250話
趣味と実益を兼ねている感じで。
お嬢様の癖に図書館で働いているのは、本人の意志です。
アルシェさんに引き連れられて、結構な距離を歩いて到着したその先には。
先程、門の外から眺めていた大きいお屋敷がドドンと鎮座なさっておりました。
そのー、特に怒られる様な事をした覚えは無いのですが、わたくし小心者なのでですね?
大きくて立派な存在感溢れるものに対して、無意識のうちに恐縮してしまう訳でして。
権威に弱いと言うやつでしょうか。雑魚雑魚マインドですね。
近くに寄って見回すと、更に外見立派度数が止め処なく溢れ出ているお屋敷の正面部分を、半ばボンヤリと見上げつつ……イマイチ現実感の感じられない今現在自分が置かれた状況も相まって。
まったく覇気の感じられない感嘆の嘆息を、口からボヘー……と噴出しつつ、すっかり寝息を立て始めたコーメェのお腹を左手でモミモミしていた私なのですが。
そんな風に、もう驚きすぎて逆に大人しくなってしまっている私の様子に全然気が付かない感じのアルシェさんが、何故か正面玄関の前を何事も無かったかのように通り過ぎ……屋敷訪問を華麗にスルーしまして。
もう脱力感満載で、正に川の流れに身を任せているのと同等状態な私の右手を掴んで、お屋敷の脇に続いている細い石畳の通路を進み始めたのアルシェさんの後姿を確認して……数秒後に、心の中で『アレ!?』と声を上げる私。
ちょま!? あっれー!?
お屋敷に入る為の扉は、あの分厚くて頑丈そうで重厚な雰囲気を醸し出した木製のブツじゃないんですか!? いやそうだよねアレ扉だよね? いや違うの?
想像していた事と現実に激しい齟齬が起こった事が原因で、私の心の奥底で、数人の私が会話する感じの精神葛藤が発生。
役目を果たす事無くお別れとなった扉を、首を捻る感じで見詰め見送った私。
そんな私とは関係なく、きっちりと刈り込まれ手入れされた植え込みや、綺麗に咲いている色とりどりのお花が敷き詰められた円形状の花壇の間を抜けるように、一定の速度で歩を進めるアルシェさんの歩みは……そう、なんともなれた感じのモノで。
この裏道チックな遊歩道っぽい場所は、普段から良く通っている場所なのだろうな、と想像がつきます。
つまりは……あの正面に据え付けられていた扉って、実はもしかして開かない偽物の一枚板で、不届きな侵入者を騙す罠の仕掛けられたフェイク品、きっとノブに手を触れると感電したり上から石が振ってきたり、玄関マットみたいな部分が開いて下に落とされたりするのかも。いや考えすぎかな。
脳内で思い描いた罠作動中の光景を夢想してみましたが、あまりにも非現実的。
もしかしたらアルシェさんの体格では押し開く事ができない! とかそういう物理的な遮断要素を含んでいるのかもしれません。でもノックしたり声を出したら中から開けてくれるんじゃないかなと思うのですが。こういう立派なお屋敷なら出入の際にも多分、人の手がはいりますよね。恐らく。想像ですけど。
まぁアルシェさんが、普通に正面玄関を利用しない性質なのかもしれません。裏口マニアとか。裏口大好き! みたいな。なんだろうか。
微妙に失礼な想像をしてしまった私は、現在も少し楽しげに鼻歌を歌いつつ私の右斜め前を歩いているアルシェさんの後頭部に、脳内で謝罪を送っておきました。
後悔も反省もしますが、回避不能の想像でした申し訳無い。
これには脳内予定先生も思わずコメカミに手を押し当てて苦笑です。先生は黙ってて。
そんなこんなで、裏庭の様な場所へと到達した私とアルシェさん。
空いているスペースに、今度は四角く仕切られた花壇っぽい場所があり、なにやら根菜っぽい物体が綺麗に整列した状態で植えられているのが確認出来ます。
家庭菜園でもしているのかな。
それか、何か魔法な品物の材料に使う植物だったり?
葉っぱ部分と根っこの頭が1センチ程度、土の中から頭を出している状態で植わっている見た感じ大根の様なその根菜を何となく眺めていた私の前で、アルシェさんが声を上げます。
「あの裏口から屋敷に入りますので! 私の部屋はすぐそこですから!」
「あ、はい! そうだ、コーメェも一緒で大丈夫ですか?」
一応建物内に入ると言う事で、絶賛安眠中のコーメェ入り鞄を両手で抱えて大丈夫なのか聞いてみましたが、無事了承をいただけましたので一安心です。
建物とかその辺は、多分ですがコーメェ進入禁止の場合もあるから気をつけないとね!
コーメェ入り鞄を抱えながら、何となーく眺めていた大根モドキから視線を外し、アルシェさんからのアナウンスに従うべく、精力的に行動を開始した私。
まぁ手を引いてもらわないで、自力で移動をし始めただけです。ははは。
正面玄関に比べると、ふた周りほど小さい四角い扉のノブを捻って……手馴れた感じで一足先に中に入ったアルシェさんの後について……一瞬躊躇った後、私も中に右足を一歩踏み入れます。
うひぃぃー! ぬぁぁぁぁ! やっぱり無駄に緊張する!
無駄にコーメェを両手でモミモミ。
ムニャムニャと反応を返すコーメェですが、起きる気配はゼロ。睡眠ぢからが強靭すぎる。
いやその、お友達と言うか知り合いと言うか、そういう人間関係が無や希薄でない相手の御宅内部に、こうやって直接お邪魔します突発イベントなんてですよ?
記憶の荒野を掘り起こしても、確か小学校の頃にあったか無かったか? という位のレアイベントですよ。難易度高すぎませんかねコレ。
コーメェを顔に押し付け、息を吸って口からボフゥーと吐く、といった非常に怪しい行動を数度繰り返し、ある程度落ち着きを取り戻した私。コーメェに怪しい成分は含まれておりません。
取り合えず周囲の状況を確認する為、失礼にならない程度の動きで軽く左右を見回します。
ふむ……ココは何か道具置き場というか、物置っぽい雰囲気のお部屋ですね。
豪華すぎない内装の御蔭で、心が落ち着きを取り戻してきました。
物置っぽい、と表現しましたが別に埃が積もっているとか物が乱雑に転がっているとか、そういう感じな訳でなく。
ぱっと見で用途が良く判らない物品関連が半分と、テーブルや椅子などの家具が積み重なった状態で、キッチリと部屋の片隅に収納されている感じで。凄い物置。
キョロキョロと周囲を見回している私の肩をポンポンと叩いたアルシェさん、左奥に見える扉を指差してから数歩移動し、笑顔で私を手招きします。
「ささ、こっちですこっち!」
「わ、判りました」
「あ、えっと、もしかしたらチョット周囲がアレコレ言ってくる可能性がありますが、ソノー気にせず全部聞き流して下さると幸いデス」
「あっはい、了解です」
ガチャリと扉を開いて半身を隙間に滑り込ませたアルシェさん、ピタリと一瞬身体を止め……その後、なにやら苦笑しつつ私の方を振り返って、唇を尖らせてモニュモニュと呟く感じで謎の念押しをしてきました。
一体何が起こるというのだろうか。
私が侵入者扱いになって、酷い目に遭うとかじゃなければ大丈夫、ですけど。
私からの了承を受け、一度頷いたアルシェさんが先へと私を招き入れてくれます。
気合を入れなおし、アルシェさんの指示に従う形で、続いて私も扉の先へと進みます。
一歩進んだ途端に、足の裏に伝わってくるフカフカの絨毯からの柔らかな感触。
チラリと見えた右奥のほうには、緩やかにカーブを描く感じで二階へと続いている幅の広い階段。
上の方には、キラキラと光を反射している巨大なシャンデリアが、デデン! と多大な存在感を発しつつ釣り下がっていまして。そこから、優しくて明るい光が周囲に降り注いでいます。
アレは、どうみても電気で灯っているライト、ではないでしょうし……魔法由来の物質で構成された魔法工芸品、みたいな括りの代物なのでしょうか。シャンデリア照明は国営図書館にも似たようなのがありましたよね。サイズはこちらの方がでっかいですけど。
視線を動かすと、廊下の両脇には高そうな花瓶にお花が挿してありまして、落として割ったら大惨事になる事請け合いでしょう。気をつけるんだぞ私。フラグじゃないからね?
いやーそのですね……つい最近思い始めたのですが、何となーく私ってVRMMO世界だと過剰にトラブル体質なのでは? と思い始めていますので。
それにしても……これは豪華だ、豪華に違いない。
豪華としかいえない。
精神的なモノなのか判りませんが、なんだか目がチカチカしてきたので、両手でペチペチと自分の頬を軽く叩いて意識を覚醒させます。落ち着くんだ私。
たっぷり5秒ほど両目を閉じて心を落ち着かせ……視線を上げますと。
何やら……壁の端っこの辺りから頭に白いアレを付けた……名前は何でしたっけね、あのフリフリっとしていて可愛らしいヘアバンドみたいなアレ。
アレを装着した、落ち着いた色合いのメイド服っぽい格好をした女性が3人ほど。
何故か、壁際で顔だけをチラリと見せる感じで。
……此方を興味深そうに眺めているのを発見しました。き、気になる。
メイドさんと私、ガチっと視線が合いましたが……皆さんニコニコ笑顔なので、一応歓迎されていると考えても大丈夫なんですよね?
一応ですが、笑顔で軽く会釈する感じで、そのメイドトリオさん達に挨拶してみました。
私の挨拶に対して、素早い動きでササっと横一列で廊下に並ぶメイドさん。
非常に綺麗な動きで、3人同時に私へ頭を下げてくださいました。
凄く息が合ってますね。三人仲良しなのかな。あと恐縮です。
その光景を横目で見たアルシェさん、何やらため息の様な物を吐きましたが何故だろうか。
私も返答でペコペコと数度連続で頭を下げ、一応挨拶に成功した事で少し安心、メイドさん達から視線を外して軽く息を吐き、再びアルシェさんの後頭部を眺めて、心を落ち着かせます。
その後、アルシェさんへ追随していく形で、サクサクと小気味良い足触りの絨毯を踏みしめ……少し歩いたらもう目的地へ到着しました。物凄い近かった。
見た感じ、普通のよくある扉の前で足を止めたアルシェさん、こちらを振り向いて一言。
「えっと、ちょーっと室内に物が多いので、踏んづけたり蹴飛ばしたり、手を突っ込んだり頭をめり込ませたりしないように気を付けて下さると!」
「はい! 判りました!」
さっきから了承の返事しかしてないなー、何て普段通り余り意味のない事を考えつつ。
ガチャリと扉を開いて、私を部屋の中に招き入れてくれたアルシェさんの肩越しに、その説明を受けた『物の多い部屋』という室内状況を確認します。
お屋敷の見た目から想像していた『お嬢様のお部屋♪』みたいな室内では無く……なんというか、あれだ、生産用スペースの作業場っぽい雰囲気? と言ったら良いのでしょうか。
ずっと緊張したまま、そのままの流れで室内にお邪魔しましたけれど……ここが一番落ち着くかもしれません。生産する者として、同じ匂いを感じるというか。
いやあれですよ、臭いとか、そういう失礼な意味ではなく。
慣れた感じで歩を進めるアルシェさんの後ろに続いて、私も周囲の物品に躓かないように気を付けながら室内を歩きます。
一体どういった品物が置いてあるんだろう? と少しばかり興味を持った私は……目を凝らす感じで周囲を見回してみました。
なにやら、細かい文字が書き付けられた付箋がこれでもか! といった感じで沢山貼り付けられている品物が積み上げられていたり。
長細い棒状のものが、紐で括られて壁に立て掛けてあったり。
透明なガラスっぽい素材で出来た何かの実験器具みたいな物が、半分布を被せられた状態で台の上に置いてあったり。
他にも大小の箱所狭しと壁際に置かれていて、品物の奥の方に紙の束がうず高く積み上げられたデスクが鎮座していたり。
そんな感じで、初めて見る品物の数々に小声で感嘆の声を上げていた私でしたが、ふと、部屋の端っこの方に簡素なベッドが置いてあるのに気が付きました。スッゴイ普通の。
そりゃもう、現実の私のベッドと同じ感じの超普通ーな作りのヤツです。
あれなんですよね……アルシェさんに対して先程まで私の持っていた、個人的超お嬢様イメージでもって、天蓋つきのフリフリィ! なファンタジィ! という感じのベッドを、その、想像していたのです。
でも……全然違いましたね。実用度重視なのだろうか。
寝れれば良いよみたいな。簡素簡素。
それだけの物品が詰め込まれているにも拘らず、部屋の約半分……奥の方には普通にスペースがあるのが凄い。これは一体畳で勘定したら何畳あるんだろう? と首を傾げる程度には、空間の余裕に恵まれている室内容量だと思います。
先に進んでいってしまったアルシェさんの移動した後をなぞる様に、数々の物品が所狭しと置いてある危険ゾーンを無事抜けた私。
アルシェさんは部屋の奥、バルコニーに抜ける事が出来る大きいガラス戸の前にある、何か魔法陣の様な文様が描かれている板が置いてあるテーブルの横で、ゴトゴト椅子の位置を調整して私の座る場所を確保して下さっています。ありがたい。
アルシェさんにペコリと感謝のお辞儀をし、椅子に腰を落ち着けさせてもらいました。
太ももの上にコーメェ鞄を置いてと。よしよし。
ようやく落ち着いた感じです。
毎度ながら、緊張で肉体的にではなく精神的に疲弊しました。
ホッと息を吐いて、テーブルの上に置いてある大小様々な、何かの用途で加工されたであろう金属製品っぽいを眺めていた私の対面、丁度テーブルを挟むようにして椅子に腰を下ろしたアルシェさん。
ブツブツと小声で『これはアッチこれはコッチ……』と呟きつつ、両手を伸ばしてバタバタテーブルの上に置いてある物を選り分け始めましたが。
ふと顔を上げて『そうだ、何か飲み物を取ってきますね!』と両手に何かアクセサリーっぽいものを持ったまま、椅子から腰を浮かしたタイミングで。
狙い澄ましたかの様な、絶妙なタイミングで部屋の扉からノック音が4回、室内に響き渡ります。
途端に眉間へ皺を寄せて口を尖らせ、浮かした腰を椅子に落とすアルシェさん。
何だろうか動きが可愛らしい。
ジト目で数秒扉を眺めていたアルシェさんが、微妙に棒読みな発音で『どうぞー』と返事をすると、トレイにティーセットらしき物を乗せた、先程見かけたメイドトリオさんの一人が室内に入ってきました。
「うぅ……手際がよいと褒めるべきか、反応早すぎと怒るべきか、そこが問題よね」
「お嬢様がお友達を連れてお戻りになるなんて前代未聞ですので、ついついヨリは超速度で反応してしまいました」
口をまっすぐに引き締め、ジト目で室内に進入してきたメイドさんを睨みつつ、何やら物騒な事を仰ったアルシェさん。
その言葉に即座に反応して、すまし顔で返答するメイドさんの状態を見るに、恐らくコレが通常運行なのだろうと、何となーく想像がつきました。
アルシェさんとメイドさん、雇用主と雇用者の関係なのでしょうけれど、ソレとは別にフレンドリーな関係でもあるのでしょうね。凄く気安い掛け合いに聞こえますし。
「はいはい、ほらさっさとお茶入れて退出!」
「畏まりましたお嬢様。それではお客様、お手元失礼致します」
手の甲を上に向けた状態で、虫でも追い払う感じで力なく数度振りながら、言葉をメイドさんに投げかけるアルシェさん。
その面倒臭そうなアルシェさんの様子にも、大分慣れ感じで返答したメイドさんが、私の前にカップを置くと手馴れた感じでお茶を注いで下さいました。
カップからフワリと立ち昇る、花の様な良い香り。
これはリーナさんががぶ飲みしてた、マナが回復するっぽいお茶だ。
同じ様に、アルシェさんの正面にもカップを置いてお茶を注いだメイドさん、続けて形の揃った茶色くて丸い物体が入った器……多分ですがお茶菓子か何かかな? と思われる、白くて小さいボウルの様な入れ物をフワリとテーブルの上へ置きます。
その後、すっ……と一歩下がって一礼。
にっこりと笑顔を浮かべ『それでは、御用の際はお呼び下さいお嬢様』と告げ、素早い動作でお部屋を退出していきました。
「まったく……コッソリ盗み聞きしてたなぁあいつ等め」
横目でメイドさんが部屋から出て行くのを眺めていたアルシェさん、仏頂面でゴクリと一口お茶を飲んで、白い器からお菓子を摘んでボリボリ……その後、その可憐な口から物騒な言葉が。
えっ!? 家政婦は見たなの!?
休日昼過ぎのワイドショーなの!?
驚いた私は、思わず扉の方に顔を向け凝視してしまいます。
もしかしたら、今もコッソリ会話内容を聞いていたりするのだろうか!
いやいや、きっとこの場所から扉は結構離れてるし、普通に会話してる位なら聞こえないんじゃないかな!? そう思いたい所存。
悪行の相談をしている訳ではありませんが、こっそり聞かれていると何だか心が落ち着かないですし。
想像で揺れ動きすぎてしまった気持ちを落ち着かせる為に、私もお茶を一口。
あぁ……いい香り。落ち着きます。
しばし二人でお茶タイム。私も失礼して、お茶菓子を頂きます。
香ばしい香りのするクッキー? でしたよぽりぽり美味い。
その後、お茶とお茶菓子小休憩を終わらせた私は、当初の目的どおり、魔法のパワーを封じ込めたアイテムを作る方法を教えてもらう為に、アルシェさんに改めて宜しくお願いします先生! するのでありました。
いやぁ……接続障害で酷い目に遭いました(汗
書いた分が保存できず消えた!? と肝を冷やすこと数回。本気で更新出来ないかと思った(遠い目
それにしても少し展開を早くしたい、と思って書いているはずなのに。
今回進んだ内容『門を抜け玄関を通りすぎ、裏口からアルシェさんのお部屋へ、そしてアイテム作成へ』ってどういう事なのか……(何
もっと頑張って行きたい。
※ 追記 ※
感想でご指摘のあった部分を弄りました。
※ 2020.03.08追記 ※
ご指摘いただいた脱字等、修正いたしました。ありがとうございます。




