218 やっぱり凄い 毛玉生物 と リーナさん 落ち着いて!
定番の悪徳貴族風味で。
中身と外見の差異が大きいリーナさん(褒め言葉
私の手からコーメェを受け取ったリーナさんは、上下左右様々な角度からその柔らかそうな毛に視線を巡らせ、何かを確認する感じでジーッとコーメェの背中辺りを見詰めます。
両手で毛を揉んで手触りや柔らかさを確認したり、頬ずりして肌触りも確認したりしています。
その行為は【鑑定】スキルに関係のある動作なのでしょうかね。
まぁ何時ぞやの一番ボール君の様に、味を確認されたりする場合もある訳ですから、手触り肌触り程度は基本中の基本なのかもしれませんが。
両手でコーメェを持って色々な角度に傾けつつ、様々な向きから詳しい毛玉観察を繰り広げていたリーナさん、コーメェをテーブルの上へと優しく載せると、ゴシゴシと両手を擦り合わせてバシバシと平手で自分の頬を叩き、何やら自分に対して気合を入れ始めました。
「んー! やっぱり今まで見たことの無い子よね……コレは楽しみだわ!」
「お、お手柔らかにお願いしますね?」
「大丈夫よ、苦しかったり痛かったりはしないから! 対象に危害は加えない素晴らしく完全に完璧で安全なスキル、それが【鑑定】よ!」
「そ、そうですか……」
何故か微妙に誇らしげな表情まで浮かべてそう仰るリーナさん。
実際問題、リーナさんの使う【鑑定】スキルが危険度の高そうな物だなんて言うイメージは、全く持って私の脳内にありませんけれども。
その無駄に張り切っている状況を鑑みると、何となくなのですが不安が思考の底に過ぎったりする訳で。いや大丈夫かなウン。
一番最初に一番ボール君を鑑定した時の印象も、記憶を辿って見ると大体こんな感じだった気がするし。
グリグリと両肩の関節の運動を始めたリーナさんの正面では、何時もと変わらぬ脱力ユッタリ状態でコーメェが大福の様なつぶれ具合でテーブルに突っ伏しております。
君は相変わらず物怖じしないよね。器がデカイと言うか。
先程行われた一度目の鑑定時に一番ボール君へしたのと同様に、ぐぐーっと眉間に皺を寄せる感じでテーブルの端に鎮座しているコーメェを見詰めるリーナさん。
大体10秒程経過した辺りで、徐々にリーナさんの首の角度が傾いてきまして。首を傾げるような感じに移行します。
それと同様に、徐々に眉間の皺が深くなって行くのが見えました。
な、何でしょうか、コーメェの鑑定結果に何かまずい事でもあったのか。
私の不安な心境を他所に、更に10秒程コーメェの事を凝視していたリーナさんが、表情を緩めた後にフィーと疲れたような息を吐いて……前のめりの状態でコーメェに顔を寄せる体勢で固まっていた身体を緩めて、椅子にドカリとお尻を落とします。
「んー一応鑑定結果としては問題ないと思うんだけど……うぬぬ、何だか色々と今まで見たことの無い名称を確認したわ。一体何者? この子」
「あー……称号ですか? 私も前に一応確認した事はあるんですけれど……」
「あーそっか、そういえばこの子って【従魔】スキルで手懐けた対象だし、祝福の冒険者でありご主人様でもあるフワモさんなら、容易に個体詳細を確認できるんだっけ」
「はい、その、メニューの方で詳しく見れます」
「はー、何度聞いてもやっぱり便利よねー加護の力って」
『私にも突然加護が降りてきたりしないかな』何て呟きながら、先程のカップに豪快にお茶を注いで一気に胃袋へ流し込み始めたリーナさん。
ついでと言わんばかりに、私の前にもカップが差し出されお茶が注がれます。
リーナさんってさっきからお茶飲みまくっていますが、もしかしてコレってマナを回復させる効果でもあるのかな。
お茶を頂きつつそんな事を考えていましたが、暫くして落ち着いたリーナさんが、テーブルの上で我関せずと両目を閉じて大人しく横たわっていたコーメェを両手で持ち上げ、返却する感じで私に差し出してきましたので、受け取った私は何時も通り適当な場所へペトリと貼り付ける事にします。
大雑把でも勝手によじ登って移動するから問題ないんですよね。
フリークライミングの達人か。
「それでーそのー、コーメェが持ってる称号について、何か判る事がある様でしたら……教えていただけないかなーと」
「んと、幾つかの称号については判るんだけど……」
お茶を飲み干したリーナさんを横目に、ヨジヨジと登って肩の上にモフリと落ち着いたコーメェを確認しながら、折角ですのでリーナさんがスキルで確認した内容について、わかる範囲で情報を聞いてみる事にした訳ですが。
「見たことの無いものが結構混じってて……ソレについては、フワモさんが自分の目で確認した以上の情報は提示できないかも」
「あーその、多分その見たことのない称号ってのが、コーメェに付いている理由がですね……実はコーメェって別のゲー……違う世界にいた生き物なんですよ」
「んぶふぅ!? げっほげほっ! 異、異世界生物!? やっぱりフワモさんの居る世界と繋がりのある場所だったりする感じ!?」
私の言葉に反応して、微妙に口の中に残っていたと思われるお茶の残滓を噴出しかけたリーナさん、咳き込みつつ涙目になりながらも、興味が抑えきれないと言った感じで椅子から立ち上がり、微妙によろめきつつも私の横へと詰め寄ってきました。
えーと、取り合えず口元と鼻水を拭いてくださいリーナさん。
「あーその、一応ですが、ちょっと前まで私が頻繁に足を運んでいた世界、だったりします」
「えほっえほっ……なるほどぉーその繋がりで仲良しさんになったって感じなのかしら……? んあー鼻痛いぃ」
半ば顔を上に向けた状態で、右手を伸ばして手探りで近くの棚の上に置いてあったティッシュの様な紙切れを掴み、ソレを鼻に押し当てて、ずびびーっと豪快な音をたてて鼻をかむリーナさん。えーと粘膜大丈夫ですか。
「はい、大体そんな感じです。こっちの世界で初めてコーメェに出会った時は、本当ーにびっくりしました」
「なるほどねぇ……えーっと【狭間を渡る者】【欠片の生命】【解き放つ者】【逸脱者】【原初の存在】……この辺りは私が見たことの無い称号ね」
私の返答を聞いて、スンスンと鼻の具合を確認しながらリーナさんがそう教えてくださいましたが。
ええまぁその、正直言って私ってば、この世界にある称号だの何だのについて全く知識が無いと言っても過言ではありませんので、一概に凄さが良く判らないといいましょうか。
ええ自慢にもなりませんが。
専門書でも読めば、称号についても詳しく記載されているのでしょうか。
そもそも称号という物自体、最近になるまで知らなかったというか。
むしろ女神様の加護……システム的には、先日のアップデートで開放された部分では無かろうかと思われる訳で。
それにですね、コーメェがどの程度凄かったり凄くなかったりするのか? といった事案について、適当な比較対象その他が私の近辺に存在しない今日この頃。
そして貧弱マインド大往生な初心者プレイヤーである私では、その辺を闊歩していらっしゃる熟練プレイヤーさんを強引に引き止めて『あのー実はこういう称号がー』なんて感じの質問を敢行出来る訳も無く。
そもそもイ=ヤッハーさん達お三方に、知らない相手には情報を大っぴらに拡散しない方が良い、と言われてしまっていますから。
まぁリーナさんならば、無闇にコーメェの能力について言い触らしたりする事は無いでしょうし安心ですよね。
「それでその、コーメェはどんな感じのー、そのーアレなんでしょうか……?」
「ん? ああ、希少価値的な意味合いとか?」
「まぁその、そんな意味合いで、です」
「そうねぇ……」
称号が珍しいという事は判りましたが、普段の行動その他を鑑みても、コーメェが実は凄い生き物であるというイメージが全然沸いてこない訳で。
正直ふわもこファーム時代と、殆ど変化が無い状態ですからね。
ですので……この不思議毛玉生物であるコーメェについて、この世界で長年にわたって数々の品物や生き物を見てきたであろうリーナさんに、端的なご意見を貰おうと思い質問してみたのですが。
「あれね、珍しいもの好きのお金持ちにでも見つかったら、是非売ってくれ! って付きまとわれる可能性が物凄い高い位かしらね」
「えええ!? 売るなんて嫌ですよ!? っていうか従魔って売れたりするものなんですか!?」
「まぁまぁ落ち着いて、喩えるならばのお話だから大丈夫大丈夫! あと従魔の売買自体は主人の承諾があれば可能よ」
『買い取っても従魔契約を結べなきゃタダの愛玩動物になっちゃうけどね』なんて言いながら、私の肩の上でノンビリしているコーメェの背中をモフモフと撫で回すリーナさん。
でもまぁ……と付け足す感じでリーナさんが言葉を紡ぎます。
「その子……コーメェちゃんが持ってる【逸脱者】の称号効果で、無契約状態じゃあっちの世界? に帰還しちゃうから飼育できないでしょうし、普通の従魔売買と違って色々と難しいんじゃないかしら」
「大丈夫です、売ってくれって言われても売りませんし!」
「ソレが良いと思うわ! お金持ちってば大体強引で無礼な輩が多くてハラがたつから! 王都に居る成金貴族とかね!」
何かを思い出した感じでプリプリと怒り始めたリーナさんに、お金持ちな方々と何かあったんですかと聞いてみた所。バシバシとテーブルの表面を平手で叩きながら、私に向かって低い声でもって激しい回想を口にし始めるリーナさん。
「もぉーホントに腐るほどあるわよ! 性格が悪い癖にお金だけは有り余ってる奴、っていう条件を聞くだけで何となく察せるでしょ? 私の外見と鑑定の手腕は関係ないっつうの! こっちは真剣にアイテム見て鑑定してるのに、ベタベタ油ぎった手で触ってくるなっつうのよ! ホントもぉーアホじゃないのかと! ねぇどう思う!?」
「まぁえーとその、色々とご愁傷様です……」
『あー癒し! 癒しが欲しい!』と言いつつ、コーメェの背中を両手で揉み始めるリーナさん。
コーメェもリーナさんの心境を何となく感じ取ったらしく『メッメッ』と小さく声をあげて、自分の背中やわき腹を撫でるリーナさんの手を慰める様にポンポン叩いています。
ええ判りますよ、コーメェの癒しぢからは凄まじいですからね。
さぁ存分に堪能して、精神パゥワーを回復して下さいな。
「ありがとうねぇコーメェちゃん……それにね、挙句の果てに『その品は美しいあなたに差し上げましょう』なんていう始末よ? それならギルドの鑑定カウンター宛に送りつけて来いっていうのよ! 幾らでも貰ってあげるから!」
頭から湯気を発生させる勢いで顔を赤くしつつ、そう言葉を捲くし立てたリーナさんは、左手でコーメェの背中を撫でつつ、右手で一番ボール君を持って頬にスリスリし始めました。精神安定剤かな?
うん、あれだ、これは思い出させてはいけない過去を聞いてしまった可能性が高い。
こうなったら、気が済むまで全部吐き出してもらうしかなさそうです。
完全な聞き手にまわるのだ私よ。
「しかも、わざわざ王都まで呼ばれて鑑定に出向したってのに『ではこの後、ご一緒にお食事でも如何かな?』何て言いながら肩に手を乗せてくる訳よ! もー手に持ってた貴重なアクセサリ握りつぶす所だったわ!」
「そ、それで、その後どうしたんですか?」
「急ぎの仕事がありますので至急戻らないと、って言って逃亡したわ! もう二度と金持ちっぽい個人からの鑑定依頼に、一人で行く事はしないと誓ったわ!」
そこまで言い切ったリーナさん、ハァハァと息を整えるように呼吸を繰り返すと、大分落ち着いたようで……一番ボール君を所定の位置へと戻して、自分の席へと戻っていきます。
と言いますか先程この部屋に来た時から気になっているのですが、その一番ボール君を置く為だけに配置されたような、絶妙なサイズ感の模様クッションは一体何なんでしょうか?
わざわざ一番ボール君専用ポジションとして、そこに準備してくれていたのかな。
使用機会の限定されすぎた設備過ぎると思うのですが、ソコの所はどうなんだろう。
まさか公的費用で購入してないですよね、リーナさん?
「ふぅ、ダメダメ、つい熱くなってしまったわ……フワモさんも悪い男には十分に気をつけるのよ? いざとなったらそのカイムから貰った腰の棒で折檻してあげれば良いから! 私が許すわ!」
「は、はい、判りました肝に銘じます!」
私の心に湧き上がった、一番ボール君専用クッションの事はさておき。
私の返事を聞いて力強く頷いたリーナさん、色々と満足したような表情を浮かべてクッションの上に置いてある一番ボール君を突いていましたが。
『あっと、成金の話じゃなくて称号、称号の話だったわね!』と思い出したように顔を上げ、残りの称号について色々とご意見を下さいました。
リーナさん曰く、恐らくは他の世界から来た存在だから持っている珍しい称号なのだろう、という感じでした。後は、イ=ヤッハーさん達のご助言と同じ様な感じで、あまり大っぴらに喧伝しない方が良いだろうと言う事も言われました。
勿論ですが、私もそのご意見には賛同の意を表明しますとも。
平穏な冒険生活を営む為に! 頑張って人に紛れ込むのだ!




