221 ブスリ と 釘刺し お父さん
HMDの側面に呼び出しボタンが付いております。
すっかりハマってしまっている、フワモさんでありました。
HMDに基本機能として内蔵されたその機能が久方ぶりに発動。
ふわもこファームをプレイしていた頃を思い出す感じの、脳内で思い出と共に浮かび上がるセピア色に染まったファーム風景と相まって。
何だかある意味で、深い懐かしささえ感じる呼び出しアラーム作動の音が耳に飛び込んできた事で。
現実の方では、すっかりと日も落ちている時間帯であろうと言う事が判明します。
そして恐らくと言うか確実に、わざわざお父さんがこの機能を使用して私を呼び出しに掛かったという事は……つまりあれだ、向こうで晩御飯の時間が到来したと言う事に他ありません。
当然と言うか普通に、お父さんが帰宅した直後のタイミングで私を呼びに来る筈は無く。
自宅に到着した後。
その他諸々の済まさなければならない用事を完了させ。
そして、さらに晩御飯の準備も完璧に終了させた状態である。
そういう状況だと容易に予想できます。お父さんですし。
そう、要するに今現在のこの状況は完全に晩御飯タイム開始直前、すなわち私の現実世界への帰還待ちという所でしょうか。まったくもって迂闊でした。
そしてリーナさんから返ってくる訝しげな反応を鑑みると、この音は私にしか聞こえていないという事が良く判ります。ふわもこファームをプレイしていた頃も、この音に周りのメェ達が反応した事は無かったと思いますし。
取り合えず、この呼び出しアラームが聞こえていなくて一切の事情を察する事のできないリーナさんに、私個人に対して緊急の招集がかかったので、今すぐ戻らなければならない事をお伝えします。
「なるほど! さっきから様子がおかしかったのはそのせい?」
「はい、ちょっと向こうでお呼びが掛かっているみたいで!」
「了解了解! また時間がある時にでも来て頂戴な!」
「はい! それでは失礼します!」
少々唐突で慌ただしい別れになってしまいましたが仕方がありません。
迂闊な忘れ物が無いか確認しつつ椅子から立ち上がった私に、リーナさんがクッションの上に安置されていた一番ボール君を手に取り、差し出してくださいました。
それを受け取った私はメニューを開いてしっかりとしまい込みます。
えーっと、さっき鑑定してもらった指輪はちゃんと装備しなおしたし。
おっとっと、尾羽もちゃんと持っていかないと。よしコレで良いかな?
鑑定を終えたボス鳥さんの尾羽も忘れずアイテムボックスへ収納した私は、コーメェの状態も一応確認した後、その場でログアウトしようとメニューにあるシステム欄を開いたのですが。
ああっとそういえば! こういう公共の施設内でログアウトする行為って、やると駄目な感じだったんじゃ無かったでしたっけ!? 危ない危ない、無意識で犯罪行為に手を染める所でしたよ!
いつだったか、国営図書館にある本で確認したログアウトに関する注意事項を、ログアウトボタンを押す瞬間のギリギリなタイミングで思い出した私。
いやぁーセーフセーフ! 気が付いて良かった!
次回ログインした際に、この場所に出現しちゃいますよ!
つまりは間接的な公共施設に対する忍び込み行為になっちゃう!
踏みとどまる事に成功した自分を自画自賛。
普段からこうありたい。
メニュー操作を断念した私はそのままメニュー表示を閉じ、問題なくログアウトできる外へと退出する為に、先程この部屋に入ってきたとき使用した扉の方へと足を進めます。
ちゃんと周囲に積み上げられている品物に対して、破損させたりしないように意識を向けながら。
それではまた今度、とリーナさんのお仕事部屋からお暇しようとしたタイミングで、椅子の上に座って私の方へ手を振っていたリーナさんが、何かを思い出した様子で唐突に声を上げました。
「あっそうだ! 明日から暫くあっちこっちに移動しなきゃならないから、ここへ尋ねてきて貰っても外出中の可能性が高いから!」
「あれ、何処かお出掛けするんですか?」
扉を開いたタイミングでかけられたその言葉を聞いて、もしかして例の『マナポーション満載鑑定の旅』を再開するのかと思ったのですが、ダラーっと両手を伸ばして椅子に座ったまま、うつ伏せでテーブル上に突っ伏す感じで倒れこんだリーナさんから返って来た台詞は、私の予想とは違うものでした。
「あー、前にココへ来てくれた時に愚痴ったお偉い人々とのお食事会とまぁ、同じ感じで……ね? 色々とギルド方面のお仕事で忙しくなるんだよね……うう面倒くさい、食う寝る遊ぶに鑑定だけして生きて行きたい……」
「え、えっとその、が、頑張ってください!」
「ウンありがとう、ワタシ頑張る」
前回ドレス姿でやる気の無い姿を見せていたリーナさんと同じ様に、テーブルの上へ突っ伏した状態で顔だけ横に向け、物凄くダルそうな表情を浮かべつつ、私の方へ死んだ魚の目の様な視線を向けてくるリーナさん。
お仕事で色々大変だ、というその苦しみの一割も判らない私ですが……一応激励の声援を送っておきましたが。微妙に片言な発音で返答をしてくれました。本当に大丈夫なんでしょうか。
私がお仕事の大変さを味わうのは成人してからでしょうね。多分。
私の激励を受けて、口元だけ笑顔になったリーナさん……『あははは……』と力の無い笑い声を発しつつ、右手の人差し指を立てて口を開きます。
「そうそう、食事会の事で思い出した……コレも前に話したと思うんだけど、冒険者用の訓練所が本格始動するから、フワモさんも興味があるなら見に行ってみると良いわ……」
「訓練所……あぁー、それも前にお話してたやつですか?」
「うん、そう、初心者用の装備とかも配布する予定だって」
一体どういった用途で使われる場所なのか……中々興味深い施設ですね。
あれかな、一番最初に攻撃の練習で叩いた案山子君みたいなのが置いてあって、練習できるとかそういう場所なのかな?
おっとダメダメ、色々と考察するのは後回しにして、今は現実世界への帰還を果たさねばなりません!
両腕を頭上に上げた状態から顔をテーブルへ押し付けるよう中たちで突っ伏し、その姿勢で右腕を肘から90度上へ曲げ、肘を視点にユラユラと風に揺れる穂のように、左右に力なく揺らす感じで手を振って見送ってくれているいるリーナさん。怪しい動きすぎる。
そんな粘土みたいな様子のリーナさんへ、改めてお別れのご挨拶を返しまして。
さあ、今度こそリーナさんの作業場から脱出しましょう。
ゲーム世界と現実世界では時間の流れが倍速で違うとはいえ、お食事準備万端なお父さんを余りお待たせする訳には行きませんからね!
反応が鈍くなったリーナさんを視界の端に収めつつ作業場の扉をくぐり、気持ち急ぎ足で先程通った薄暗い荷物置き場を抜けて、無事に裏通りまで戻ってきました。
ちゃんと忘れずに後ろ手でしっかりと、裏口の扉も閉めておきます。
何時も通り噴水の辺りまで戻ってログアウトしようかな、と思いましたが……次にログインした際に、多分ゲイルさんのお店によって依頼した物がどうなったか様子を見に行くかな? と気が付きました。
ゲイルさんに対して大分無茶な注文をしてしまったのでは、と今更ながら申し訳無い気分にもなりつつありますが。
可愛い感じでという注文は私でもまだ判りますけれど、ふわふわな金属製品って、正直な所凄まじく矛盾しているのではと。
そんな無茶な注文内容を必死に実現するべく頑張っている、ゲイルさんの様子を見に行かないという選択肢は流石に存在しないでしょう。
むしろ余りにも無理難題であるならば、無かった事にしてくれても良いですし!
そんな感じで、ならばお店に近いこの路地裏でログアウトしても良いかな、と気が付きまして。
そうと決まれば行動あるのみ!
何時も通りメニューを開いてログアウトを選択します。
コーメェが足元に下りて前足を振りながら先に消えていくのを確認しつつ、さーっと足元から景色が流れて白い空間へと移動して行きます。
うーんあれですね、ログアウト時に展開されるこの特徴的な風景変化にも大分見慣れましたね。
肌を撫でる冷たい空気をHMDの隙間から感じつつ、何時も通り問題なく意識を現実へと戻した私は、使い慣れた枕の感触を確認しつつHMDを外して、グワっと気持ちだけは勢いよく両目を開くとベッドから素早く脱出します。
そして、今も私の胃袋に叩き込まれる為の暖かいお食事が待ち受けているであろう、約束の地であるキッチンへと移動を開始します。うへぇ足の裏に接触する床が冷たいよ。
フローリング床の暴力的な冷たさに身悶えながら移動している最中に、何やら美味しそうな匂いが私の鼻腔に飛び込んできまして。
あぁー、ふんわりと良い香りを感じます。
その拍子に自分が空腹だった事を思い出す感じで、私の意志とは関係なく腹部辺りが急速に稼働。晩御飯を寄越せと胃のヤツが蠢き始めました。
少食の癖に稼働率は高いんだよね、私の胃袋。
もう少し落ち着きを持って欲しい。
キッチンへ続く扉を開くと、私の接近を事前に察知した様子のお父さんが、エプロン装着状態で深めのお皿に何かスープの様な物を注いで、テーブルの上へと運んでいる最中でした。
「おまたせーお父さん! お帰りなさい!」
「うん、ただいま。ほら先に手を洗ってきなさい」
「はぁーい」
ベッドからそのまま出てきたので少々肌寒く感じた私は、冷たい水で意識を覚醒させつつ素早く顔と手を洗ってから一旦自室に戻って、フワフワな素材の上着を一枚羽織ってからキッチンへ戻ります。
さてさて今日の晩御飯は何だろうか? とテーブル上を見回して見ますと。
ふむぅ? メインは何かのお肉が入ったお野菜たっぷりのスープです。
そのお隣には、多分ポテトサラダじゃないかな? と思われる物体が小皿で存在感をアピールしております。
何となく見た目の雰囲気的に洋食なニュアンスを感じるので、一緒にパンとか添えてある方が視覚的にも似合いそうですけれど。
私の気分的には、やっぱりご飯の方が良いですね。
そんな私の考えを見抜いていたのか、素晴らしいタイミングでお父さんからお茶碗で差し出されるご飯一杯。流石お父さん。
それではいただきます。うん美味しい。温まるなぁもぐもぐ。
「花乃枝、あまりゲームばっかりしてちゃ駄目だぞー?」
「ふぁーい判ったぁー」
スープとお肉を一緒にスプーンへと載せ、口に放り込んでいた私に対してお父さんが、苦笑いするような困った感じの表情を浮かべつつ一言。
あはは、案の定ですが釘を刺されてしまいました。
あれですよ、私と同程度の年齢で、ご両親がご健在な一般のご家庭にお住まいのゲームプレイヤーさん達って、果たしてどういった手練手管でもって長時間ゲームを遊びつつ、うまい具合に誤魔化しているのだろうかとお伺いしたいのですが。
もしかしなくてもゲームプレイしすぎで苦言を強いられる、または怒られる事前提で行動しつつ、その辺りに対しては諦め100%の境地でプレイし続けているのだろうか。
私の日常生活環境ですと、お父さんが不在の時が多いですし……私のゲームプレイに対する周囲状況はまだ緩い方なのだろうかもぐもぐ。
いやいや、そもそも……その長時間プレイに対する考察を始めるという行為自体が、VRMMOゲームに対する依存度高すぎ問題に発展する、中毒初期症状まっしぐらな発言なのではなかろうか私よもぐもぐ。
まあ良いです、ゲームその他についての考察は後の空き時間に丸投げするとして。
今はお食事に集中する事にしましょう。
考え事しながらご飯を食べると、美味しさが半減してしまう気がしますしもぐもぐ。
その後、お父さんから話題として発信される、お仕事がアレでコレだったよーと言った感じの会話を半分聞き流しつつ相槌を打ち、何となくお仕事お疲れ様の意を伝えておくに留めました。
正直詳しく聞いても良く判りませんし。
今日はお仕事というより色々な方へ顔出しをして云々、見たいな事を言っていたのは判りました。何か大きいプロジェクトとやらが始動したとか何とか? 忙しそうだなぁお父さん。
あと判ったのは、今日のスープに投入されているお肉は鶏肉だと言う事位でしょうか。
食事を終え、食器を洗う任務を遂行する為に流しの方へ向かった私は、食器をスポンジでゴシゴシしつつ明日の夕方に開始される第二期プレイヤーさん達の参入を思い浮かべ、期待と不安の入り混じった心境になるのでした。
何度でも言いますけれど同じクラスの方々とバッタリ出会わないように、それだけが私の切なる願いなのです。
そりゃもう、気まずい所の話じゃありません。
悶絶三回転半地面ゴロゴロをキメる自信があります。コーメェと共に。
そして余りの羞恥っぷりに、その後ゲームにログイン出来なくなるのです。
ゲームをやめる理由が『知り合いにあった、もう駄目だ』じゃ悲しすぎます。
想像しただけで胸の辺りがムズムズしてきましたが、何とか何時も通り洗い終わり、食器乾燥機へ食器類を叩き込みまして。
心を落ち着かせるために暖かいお茶を啜りつつ、お父さんと少し今日あった出来事等の会話をしてから、お休みなさいの挨拶を残して歯磨きを済ませ。
毎度お馴染みな、それでお風呂大丈夫なの? と言われそうな素早いシャワー浴びを済ませ、大人しく自室へ戻る事にしました。
ドライヤーで髪の毛を乾かしながら、これからもう一度ゲーム世界へログインするのは無いかなぁ? 等という事を思いつつ、前回同様にHMDを蹴飛ばしたりしない様に机の上へと移動させておきます。
いまからもう一回! なんてしたら絶対調子に乗って色々やりつつプレイしすぎて、確定で寝不足まっしぐらになり、両目の下にクマを作ってゲッソリ表情で学校の椅子に座っている私の姿が、そりゃもう容易に想像出来るからね。
ナカヤさんにまた寝不足についてツッコミがきそうで。
このままでは、寝不足系影が薄い属17歳女子として定番化してしまいそう。自分で言っていて悲しくなってきた。
誰か慰めてください。
ああコーメェが必要です、コーメェ禁断症状が出そう。
自分で考えた想像世界によって多大なるダメージを受けた私は、コーメェ代用品として枕を抱きしめてベッドの上でゴロゴロします。柔らかさが足りない。欲求不満だ。
ええい、こんな所で無駄に精神と肉体をすり減らしている場合ではないのだ! 諸々の不足分は諦めて悟りを開くのだ。流石にコーメェをモフる為だけにログインするのは憚られる!
そして自分の事を全く信用できていない私は、明日の為に、強いては週末の激しいイベント戦争を生き抜く英気を養う為に。普段よりも早く就寝すると強引に決めたのでした。
このまま起きていたら無駄に疲れる。そう理解できた寒い夜。
深いため息を吐きつつ髪の毛をドライヤーで乾かす作業に戻った私は、俗世のしがらみを無理矢理忘れる為、無言で温風を髪の毛に当てる作業に邁進し……その後、暖かいお布団に包まれて夢の世界へと旅立つのだ。
寒いですけれど寝る時に暖房はつけない感じで。
あれなんです、喉が痛くなるんですよね。
目覚ましアラームを確認してと。よし、それではお休みなさい。
明日学校から戻ったら、第二期のプレイヤーさん達との遭遇が待っているぞ。
目立たないように、そつなく脇を避けて通れるように気をつけよう。
月曜日更新、休んでしまって申し訳無いです。
リアルで少々気がかりな事がありまして、執筆出来ませんでした。
いちおう目指すは週3更新、でも実際は週2更新が多くなりそうかも、という感じになりそうです。




