の妹さんである。
ふたつ、流転の女神様は戦いに赴く際に、その身を『創世龍』に変えた。
みっつ、この世界の土台はその『創世龍』である。
よっつ、アイテムの【鑑定】とは、自分の知識を呼び水に、データベースである『創世龍』にアクセスして、其処から相対的な情報を得る事である。
そして驚く事に【ガイド】さんはスキルを使用せず直接『創世龍』の元の姿である流転の女神様へお伺いを立てて情報を得る事ができる。
……うん、リーナさんが落ち込む訳も判りますね。
【ガイド】さんのほうが圧倒的上位互換の雰囲気がします。
そりゃまぁ、姿を見せずに天の声みたいな感じで私と会話できる方ですし? 仕方ないのでは。
そんな事を思いつつ、リーナさんに視線を戻すと『ちょっと元気でた』と呟きつつ一番ボール君からオデコを離している最中でした。やっぱりちょっと赤くなってますよ。大丈夫かな。
「神様と交信できる人と張り合う事は、無茶な事だって事実が良く判るお話でした、まる」
「私もそう思います」
立ち位置からして次元の違う感じがしますからね。
あれこれ会話してると、チョッピリお茶目な所もあったりして、結構可愛らしい方だと思うんですけどね【ガイド】さん。
ああ、流転の女神様や『創世龍』のお話で思い出した。
「ああ、リーナさんリーナさん」
「んん? なんでござりますかフワモさん?」
一番ボール君を両手でグニグニ揉みつつ、微妙にゴザル言葉が抜けてないリーナさん。何故だ。
「その一番ボール君の素材、『創世龍』の腹部の皮ですよ」
「ぬほぉー!? 神話生物の皮ぁ!?」
……あのー余り女性がして良い表情ではないと思うので、落ち着いてくださいリーナさん。