193 イノシシ移動 と 鑑定証
さくっと到着。
そして毎度お馴染みの問答が。
イ=ヤッハーさんとモヒカーンさんが慣れた動きでイノシシ君の背中に跨る動きを見つつ、一応はソレを真似する感じで、私の正面に大人しく佇んでいるイノシシ君の背中へ乗るためのチャレンジを開始します。
乗る位置は、私が前でザコーダさんがその後ろに乗る、といった感じになるそうです。
移動中は私の背中をザコーダさんが押さえてくれる感じでしょうか。
何だかこういう感じで二人乗りをするなんて、うまれて初めての体験なのでワクワクしますね! バイクとかに乗ったりする際はこんな感じなんでしょうか。
ゴワゴワっとした手触りの毛皮に手を付いて、恐る恐るイノシシ君の首の辺りに跨ります。
重くないかな大丈夫かな……もうちょっとダイエットしておけば良かったかな! とか思いましたけれど、ココはVRゲームの世界である事に気が付きました。
多分というか確実に、現実で痩せても反映されないでしょう。
というか、このゲーム世界で美味しい食べ物を食べまくったとして、このアバターの体重は増えているのだろうか。
今までの事を思い返してみても、正直食料は幾らでも胃袋に投入できる感じなのですよね。
こう、データ的な体重はあるのかもしれません。
しかし、見た目は全然変化が起こらない! という可能性が高いですね。
そう、今現在の私の状態みたいな。
今まで結構な量の食べ物をやっつけてきていますが、お腹の辺りに贅肉がはびこり出したりはしていないと思いますから。
もし重かったらゴメンネ、と心の中で呟きつつ……お尻の位置を調整して上手い具合にイノシシ君の背中へと騎乗する事に成功しました!
うーん硬めの毛皮の手触りも中々。
ゴーレムみたいな完全に鉱物な手触りとは違いますからね。ふむぅ興味深い。
私の後について、メェが凄いジャンプというか恐らくはその毛の弾力を利用した感じで、地面からミョンと高く跳ね上がり、ピトっとその四肢でイノシシ君の頭の辺りに着地しました。
そりゃもう、バッチリドッキング完了です。
イノシシの頭の上に白い毛玉がくっ付いている様にしか見えないその光景を見て、これは中々のインパクトだなぁ等と思っておりますと。
私の後ろにズバっとザコーダさんが騎乗してきました。
流石に慣れた動きをされております。
毎回町との移動手段にこうやってイノシシ君を利用しているのでしょうね。
準備オッケーの掛け声が、イ=ヤッハーさんとモヒカーンさんのお二人から発せられまして。こちらからもオッケーのサインを送り返します。胴体に回されている皮ひもの部分を両手で掴んで……と。
よっし、身体の固定もコレで大丈夫な筈です!
メェはイノシシ君の頭頂部に吸着してノンビリとしている様なので、こっちも恐らく大丈夫でしょう。謎な超吸着パワーですからね、あの手足。
最初は少し姿勢を低くしてくれ、とザコーダさんからのお達しがありましたので、ベルトを掴んだままググっと身を伏せる感じでイノシシ君の背中に身を寄せます。
コレで良いかな? と思った矢先、スルスルと滑るようにイノシシ君達が私達を乗せて移動を開始しました。おお!? もっと揺れる物かと思っていましたが結構静かな滑り出しですね!?
伏せた状態で視線を横に向けると……そりゃもう歩いている時とは全く違う速度で周囲を流れていく景色。うわぁー!? これは物凄い楽チンで快適だぁー! こんなに楽しちゃって良いのだろうか!?
そして街道の上を進むのではなく……少し街道から外れた場所の辺りを、石ころを跳ね除け、草を粉砕し、パワフルかつ軽快に進んでいくイノシシ君達。
少しはなれた所で併走しているイ=ヤッハーさんとモヒカーンさんのお二人は、毎度お馴染みな『イヤッハー!』の掛け声を上げて右手に持った武器を振り上げ、楽しそうに笑顔でイノシシ君を操作しています。あ、危なくないのかな!?
それにしても、魔物に乗っての移動がこんなに楽だなんて。
あれですね、何時かメェのサイズが私の事を乗せれる程度まで大きくなったら、コレと同じ様に背中に乗って高速で移動したり……んーいやぁ……ちょっとメェだと無理そうかなぁ?
メェは移動が速いっていうイメージじゃないですよね。
衝撃には強そうだから、高い所から下へ移動するのには活用できるかもしれないけれど。
あっそうだ! たとえば釣りの時みたいに水上にその毛を使って浮いてもらって、小船の代わりに私を乗せて移動してもらう! 名付けて生きたメェ動力船! っていうのは可能かもしれない!
ホバークラフトみたいな水陸両用な汎用性の高い機動力を発揮するのだ!
……でもまぁ、足は短いからやっぱり陸上だと速度は出ないかな。見た目重視で。
イノシシ君達の勇姿を見ながらそんな事を思い描きつつ、途中で何度か魔物と戦闘中の他プレイヤーさんと擦れ違ったりもしまして。
そりゃもう色々と大変だった行きとは全く違う速度で、始まりの町へとドンドン接近していく私。快適だ、快適すぎる。騎乗最高。
行きに乗せてもらったマークさんの馬車だって、とくに遅かったわけでは有りませんが……やっぱり購入した荷物を安全かつ破損等しない様に目的地まで運ぶ! と言うのが一番の目的でありましたし。
無理に移動を急いで、お馬さん達を早く走らせたりする様な事をしていませんでしたからね。
それに比べて今は、もうとにかく小さい障害物なんて弾き飛ばしていく勢いをもってして、速度重視で駆け抜けて行っている訳で。そりゃもう速い訳ですよ。
その後、ゲーム内時間で大体体感で30分程度移動した後に、行きの移動途中でマークさんとも一緒に寄り道をした、水飲み場のある広場で軽く休憩を挟みました。
アレだけ走っていたイノシシ君達はそれほど疲れを見せていませんでしたが。
あんな速度で移動していると言うのに、なんという強靭な肉体。見習いたい。
休憩中に、なんとザコーダさんからラビの串焼きを一本頂き、軽いお食事も終了させて……何事も無く普通に出発した訳ですが、暫くの間こうやって乗っていますと、流石の私でも色々と慣れてくる訳でして。
上半身を起こして周囲の景色を眺める余裕も出てきました。
走り始めた頃は、正面のイノシシ君の頭頂部に吸着して正面を見ている、走る動きに合わせて左右にポヨポヨ揺れてるメェの背中の毛くらいしか視界に入っていませんでしたからね。
でもこうやって触れ合っていると、この硬い手触りの毛皮もメェの様なフワッフワな感触とはまた趣が違い、なかなか良い物だと思えてきましたよ。
そんな個人的な毛皮事情を脳内で展開しつつ、ワシワシと手の届く範囲にあるイノシシ君のうなじ辺りを揉み揉みして楽しんでおりますと。
私の背中を押さえつつ手綱を掴んでいたザコーダさんが『もうそろそろ町が遠くに見える頃だぜ!』と、向かい風に負けないような大きい声をだしました。
えっ!? もう町に到着しちゃうの!?
驚いて振り向いた私の左肩をポンポンと2回叩いたザコーダさん、私の視線を誘導するようにその左手をゆっくり動かして、人差し指を立てて左前方を指し示します。
それに釣られる形で私もそちらへ視線を向けますと。
あっ本当だ! 遠くに見覚えのある壁が! 帰ってきましたよー!
町から少しはなれた場所でイノシシ君を停止させたザコーダさん、今までお世話になったイノシシ君2匹を送り返した後『町までこのままチャージボアで移動すると、衝突の危険性があるからココで降りて歩いて町まで行くぜ』と説明して下さいました。
なるほど、そりゃあの速度で移動してたら絶対何かにぶつかっちゃうよね。
手加減効かなそうだもんねイノシシ君達。まさに猪突猛進。
メェを抱えて移動の準備を済ませた私は、お三方と一緒に北門周囲でラビと戦っているプレイヤーさん達の間を縫って見慣れた草原を抜け、ついに始まりの町の北門前へと帰還を果たすのでありました。
「よっしゃ、それじゃここでパーティ解散かな?」
「俺達大体は屋台ん所に居るから、また何かしら機会があったら一緒にパーティプレイしようぜ!」
「何か困った事があったら手伝うからよ!」
「はい! 本当にありがとうございました!」
ありがたいお言葉を頂いた後に北門前でパーティを解散し、此方に手を振りながら笑顔で門をくぐっていくイ=ヤッハーさん達三人をお見送りします。
色々と教えてくださったり、ここまでご一緒してくださったり……本当ーに良いお兄さん達でした……今度パーティプレイをする機会があったら、私ももっと活躍できるように頑張ろう!
主にポーション投擲で!
次回パーティプレイに対しての決意を新たにしつつ、メェを抱えなおして私も北門をくぐって町に帰還する事にします。
ああー……戻ってきましたよー!
そこまで長時間離れていたわけではありませんけれど。
なんだろう、感慨深いなぁ……そうだ! ガルドスさんいるかな!?
借りていた携帯ランタンを返却しないと!
イ=ヤッハーさん達の後に北門をくぐった私は、何時もの場所にガルドスさんが立っているかどうか確認します。あっいたいた! 何時も通り微妙に眠そうな顔で門の警備をしていらっしゃいますよ!
素早く道の脇へと移動した私は、ガルドスさんの右背後からコッソリと近寄って声をかける事にしました。せーの!
「ガールドスさーん! ただいま戻りましたぁ!」
「うぉぅなんだ!? おお! 無事に戻ってきたか!」
私からの突然の帰還宣言を聞いてその場で飛び上がったガルドスさん、こちらを振り向いくと笑顔を浮かべてバシバシと私の左肩を叩きます。はい大丈夫です怪我はないですよ!
むしろ今バシバシされている左肩の方がダメージ源になりそうな勢いですよ。
それでは早速と、メェを一旦尻尾にくっ付けて両手を空けてから、腰に提げていた携帯用ランタンを取り外してガルドスさんへと差し出します。私の差し出したランタンを見てニヤリと笑ったガルドスさん、右手でランタンを受け取ると、そのままベルトの部分へと装着しました。
「おう、確かに返してもらったぜ! 壊れてる所はないだろうな?」
「た、多分大丈夫だと思います! 強い衝撃は与えてないので大丈夫な筈です!」
腰に装着したランタンをその場で操作して調子を確かめたガルドスさん、一度頷くと右手の指で○のマークを作りました。
「おう、安心しな、大丈夫みたいだ! それで……目的のブツはそれかい?」
ランタンの動作に以上が無かった事でホッと胸をなでおろしていた私の横で、左手でアゴを擦りつつ首を傾げながら、尻尾を指差してガルドスさんが私に質問してきました。
そうだった! あっえーっと、ガルドスさんはプレイヤーさんじゃないから多分メェについて詳しく説明しても大丈夫だよね? 一応私の身体に隠れる感じでメェを持ってと……よし。
「はい! この子『メェ』っていう生き物なんですよ! 凄い柔らかいんです」
「ほー? こいつぁ……見たことも聞いたこともない生き物だな。やっぱり最近噂に上ってた例の『見たことのない魔物や生き物が』ってー奴に関連してる感じか?」
私の腕の中で大人しくしているメェの背中を触りつつ、そう呟くガルドスさん。
いやまぁあれなんですが、メェ出現事件の当事者である私も実際問題良く判っていないのですよね。
そもそも、何故この世界にメェが居たのかという所すら謎な訳ですし。
こういうゲームプレイ上の情報ってGMさんに聞いたら教えてくれるのでしょうか。
無理っぽいかなぁ?
興味津々で私の顔を覗き込んできているガルドスさんに、一応『メェ』について私が知りえる情報を少々つっかえながらですが全部説明する事に成功しました。
その際に『他のVRゲーム』という物をこの場ではどう表現していいのか判らなかったので、ココに来る前に良く行っていた異世界という表現で伝えておきました。
そして流石のガルドスさん、私の要領を得ない雑な説明でも色々と察して把握してくれた様で。大体私がいいたかった事を理解してくれた模様です。やはりガルドスさんは凄いですね!
「えーとつまりはアレか、いってしまえば『元々は他の世界の生き物だったその『メェ』ってのが、何かしらの要因でこっち世界に移動してきた』って事だよな」
「はい! その通りです!」
私の正面でギュっと顔を顰めるような表情でアゴに手を当てて考え込みつつ、ガルドスさんが私の表現したかった事を代弁して下さいました。そうですそういう感じです!
「ふむふむ、でだ。『メェ』について詳しいお嬢ちゃんが、出会ったこの『メェ』をスキルでもって自分の相棒にして、連れて帰ってきた、という感じであってるか?」
「ばっちりすぎて返す言葉も御座いませんハイ!」
ふむぅ、と息を吐きつつその右手でメェを触るガルドスさん。
何やら表情が険しい感じに。
あれ、もしかしてメェを連れ帰って来た事で何か不味いことでもあったり……?
ちょっとこのメェっての持ち上げても良いか? とガルドスさんが私に聞いてきたので、一応メェ本人に大丈夫か問いかけてみると、大丈夫オッケー! という感じの頷きを数回返してきましたので、大丈夫みたいです! とガルドスさんにお伝えしましたが。
視線を上げた先で、私からの返答を聞いた状態のまま……何やらその身を硬直させて私とメェを交互に見比べ始めたガルドスさん。
「おいおい、チョット待ってくれ……いまもしかして意思疎通……したのか?」
「えっ!? あっはいそうです!」
「おいおいおいおい! てことはその『メェ』ってのは【調教】スキルで連れてきた動物じゃないって事か!?」
傍らに持っていた槍を立て掛けたガルドスさんが、焦った様子でグワシっと両手を使って私の腕の中からメェを持ち上げ、持ち上げたり引っくり返したりして隅々まで確認し始めます。
あわわわ! 余り激しく動かすとメェの三半規管がデンジャラスになってしまう!?
いや!? あれだけの弾力で飛び跳ねても大丈夫なら問題ないのかな!?
何やら非常に雲行きが怪しくなってきた今現在の状況、取り合えずどうやってメェをココに連れてきたのか、気合で何とか説明する事にしました。
「それがそのえーっと……メェって動物なのか魔物なのか良く判らない存在で、あのー……一応【従魔】スキルで私の【従魔】になっている、という状況なんで危険は無いとは思うんですが、そのー」
「なっ!? ……【従魔】スキルだぁ!? これまたぁ珍しいスキルを……最近とんと所持している人を見かけなくなったスキルだぞ? 話によると俺のジイサンが若かりし頃はまだ結構な数居たらしいが……」
「そ、そうなんですか?」
習得Pの消費が無駄に多かったのでレアっぽいスキルじゃないかなぁ、とは思っていたのですが、レアはレアでも何かしらの理由で持っている人が非常に少ない! という意味合いのレア度でしたか!
私が予想外の出来事にワタワタしていると、ガルドスさんがメェを抱えたまま近くに居た他の門番さんに何やら声を掛け、何処かで聞き覚えのある単語を交えた会話を始めました。
えーっと『精気紋』って何だっけ? どっかで確か。
私が首を捻って考え込んでいると、ガルドスさんと会話していた門番さんが詰め所の方へと小走りで移動して行ってしまいました。な、なんだろうか!? どんどん大事になってしまっている気がする!
「あとは確か……おっと、そんな不安そうな顔しなくても大丈夫だぞ!」
「でもなんだかドタバタしてませんか!?」
「久しぶりの【従魔】なもんだから、ちょっと手際が悪くてスマンな! 従魔規定に則って【試験石】を使って『精気紋』の同調確認しないと、何かトラブルがあった時に、こいつが大変な目にあっちまう可能性があってな」
「えーっと? なにかー……検査みたいな?」
「そうそう、そういう感じよ!」
もうチョット待っててくれよー? と大きい両手に挟まれてノンビリしているメェに向かってガルドスさんが語りかけております。傍から見るとヌイグルミと仲良くしている感じでちょっと面白い。
その後、小走りで詰め所から戻ってきた門番さんが、握りこぶし程度の大きさのある丸い玉? をガルドスさんに差し出しました。
どうやらそれが検査器具? の様で、それを私に握らせてからメェに接触させる、という手順を進めてくれ、と言われましたのでその通りに進めますと。
メェに接触した玉から何やらポワーっと青い光が。
これはー……オッケーなのかアウトなのか。どっちなんだろう。
少々不安な気持ちでガルドスさんの顔を見上げますと。
私の視線に気が付いたガルドスさんが笑顔で右手の親指をビシっと立て頷きます。
オッケーですか!? オッケーなんですね!
ガルドスさんの腕の中からメェの身柄を受け取った私は、ホッと息を吐いてズボリとメェの背中に顔を埋めます。あー癒されるよー良かったよーメェー大丈夫みたいだよー!
私が緊張から解き放たれた副作用で、ヘロヘロ状態になりつつメェの毛を堪能しておりますと、頭上から『ほら、コイツを持っていきな!』というガルドスさんの声がしまして。
メェに顔を突っ込んだ状態な私の後頭部の辺りに、何かがポンと乗せられました。
むむ? なんでしょうか?
右手でソレをつまんでメェの背中から顔を上げ、その何かが一体何なのか確認します。
私の手の中にあったソレは金属で出来た一枚のカード。
キラリと日の光を反射して輝きます。
「そいつは【精気紋鑑定証】つってな、まぁ【従魔】に対して発行される類の証明書だと思ってくれれば良いぜ。これで街中でも大手を振ってそのメェってのを連れまわしても大丈夫だ!」
「わあ! あ、ありがとうございます!」
ココでようやく、また私の迂闊行動のせいでガルドスさんに物凄いお手間を掛けさせてしまったのだ、と気が付いた私なのでありました。
うう、毎度毎度申し訳無い!
これは、本格的にお礼の品でも持参してきたほうが良いんじゃないかな……賄賂という意味合いではなくですよ?




