240 アレ の 鱗 を 加工しよう!
装備が整ってきた……のか?
鱗一枚ですので、色々と限界が。
被っているフードやその他装備品等の位置や角度を微調整、しっかり不審者っぽい冒険者な雰囲気に自分が変貌したであろう事を確認した私は、今日も元気に口から激しく液体を噴出している胃酸魚君を視界の端で眺めつつ、噴水横を迂回する形で中央通りを南下し始めます。
現実時刻では朝9時を過ぎた辺りであるにも拘らず、昨日と変わらない風に中央通り付近の人通りが凄い感じになっております。そりゃもう凄い。うん語彙力が足りない。
昨日の夕方に、大量のプレイヤーさんが一気にVR世界へと流入してきた筈なので、そりゃまぁ当然と言えば当然ですがね。
否応無しに、私の心象世界に漂う平穏な雰囲気に大ダメージを与えてくる現状。
世知辛い。
胸にくっ付いて寝ているコーメェから伝わってくる肌触りが、今の私に与えられた唯一絶対な心の拠り所です。ふわもこ癒し。
胸の前にあるポンチョの境目に張り付く感じで、斬新なアクセサリー? と見紛うばかりの状態になっているコーメェの背中をモミモミしつつ、通りの端の方へと身を寄せた私は、先ほど決めた予定を消化する為に、通りを南下しつつ素早く路地へとその身を躍らせます。
大きい人の流れから身体を引っこ抜いて、ホッと一息。空きスペース最高。
今現在、カイムさんから頂いた肩提げ鞄を両側に保持した状態で行動しているので、何とも見た目ゴチャゴチャっとした見た目になっている私。ファンタジー要素的には大分高まっている感じだと思います。
こう、ファンタジーな漫画とかでよく見かける、大小様々な鞄を沢山もった行商人? みたいな感じで。
中身は駆け出し調薬師ですけどね。
両手で鞄の位置をしっかりと整え、路地を見回しつつギルド裏辺りを抜けまして……うむ、見えましたゲイルさんのお店! 普段通りに平らな陳列台が店先に並べられていて、様々な商品が展示されてます。
……その光景を見て思い出しました。
素材採取の旅で山岳地帯の裾に広がる森へ赴いた際、例の飛び掛ってくるデンジャラスバッタを相手にした事により、虫除けの魔道具購入を本気で検討しようか思い悩んでいた事を。
いや、そもそも虫除け魔道具がバッタに効果が有る品物なのか判らないのですけどね?
まぁ良いや、先立つものが不足しまくっているので、購入したくても出来ないというのが本音ですし。
と言うか、イベントで降り立つ事になるであろう、森なのかジャングルなのか判らない、あの自然豊かそうなフィールドに、巨大虫系等の魔物が存在するのかどうかも全く判らない状況ですので。
将来どこかで活用出来る事はあるでしょうけれど、いま手に入れても無駄な散財になる可能性が高い。
今は我慢、我慢の時だ。
悲しい想像に身を任せていた私は、気合を入れるために懐具合の寒さを堪える感じで、下っ腹の辺りにぐっと力を籠めます。
おへそな丹田の辺り。不思議な力が湧いてきたりはしませんね。
無意味に身体中の力を籠めた状態な、しかめっ面モードでお店の軒先に近づきまして周囲確認……さてさて? 今日も店先での接客業務はアルさん担当なのかなー?
先日と同じ様に、半開きになっている戸口の辺りから顔を突っ込んで中を覗き込みます。相変わらずゴチャゴチャとした感じで、金属加工品が所狭しと並べてあります。良い雰囲気。
そのままの流れで、首を傾げる様にカウンターの方へ視線を向けます。
視界の先では、昨日見た時よりも更に憔悴した顔をしたゲイルさんが、紐か何かで括られて纏められた、何かの図形っぽい絵が描かれている紙の束を眺めながら、平べったい形の恐らく乾燥させたお肉の様な物体を豪快に噛み千切って咀嚼し、傍らに置いてあった大きいジョッキの様な容器を掴んで中身ごと一気に飲み干しています。
うん何だろう、ファンタジー映画とかでよく見る『ドワーフ IN 酒場のカウンター席』みたいな様相を呈しておりますよ。
流石に、あのジョッキっぽいものの中身はお酒じゃないでしょうけれども。
お仕事中だと思いますし。
でもあれです、こう、見ていて絵になる感じ。
太くて筋肉ムッキィ! な手で肉の塊を掴んでモリモリ齧っている光景が。つまり凄くそれっぽい。
モグモグと口を動かしながらペラペラ紙の束を捲っては、そこを睨む雰囲気で眉間に皺を寄せていたゲイルさん、ふと顔を上げた際に私がお店の戸口から顔を半分覗かせている事に気が付いて、驚いた様子でカウンター裏の椅子からガタンと腰を浮かせます。
「うぉ!? なんじゃなんじゃ! 一声かけてくれば良かったろうに!」
「なにやら、お食事しつつ真剣なご様子だったので」
「昼飯休憩しながら、少々厄介な素材の構想をちょっとのぅ」
厄介な素材、とは何だろうか? と思いましたが、それは後に置いておきまして。
付近を見回してもアルさんの姿が見えないので、どうしたのかお伺いしてみた所。
今丁度お昼休みだそうで、休憩時間を使って近くの簡単な飲食が出来るお店へ、食事に出ているという事でした。
ゲイルさんはと言うと、金属を加工する作業で大分汚れた格好なので、外に出て食事するのは憚られるらしく、適当に持参した食物をお昼ご飯として胃袋へ叩き込んでいた最中だったとか。なるほどなるほど。
わざわざ私の為にカウンター裏から、小ぶりの椅子を一脚引っ張り出してくださったゲイルさんのご好意に甘える形で、お客様が来店しても邪魔にならない様、カウンターの端の方、お店の端っこ付近に椅子を置いて腰掛けます。
その後ゲイルさんから『ちょっと食ってしまうんで待っていてくれぃ!』と告げられ、物凄い勢いでお肉を消費し始めるゲイルさんを眺めて待ちます。うーんワイルド。でも、気持ちの良い食べっぷりですね。私には真似できない。
何かホンノリと柑橘系の香りがするジョッキ内の飲み物で、口の中身を一気に胃袋へ流し込んだゲイルさん、空になったお皿とジョッキを手にして足早に一旦奥へ引っ込んだ後、タオルの様な物で両手を拭きながら素早く戻ってきました。
ドカリ! と音をたてて椅子の上へ腰を落ち着けたゲイルさんが、何やら先ほど見ていた紙束の向きをクルリと180度反転させ、私に見やすい形でカウンターの上へと展開します。
「それで、少々相談事があってのぅ」
「はい!? な、なんでしょうか?」
唐突な申し出に心臓がドクンと高鳴ります……VR心臓ですが。
も、もしかして……予算の増額を無心される事になったり!?
取り合えず、今所持しているポーション群を売り払えば、瞬間最大懐具合はある程度上昇しますけれども、あまり余裕はないですので……厳しいかと思いますよ!?
何て感じで財布についての心配事を勝手に考えつつ、気を紛らわす意味も籠めて、何となく私の正面に差し出されるように展開された紙束に描かれた図形に視線を向けますと。
んーこれはー……なんだろう、何か装備品? の絵なのかな。
「実は、預かっておる魚竜の鱗についてなんじゃが……野営用品に加工するには少々素材が勝ち過ぎててのぅ……了承が貰えるならば、常用する為の装備品として誂えてしまおうか、とな」
「あー……あの大きい鱗のヤツですかぁ」
んーむ? 了承と言われましてもですね?
自分の手でアレを何かしらの方法を用いて加工するのか! と言われると少々困るんですが。
例えば……ポーションの材料として使える雰囲気でもないですし、ましてや革細工スキルでどうこう出来る代物では無いですので。いや待てよ鱗って皮なのかな!? いやいや確実に違うよねぇ……ううむ。
それに、一度ゲイルさんに加工をお任せした素材ですので、最終的に予算内で費用が収まるのであれば問題ないとは思います。むしろ装備品として加工するなんて、キャンプ用品を作成するよりも更に手間が掛かるのでは。やっぱり追加費用が! お許し下さい!?
非常にその辺不安だったので、大丈夫なの!? と思いつつ聞いてみました所。
太い両腕をガシリと胸の前で組んだ状態で、ガハハ! と豪快に笑いながらゲイルさんが一言。
「なーに! 正直な所、完全にワシの趣味じゃから問題無しじゃよ!」
「趣味、ですか?」
「折角の良い状態の素材じゃから、それなりの物にしたいだけでの!」
そういって図形に描かれた絵を指差ししながら、私に対して魚竜の鱗でどんな装備品を作成するつもりなのかを説明して下さいました。
そう、紙束に描かれていた図形は……ゲイルさんが思いついた、魚竜の鱗を使用した装備品のイメージ図だったのです。
まず最初、胸当てっぽい部分へ鱗を使用する形で、補強ベルトで締め付ける様な感じで装着するプロテクターな見た目の装備品。
これはー……昨日新しい上着装備を入手したばかりの私にはー必要無さそうかな?
今以上にカッチカチに防御を固める! お煎餅な耐久度ボディから、生の南瓜位の耐久度ボディになるぞー! という手段に用いる、何て方向で進めるのもアリ? かなと思いますが。
いやぁそこまでして必要かなー? といった印象が大きいですので、まぁ無しで!
次はー? えーっと、鱗を半分に割って篭手の様な形状にして、両手に装備する方向性の長手袋タイプ。
んーむ? 手袋もラティアちゃんの報酬箱開封儀式によって入手してしまいましたし、こっちも必要なさそう……うんやっぱり大丈夫かなぁー?
あとゲイルさんの説明ですと、こういった感じで素材を分割して加工する方法は、どうしても素材の硬度を一定量減少させてしまう、という説明を受けました。つまり少々勿体無い使い方だと。
ならばやっぱり……必要ない、かな?
次は……ふむ、頭を守る形で加工する、兜っぽい見た目の装備品。
コレはー、普段からフードを被ったりして行動する私には少々邪魔な雰囲気が。
前頭部から頭頂部あたりを鱗で覆う形で。
後頭部から首元は、お渡ししてある鉱石素材を使用して補強!
飾り等も付属させてまさにファンタジー! な様相。豪華すぎる感じ。
お耳を保護する部分も完備、といった具合でしたが……流石にコレも無しで!
後は、篭手と同じ様にブーツ部分に使用する案もありましたが、これも微妙?
他には、削り上げて軽量のナイフっぽい刃物にする加工方法も出来るとか。
竜の鱗でできたナイフとか、RPGゲームで絶対ありそう!
でも……私がソレを使う場面が思いつかないんですよね。これも却下かなー?
他に次善の案として、少々勿体無い使い方らしいのですが……鱗を砕いて、現在私が身に付けている装備に使用されている金属素材に混ぜ込み合金にする事で、今の装備そのものを強化する材料として贅沢に使用する事も出来る! とも言われました。
ゲイルさん曰くは、少々勿体無い贅沢な使い方だと仰っておりましたが。
んー折角の素材ですし、コレも流石に無しかなー……何とも難しいですね。
他になにか良い案は……と図案を眺めていて、最後のほうでゲイルさんが指差した物が……コレは多分ですが盾なのかな? 素材を生かした形状で、前腕を覆う見た目で鱗一枚がそのままドドン! な感じです。
詳しく説明してくれた話によりますとー、取っ手を握って保持しつつ使用するタイプではなく、腕の部分にガシっと装備する形の物らしく。
篭手っぽい盾? という感じで。ほほうなるほどね。
棒は右手でブンブンしてますので普段から左手は使っていませんし、腕にくっ付ける一体型タイプならば、手は自由に使える感じでしょうか。
鱗のサイズ的に、勉強で使っているノートより一回り大きい位のサイズですので、見た目も丁度良いかもしれない。
うーんでも……この大きさで、魔物からの攻撃を防いだり出来る物なんでしょうか。
付けているだけで防御力が上昇するとか、そういう装備品なのかも? なんて感じで、図案を眺めながら首を傾げていたのですが。
ゲイルさんから、この盾は魔物の攻撃を『受け止める』ために使う装備品ではなくて、攻撃を『受け流す』様に使用するものだ! という説明が。うぐぐ、戦闘方面の説明は難しいデス。
「こうやって、攻撃を斜めに逸らす感じで使用するんじゃよ」
「こ、こんな感じですか?」
「そうそう、こうじゃ、こう!」
二人で立ち上がって、ゲイルさんが行う実演を見ながら、腕や肘を動かす感じで私用する! と説明を受けましたが。
これ、私に使いこなせる物なのか。
でも……他の装備品と比べればまだ扱いやすそう、かな?
むしろ、ほぼ完全に見た目で選んでしまっている感じがヒシヒシと伝わってくる、今日この頃ですけれども。見た目は大事ですよ、見た目は。目立たない様な感じの。
その後、わざわざ仮組みというか紐と棒で私の左腕に魚竜の鱗を括りつけ、こういう見た目になるという完成予想図を丁寧に見せてくださったゲイルさん。ふむふむ……? 多分サイズ的にも良い感じじゃない? 小柄な私に合ってる気がする。
……よーし、折角だしこれでいって貰おうかな! なんと贅沢な装備!
と言うことで! この魚竜の鱗を盾として加工して貰う事となりました!
私からの返答を受けたゲイルさん、バサリと図形の束をカウンター上に投げ置いて、私の腕から鱗を取り外しつつ、やつれ気味なその顔にニヤリという擬音がピッタリ当て嵌まりそうな、非常に楽しげな笑顔を浮かべます。ああ……うん、あれは確実にやる気に満ち溢れていらっしゃる感じですかね。
ゲイルさんが魚竜の鱗を丁寧に布に包んで、工房がある奥へと持ち込んだタイミングで、アルさんが店へと戻ってきまして……店番をアルさんに任せたゲイルさんが『それでは早速開始じゃ!』と肩の関節を解すようにグリグリと動かしつつ、足を踏み鳴らして奥へと消えていかれまして。
えーっと、無茶しない程度で頑張ってくださいね?
そんな気合十分なゲイルさんの様子を見送って、何事かと首をかしげているアルさんに、先ほどあった出来事を掻い摘んで説明する事と相成ったのでありました。ははは。
私の拙い説明を聞き終わったアルさんの表情は……それはもう『ああ……なるほど』という感じの深い納得を感じさせられる物でした。つまりは、アレが普段通りの行動なんでしょうね。見慣れた光景。
アルさんも大変ですね、なんて感じで二人顔を見合わせて無言で頷きあっていますと、お店の外から店員さんを呼ぶ声が。おっとと、お客様かな!?
これ以上は、ココにいてもお邪魔でしょうし、私はそろそろお暇しましょう!
お店の外へと出て行くアルさんの背中に向かって、お仕事頑張ってください! という念を籠めてペコリと一度頭を下げ、忍び足でアルさんに続いてお店を出まして。
ひっそりこっそりと音を立てない様に、訪れて来ているプレイヤーさん達の斜め後ろ辺りを、スススーっとすり抜ける様な感じで店舗前から脱出します。
暫く移動して近くの路地へと突入し、こっそり後ろを振り返って確認すると、店舗の前でアルさんの説明を受けているのは、男女混合の団体プレイヤーさん達。賑やかだ。
ふむふむ、イベントに向けて何か購入なさるんでしょうかね!
お店の前で笑顔を浮かべつつワイワイと会話しながら、陳列台の上に乗っている様々な形状の魔道具を手にとって眺めている様子が見て取れます。魔道具ってアレですよねー、大体見た目から機能が予想できないですよね。
そんな感じで、微妙に羨ましさを感じつつ、魔道具を吟味しているプレイヤーの方々を眺めていたのですが。
盾の作成に関して、ふと思い出したことが一つ……そう、盾といえば、昨日手に入れたあの私が完全に隠れる位に巨大な盾の事で。
正直自分で使用する訳にも行かないので、アレをどうにか出来ないものか! とゲイルさんにお願いしてみたら良かったかなー? なんて事を、今更ながら思いついた訳なのですが。
今からお店にとんぼ返りして頼んだりしたら、ゲイルさんの作業時間的に大分負担を掛けてしまいそうなので、流石に断念する事にしました。また今度ね今度。
装備品ならいざとなれば、ギルドの買い取り窓口に捻じ込んでお金に換えてしまえば良いですからね。
さーてさて、決めていた今日の予定第一号が、普通ーに何の滞りも無く終了してしまいましたよ。少々予想外。自分が一番信用なら無い私。
かといってこの後、日課のポーション作成をするとしてもですよ……昨日の今日で公園へと出向いて作業するのは、コーメェの事で目立ってしまう可能性が高いですし、あまり得策ではないですよね。
お薬を作るなら生産用スペースをお借りして、そこでやらねばならないでしょう。ちょっと手間ですね。
とは言っても、何をするか順番を決めていたわけでもなく。
さてどうしたものか、と胸にくっ付いているコーメェの背中を撫で擦りつつ、路地の壁際で思案すること一分少々。
よし、ここは少々本腰を入れて、やろう! と思ってたけど忘れてしまっていそうな事を、頑張って思い出して処理していくことにしましょうかね?
私のことですから……絶対色々と忘れてるんですよ、絶対。
まずあれだ、称号だ! 昨日の公園事件のせいで確認できてないし!
他にする事に関しては、ゆっくりと順番に考えながら思い出していけば良いかな!
と言うことで、腰を落ち着けられる場所を求めて歩き始めた私でしたが、噴水周りは人が多すぎて駄目そうですし……そうだ、前に両手ダブル串焼きを食べた場所な、図書館前の座れる植え込みベンチで良いかな!
ポーションを売りに行くのはその後にしましょう。
※ 追記 ※
誤字や不要文字等発見しましたので、修正しました。
本文表現を追加したり少々(?)弄りました(数百文字増加
※ 追記2 ※
ご報告いただいた誤変換修正いたしました!




