196 私に お客が 来るなんて
一体何者なんだ。
とりあえず、メェの吸着カツラ着用の弊害で見た目が愉快な事になってしまったカイムさんを、今現在私が腰を下ろしているベンチの隣へと腰を下ろして頂けるよう誘導する事にします。
それにしてもなんだろうかこの特徴的な外見。
……そう、例えばコーンの上に乗っかっている、白いフワっとしたアイスクリームみたいな、そんな感じの見た目なんですよね。
あれです8の字? と言うか……何と表現したら良いのだろうか。
8の下の○がカイムさんの顔で、上の○がフンワリ状態なメェだと思って頂ければ。
アフロと言うより……えーっと何だろうコレ。面白いから良いか。
『どっこいしょ』と声をつけて、私の隣にゆっくり腰を下ろしたカイムさんの頭頂部をジックリと見詰めて……余り有用な意味が無さそうな、そんな事を考えておりますと。
グリグリと首のストレッチをしつつ、頭頂部にくっ付いているメェに左手を伸ばし……ふんわり毛玉の感触を確かめたカイムさんが口を開きます。
「それで、一体何がどうなってこうなっておるのかの?」
「それを一言で説明するのは難しいといいますか……いやいや、今はとりあえず! アソコの砂場で遊んでいる子供達が行っている『邪神召喚の儀』は、一体全体何事なのか……まずはソコの所についてご説明をお願いしたいのですけれど!?」
「あーアレかのぅ……ラティアちゃんが妙な覚え方しておっての。ワシの言った事を覚えておったみたいで、ああなった訳じゃ」
ヒゲを擦りつつ砂場を眺め、カイムさんが数度頷きます。
ええ……いやまぁ本当に邪神が召喚されちゃう訳じゃないから、安全安心大丈夫といえばそうなんですけれど。
誤解に足がはえて一人歩きし始めた感じがヒシヒシと伝わってくるんですが。
むしろ既に小走り位の移動速度なんでは。捏造の元凶。
カイムさんと一緒に、再度砂山を作って崩し始めた男の子達数人の動きを眺めつつ、この世界での棒倒しはあの方法が正規手順だという事にしておこう、と言う消極的解決方法でこの場を切り抜ける事にしました。私は悪くない。
すっかりカイムさんの頭頂部でリラックスし始めたメェを視界に入れつつ、そういえば、カイムさんお一人で公園に残って、一体何をしていらっしゃったのか気になったので聞いてみますと。
「そうそう、それじゃよ! 頭頂部の謎な物体に気を取られてすっかり忘れておったわぃ! というかこの温かい毛? は一体なんなんじゃ? 新しい装備品かの?」
「いやいや違いますよ! その子『メェ』っていう生き物です!」
「生き物!? 頭頂部に住みつく寄生生物か何かかの!?」
私の返答にびっくりしたカイムさんが両手でメェを掴んでベリっと引き剥がし、自分の正面へと持っていきます。
突然のキャッチ攻撃にびっくりしたメェが『メ!?』と短い鳴き声を上げて、自分を両手で挟んで保持しているカイムさんの顔を見上げました。二人の視線が絡み合う事数秒。
「これは始めてみる生き物じゃのぅ! 危険はないのかの……?」
「あっはい! えーっとですね、詳しく説明すると長くなるのですが、掻い摘んで説明させていただきますとですね……」
自分の手の中に居るメェをグリグリと操作しつつ、その独特なフォルムを眉根を寄せつつ観察しているカイムさんに、この『メェ』という動物は、私がココに来る以前に良く行っていた世界でお世話した事のある、全然危険性の無い柔らかい動物である! という事を簡単に伝えます。
私の微妙に判りづらい感じの説明を受け、程よく納得して下さった感じのカイムさんは、その両手を頭頂部に上げて先ほどと同じ様にメェを頭の上に乗せました。えっ戻すんだ!?
先ほどと同じ様にピットリとカイムさんの頭頂部へと装着されるメェ。
……また珍妙な見た目に逆戻りしてしまいました。
まぁ面白可愛いから良いかな。
「この毛玉の事は大体判ったわい。ひとまずその事は置いておいての……実はお主に伝える事があったんで、こうやって連日公園に一人寂しく残っておったんじゃよ」
「うん? 伝えたい事……ですか?」
全く心当たりが無いのですが、一体なんのお話でしょうか。
砂場で二回目の邪神召喚の儀が終了しているのを視界の端に収めつつ、カイムさんからのその伝言とやらを聞く事にします。カイムさんの佇まいから発せられる雰囲気から察するに、恐らくそこまで危険度の高い話題では無さそうなのですが。ラティアちゃんのことかな?
「うむ、実はの……お主に会いたい、と言う客がここ数日公園へ来ていてのぅ」
「……へ? ちょ、ええ!? 私を直接名指しでですか!?」
「名指しと言うか……まぁ何と言ったらいいのか……」
慣れた手つきで懐から煙草を取り出し、スパスパと吸い始めたカイムさんの口から発せられた、予想だにしなかった話題について脳の処理が追いつかず。
……理解する為に脳内で発言を反芻する事数回。
えーっと、私を名指しで誰かが公園にきてる、ってことで良いのかな……?
というか、頭の上にいるメェが煙たがって身体を横に向けてますね。
いやいやそうじゃなくて……えっちょっと?
ま、まさか指名手配された!?
何かの容疑であなたを逮捕しますなの!?
そう、何か気が付かないうちに見えない悪行を重ねていた私は、身を隠すために山岳地帯に逃亡していたが、遂にこの手に手錠を掛けられる事になったりならなかったりするの!?
いやでもチョット待って、本気で全然心当たり無いんですけど何ナノ!?
現実でもこのゲーム世界でも全く馴染みのない『私個人に対しての客』というワードについて、幾ら処理能力の微妙な脳みそを絞ってみても、心当たりのしずく一滴も滴ってきません。
「あの、えーっとちょっと、まったくもって心当たりが無いんですけど!? まさか私ってば、気が付かない内にヤバイ事でも仕出かしましたかね!? 政府からお達しが来ましたかね!?」
「いやいや!? 何でそうなるんじゃ!? どれだけ自分の行動に自信がないんじゃよ!? そういう理由でお主を訪ねてきておる訳じゃないぞい? それで『直接話したいのでまた後日改めて顔を出します』と言っておったんで、一応予め伝えておこうかと思っての」
私の脳内葛藤など気にも留めない様子で『それじゃ伝える事も伝えたし、ワシは帰宅するわぃ』と立ち上がるカイムさん。
ちょ、ちょっと待ってくださいよ!?
事情の『じ』の字も把握できていない私を放置しておいて、自分は悠々とご帰宅なさるおつもりですか!? そんなご無体な! 待って下さい師匠!
私のすがるような視線を受けたカイムさん……何かに気が付いたような表情を浮かべてこちらに笑顔を向けて下さいました。おお、気が付いてくれましたかカイムさん!
煙草の吸殻を仕舞ったカイムさん、両手でペリっと頭頂部のメェを剥がすと私の腕の中に、すっ……と優しく差し込みました。ああーメェはいい手触りだねー心が落ち着くよ。
……じゃなくて!? そっちじゃないですよカイムさん!?
いやメェも大事ですけれど、今私の心の中に渦巻いている不安はそっちの話題じゃなくてデスネ!?
「あぶないあぶない、くっつけたまま帰宅する所じゃったわぃ!」
「いえあの!? そうじゃなくて、いやメェ可愛いですけど、いや違う! そのお客様という存在が一体何者で、ドコソコにお住まいの誰彼サンなのか、願わくば是非ご教授願えれば恐悦至極に存じます候!?」
「落ち着かんかい! 既に何をいっとるのか判別不能じゃぞ!? まぁアレじゃな、相手はおぬしと同じ『祝福の冒険者』じゃから、ワシも詳しい素性だけは流石に知らんよ」
「ええええ!? 祝福の冒険者!? それ本当ですか!?」
私を名指しで指定してきたお方は、まさかのプレイヤーさんでしたよ!
……えーっと、可能性で考えると魔素迷宮で知り合った例の華やかパーティの方々の一人だったり……は、無さそうかな。魔素迷宮からは距離が大分離れていますし、そもそも普段から私が公園でポーションを作成している! っていう事実をご存知の筈がありませんし。
先ほどまでご一緒だったお三方も可能性は流石に0ですよね。
だって自己紹介したのは魔素迷宮の入り口前でしたし、そもそもあのお三方も公園での私の行動については知らない筈。
あとプレイヤーさんのお知り合いというと……串焼きお兄さん位しか居ませんけれど、串焼きお兄さんに対しては、むしろ私の方からお尋ねしている頻度の方が高いですし。
御用事があるなら声を掛けてくれる筈です。
それにココまでの話で判った事ですが、カイムさんがお客さんについて私に伝言して下さっているという事実から察するに。
なんと、そのプレイヤーさんは私に会う目的を持って迷わずこの公園へその足で直接来て、しかも何処からどう見ても公園でちょっと軽く一服している、ただの御爺ちゃんな外見であるカイムさんに向かって、ピンポイントで私の事を質問している、と言う何だか物凄いフワモ的公園事情に詳しい方で。
うむむむむ!? 幾ら考えても相手が何者なのか予想がつかない!
俯いた状態で、必死になって一体相手が誰なのか考え込んでおりますと、カイムさんが『ちょっと良いかの?』といって、ポンポンと私の左肩を叩きます。
むむ、なんですか?
今脳内で激しい考察が繰り広げられているので、脳の処理速度を低下させる可能性のある発言はご遠慮頂きたい所でありますよ?
というかこれ以上私の脳に情報が送り込まれると、過剰データでオーバーヒートする可能性があるんで!
現実なら脂汗でも流しているんじゃなかろうか私、なんて思いながら唸り声を上げつつ頭を抱えた私に向かって、カイムさんが一言こう告げました。
「何を思い悩んでいるか知らんが……その訪ねて来た祝福の冒険者、お主は面識のない相手じゃと思うぞ?」
「へ? ……えええええ!? どういう事ですかソレ!?」
「ほっほっほ大丈夫じゃよ! あの様子なら問題なかろうて」
何だか非常に自信をもって色々と断言してきたカイムさん。
そりゃ、会ってお話すれば相手が何者かは判ると思いますけど、正直もう何が何だか判りません。心臓の辺りが痛い様な錯覚まで覚えますよ! うっ胸が苦しい!
これ以上一人でこうやって考え込んでも身体を壊すだけで埒があきませんので、もう今の所はスッパリと諦める事にします。だってこのまま続けたら知恵熱で倒れそうです。
HMDが熱を持ちそうですよね。実際はどうなのか判りませんけど。
なんだか疲れてしまいため息を付いた私は、心と脳への癒しを求めて……腕の中で私を見上げているメェの背中に顔を突っ込みますもふもふ。
あー……温かくて柔らかいこの肌触りもふもふ。
癒されます……日がな一日こうやってもふもふ、のんびりメェに顔を突っ込んだりしてもふもふ穏やかに過ごしたいですねもふもふ。
……うん、凄く落ち着いた。ありがとう相棒。
そうです、この後ログアウトして現実に戻ったら晩御飯だというのに、あまりVRゲーム内部でスタミナを消費している場合ではありませんでした。
実際に動いている訳ではないので身体的には疲れなくても、こう考えすぎや不安等の要素で精神が疲弊しすぎると、食事中にため息や上の空連打でお父さんから心配されてしまう可能性があります。
まさか何か危ないゲームをやっているんじゃないか!? と勘ぐられたりしたら大変です。
いまこのゲームを禁止されてしまったら、それこそ私の心が死ぬ! ぎぶみーげーむ!
そんな私の気持ちなど気にしない風に、カイムさんは言う事を言ったという雰囲気でもって頷いた後に『じゃ今度こそワシは帰る』と告げると、ささーっと公園出口へと向かって行ってしまいました。
くっ、人の気も知らないで……フットワークの軽い御爺ちゃんめ!
何時の間にか、棒倒しの遊びから細い棒を使ったチャンバラゴッコに移行していた男の子達を、疲弊したボンヤリとした気分で眺め……もう何かする気も起きませんのでログアウトする事にします。
きっと大丈夫ですよね。全て上手くいくはずです。
というか私の望みとしてそうあって欲しい。
ベンチに腰を下ろした状態で、半ば無意識な動作でログアウトメニューを選択、先に消えていくメェに軽く手を振ってお別れしてから現実世界へと戻ります。
HMDを取り外して電気をつけると、リビングの方からうっすらと聞こえて来るテレビの音。案の定というか当然と言うか、お父さんは既に帰宅している模様でした。
やっぱり平日はあまり長時間プレイしない方が良いかなぁ……折角お父さんが帰ってきてくれているんだし、お父さんがいる間はなるべく一緒に居たいしね。
布団を跳ね除けて上着を羽織った私は、リビングへと向かいながら、今日の晩御飯は一体何かなーなんて事を脳内で予想するのでありました。




