189 登校 帰宅 即就寝
朝日が目にしみる。
メンテナンス開始前にログアウトした私は、その後お風呂やら何やらアレコレを急いで終了させた後、0時を過ぎる前に何とかお布団に包まって就寝する事ができたのでした。
ちゃんと炊飯器のタイマーもしっかりとセットしておきましたので、明日起きたら何時も通りのお弁当(おかずは温めるだけ)を作ることが可能です。
ベッドに横になりながら目を閉じ、今日ゲーム内で起こった色々な出来事について色々と考え込んでいたのですが、気が付いたら眠っていたようで。
聴きなれた目覚ましのアラーム音で意識が覚醒しました。
動きたくない眠い。
そらもう物凄く眠い。
素晴らしく確定で寝不足です辛い。
うん……ゲーム内での楽しい時間の後には現実世界で辛い時間が待っているのだ。
学校に登校するのが辛いー行きたくないーという訳ではありませんが、とにかく上瞼と下瞼が私の意思に逆らって手と手を繋ごうとするのです。君たちロマンティックか。
布団の中から右手をズボリと引っこ抜いて、目元をモミモミと揉みながら機械的に上半身を起こした私は、ぬふぅーうへぇーとため息を付きつつ、枕元でご主人様である私の意識を覚醒させ続ける目覚まし時計の頭頂部に、やんわりとチョップをかまします。
お勤めご苦労様、君は良くやってくれたよ。労いのチョップだ。
ベッドで上半身だけ起こした状態で両目を瞑り、ダラーっとする事1分程。
いかん! このままでは二度寝してしまう、気合だ気合を入れて起きるのだ。
腰を曲げて腕を伸ばす感じでグイグイとストレッチをして、勢いをつけてベッドの上から脱出する事にします。さあ学校に行く準備をせねばなりませぬ。
起きてしまえば何時も通りの事をするだけで、案外何とかなるもので。
少々はれぼったい目元以外は、特に問題も無く学校へと出発する準備を終わらせる私。お弁当も文明の利器であるレンジ様の手腕で完成いたしました。
さぁ、忘れ物が無いか確認してから出掛けましょう。
その後、特に珍しい事も無く何時も通り何の危険にも遭遇せず学校に到着。
まぁそりゃVRゲームの中じゃないので当然なんですけれど。
むしろあちらで色々と激しいイベントが発生しすぎていた可能性が高いですし。
いやまぁ、私の適当行動が原因な気もするんですが、アレデス我慢できなかったのですお許しを。
半ば脊髄反応な動きでクラスメートに朝のご挨拶を返しつつ、普段より3割増し程度の駄目さ加減っぷりで、ヨッコイショと自分の席に腰を下ろします。
あーゆっくりと椅子に座れるって素晴らしい。眠い。
後ろの席で他のクラスメートと会話していたナカヤさんが、朝っぱらから軟体生物の様な動きをしている私の胡散臭い様子を不審に思ったのか、私の右肩をトントンと叩いて『具合悪いの? 保健室行く?』と優しい声をかけてきて下さいました。
あーえっと大丈夫です、大丈夫ー、ちょっとした寝不足なので。
色々有ってちょっと睡眠時間が足りないのです、という事をナカヤさん含め、私の席の後ろで楽しく会話していたクラスメート数人にも掻い摘んで説明しておきます。
そう全ては自分の行動が巻き起こした事象であり、自業自得の部類なので。
何で寝不足になっているのかーという感じで理由を聞かれましたので、色々とやる事をやっていたら寝るのが遅くなってしまいまして、と適当にお返事しておきます。
そして今日も、少しはなれた所で男子生徒が数人会話しているのが聞こえてきました。
どうやらGMさん達から私へ事前にリークされてしまった、例の一般募集が既に開始されている模様で、それに皆さん申し込みが完了しているとの事。
つまり、申し込みが受諾されたら、ゲーム内でクラスメートと出会う可能性があるんですね。そう考えるとチョット胃の辺りが重くなってきた。
何故に全く知り合いでも何でもないプレイヤーさん達と会話するときより、クラスメートとゲーム内で出会うときの方がプレッシャーが大きいのだろうか。
普段との差異を見咎められる可能性があるからかな。
自分で言うのもなんですけれど、VRMMO内では結構活発に活動している気がしますからね。色々な所へ冒険しに行ったりアイテム作ったり棒で敵を叩いたり。
まぁ一番の理由は、今までVRゲーム内で会話した方々は恐らく全員年上の方達だったから、という理由もあるのかも? 皆さん会話スキルが高くてフォローして下さる素晴らしい人達ばかりでしたし。
クラスメートとの会話となると、そういうコミュニケーション系統で甘えた事も言っていられない気がしますからね。いやまぁ現実世界での情報をゲーム内で持ち出すことがあるのか、と言われると少々疑問も残るのですが。マナー違反だと思いますし。
でもあれですね、ゲーム内のアバター外見は結構弄ってありますし、きっと出会っても私だと気が付かれないですよね、多分恐らく、そうあって欲しいと言う願い。
髪の毛も全体的に長めにしましたし。
色も黒ではなく明るい金髪っぽい色合いですし。
狐耳と尻尾もくっ付いてますし、もはや変装と言っても過言ではない筈ですよね。
というか、ゲーム内アバターの外見ってどの程度まで操作することが出来るのか。
そういえば、そこの辺りを試していない事に今更ながら気が付きました。
確か身長は5センチくらいしか弄れません! という事は覚えてるのです。
もしかして……いやもしかしなくても、知り合いに遭遇しても気が付かれない程度に、その他の部分をアレコレと変更できた可能性もあるのでは!?
うん、いやまぁ今更そんな事に気が付いても遅いのですけどねハッハッハ!
流石にこのタイミングで、私と一緒にアソコまで頑張って冒険したキャラクターアバターを、そんな簡単にホイホイ作り直したりはしたくありませんし。
結構愛着がわいてきたのですよね、あの世界での自分にも。
比重としては尻尾と耳の部分が大きいですけど。
あと積年の相棒であるメェも。
それに私の尻尾って、微妙に他の狐人さんより大きい気がするんですよね?
身体のサイズとの比率が原因で、そう見えているだけなのかも知れないのですが。ソレはソレという事で。
そういえば、アバター作成時に姿見でチェックした以降、自分の姿をしっかり厳密に確認しなおしてないなぁ何て事を脳内で考えていましたが、教室に入ってきた先生の姿を確認しましたので、思考を学校モードへと切り替える事にしました。
タダでさえ寝不足なのに、関係のない事を考えていたりしたら絶対に授業に身が入りませんからね。
その後、授業中に数度『眠気』の状態異常でマナポイントが枯渇して眠りに付きそうになりましたが(ゲーム的表現)無事午前の授業を終え、何とかお昼休みへと到達することが出来ました。
とりあえず徐々に襲来間隔の短くなってきた眠気に襲われつつ、両目をパチパチしながら毎度お馴染みのお弁当を胃袋へと突っ込む作業を開始した私は、購買で購入してきたと思われるパンを食べつつ会話している、男子生徒達の会話を盗み聞きする事でその意識を覚醒させる事にしました。もぐもぐ。
何やら、色々と気になる事を話しているのです。ふむぅ?
というか、私よりも彼らのほうが何か情報通な雰囲気さえあります。
会話内容から察するに会話中の男子クラスメートは、例のVRMMOゲームをプレイしていないと思われるんですが。
何だか、物凄い頑張ってゲームプレイしている私よりもゲームについて詳しい可能性まであります。何故だ。やっぱり私がヘッポコなのか辛い。もぐもぐ。
意識を男子生徒達の会話に向けながら、2本目になる冷凍食品のエビフライを口に捻じ込みます。
意識が違う所に行っていると食事の味が良く判りませんね。
さらに寝不足が嵩んでいるのでそう感じるのか。
まぁこの際お腹が膨れれば良しとしましょう。
しっかりと咀嚼だけはしつつ、微妙にジト目状態な私は耳だけは活発に活動させつつも、何も無い空を見詰める感じで食事を続けます。もぐもぐ。
相変わらず、色々と聴いたことの無い単語や略称っぽいものが飛び交う男子クラスメート達の会話ですが、多分ゲーム用語的な言葉だったり何かのゲーム名称の略称? だったりする単語みたいですね。
私が【ふわもこ! メェと生活のんびり育成ファーム】を【ふわもこファーム】と表現するのと一緒です。もぐもぐ。
何であんなに色々とゲーム情報を知っているのだろうか、と男子クラスメート達の情報網について驚愕しつつ、色々と為になるなー何て思いながら、購買の自動販売機で購入してきた牛乳のストローを手に持ち、パックに突き刺して。
そうだ……ポーションも蓋を開ける動作無しでストローとか刺して飲めたら楽じゃない? なんて無駄に考えながら、牛乳を胃袋に流し込み、空になったお弁当箱を仕舞いこみます。
お腹は膨れたけれど、会話が気になって味わえなかった。
毎度ながら作業的な食事をしてしまいました。
VRゲーム内でのお食事の方が美味しく頂けているという、この事実が中々私の心に哀愁を漂わせます。ごちそうさま。
何時もならばこの後のんびりと読書でもするのですが、流石に本を読んでいると眠くなってしまいそうです。思わず口をくわーっとあけて大あくびをしてしまいました。
眠気の猛攻に、うむぅと唸りつつムニャムニャと目元を擦っていますと。
唐突にトントンと右肩を叩かれましたので、驚いてビクリと体を震わせ……後ろを振り返ります。
私の目の前に差し出されたのは、何やら小さいプラスチックのケース。
差出人は毎度お世話になっているナカヤさんだ。
「これミントのタブレット、眠気覚ましに要る?」
「あっ、どうもありがとうー」
差し出されたプラスチックケースに右手を添えると、シャカシャカという音と共に数個粒々な物体が私の手の平に。
一気に口に放り込むと、すーっと襲い掛かってくるミント感。んーっ強烈ぅ!
私がミントの猛攻を受けて思わず両目を閉じてぎゅっと顔を顰めていると、何やら感じる視線。閉じていた目を開くと此方をジーット見ているナカヤさんが。
何でしょうか変顔してしまいましたでしょうか。
気になったので聞いてみますと、ニンマリと笑顔を浮かべつつ『家の妹たちが梅干食べたときの顔にソックリで』と仰るナカヤさん。
妹……ラティアちゃん元気かな……という連想ゲームが始まり。
悲しみが心の奥で湧き出しそうになったので、意志の力で押さえつける事に。
きっと元気に砂場で遊んでいる筈です、うん。
もう一度ナカヤさんにお礼を告げて正面に向き直った私は、再度男子クラスメートの会話に耳を傾けるのでありました。気分は情報を求めるスパイですよ。
カモフラージュに適当な本を取り出して開きつつ、意識は何やら会話が徐々に白熱し始めたクラスメートへと向けます。
その会話からは、VRゲームをプレイしたくて仕方が無いぜ! という感じが伝わってきますね。楽しいですよーあのゲーム、私やってるんですよーとコミュ力が高まっていれば会話に参入出来るのでしょうけれど、流石に無理無理の無理です。
正直、半年経っている癖にお名前すらよく覚えていない男子クラスメートにいきなり話しかけるのは、難易度高いよ! というよりインポッシブルなミッションだと思いますから。
こうして地道な情報収集により、今現在も例のVRゲームはメンテナンスが続いている状態で、公式サイトに記載されているメンテナンス終了時間も未定! と言う話や。
一週間後に追加プレイヤー参入記念イベントが開催されるのがほぼ確定した! という情報が、ついさっきお昼の12時に公式から発表されて、ネットでどんどん拡散されていると言う話。
課金要素も今回のメンテナンスで追加されるという情報まで。
ついに着ましたか課金!
私のお財布は何時でも致命傷を受ける準備が出来ておりますよ。
数々の気になる情報を入手した私は、その興奮のお陰もあってか午後の授業もなんとか乗り切ることが出来ました。アドレナリンパワーか何かでしょうかね。
それでは素早く帰宅して、乾燥機の到着とお父さんの帰還をお待ちする事に致しましょうか。
私の後ろの席で楽しそうに数人の女子と会話中のナカヤさんに、さようならのご挨拶をして帰途につく事に致します。
笑顔で右手をヒラヒラと振りつつ『うん、ばいばい、今日は夜更かししないで早く寝なよー?』とナカヤさんからのご返答。ええそれは勿論、肝に銘じておきますハイ。
しっかりと頷きを返した後、教室から脱出する私。
さあ眠さもピークを迎えて足取りも重いですよ!
気合と空元気で強引に乗り切りのだ私……!
その後、寄り道もせず一直線に家へと帰還する私。
お父さんの帰還はまだの様ですね。
先に乾燥機がきてしまったらどうしようか。
立ち会ってみてれば良いのかな。来るのって電気屋さんだよね多分。
重い足取りで玄関を潜り抜け靴を脱ぎ……自室でバサリバサリと大雑把な動きで部屋着に着替えた私は、携帯端末を手にとって数秒。
強引に待っていても居眠りしてしまう可能性を考慮して、先にお父さんへ連絡を入れる事にしました。毎回毎回、お父さんにさえ電話するのを躊躇ってしまう私のハートは貧弱貧弱。
メールだと読んでくれているのか不安なんですよね。
ならタイムラインで会話出来るようなアプリでも入れたら、と言われそうですが。
私だと、対応に詰まって困窮する様がありありと予想できてしまう訳で。
お父さんとの程よい距離感と言うのが何とも難しい今日この頃。
思春期の娘ですから許してください。という気持ちで。
自分から言うのも何ですけれどもね。
免罪符ワードの様なニュアンスで申し訳無いですがご了承を。
携帯端末の短縮キーをタッチ、きっかり3コール後に電話を取るお父さんは、この時間まだお仕事では無いのだろうか。
大丈夫なのだろうか、職場で怒られたりしてないよね。
それとももう此方に向かっている最中なのかな。
色々と考えていた私の耳に聞き覚えのある声。
『もしもし花乃枝、何かあったのかい? もう業者さん到着しちゃったとか?』
「んーん、ちょっと眠くて、待ってる間に居眠りしちゃいそうだから、それなら横になってようかなーって思って先に連絡したー」
『大丈夫なのかい? 父さんから業者さんに連絡して打ち合わせておくから、気にせず横になると良いよ』
「ん、そうするー 気をつけて帰ってきてね」
『了解! それじゃまた後でね!』
通話終了の表示を確認、携帯端末をテーブルのうえへと置きます。
よし、それじゃちょっと眠ろう! 睡眠は大事だねおやすみなさい!
その後、帰宅したお父さんに起こされるまでの数時間、たっぷりと熟睡してしまう私なのでありました。
しかも起きたら乾燥機が洗濯機の横にデデーン! と鎮座なさっておりましたよハイ。
貫禄のある容貌で頼りになりそうです。
使い方は説明書をよく読んで覚えます。読み物は得意ですので!
というか、室内で物音が発生していたと思うのに全く目が覚めなかった。
やっぱり昨日は凄い頑張ってゲームしたから疲れてたのかな。
遊びすぎてお父さんに怒られない程度にしておかないとね。
ちなみに晩御飯はお父さんの手料理で美味しく頂きました、と言うお話。
やたらとビタミンがーお野菜とかたんぱく質とかを重視してー云々、この食材がアレコレがドウなって、これが本で紹介されててアレだった。
という、私には皆目見当も付かない内容の会話を交えつつのお食事でした。
終始お父さんは笑顔だったので多分大丈夫、終わり良ければ全て良しです。
私からの感想はと言うと、まぁ、アレです、お野菜たっぷりのスープが凄く美味しい。以上。
薀蓄は食べられませんので仕方が無いです。
学校の国語のテストでもよく言うじゃ無いですか。簡潔に述べよと。
あっ、ちなみに食事の後にHMDを装着してVRゲームを起動してみましたが、一つのメッセージが表示されたのみでした。
『メンテナンス中です』という何ともそっけない文章で。
これは……恐らく私がVRゲームをプレイ出来るのは、明日学校から戻った位のタイミングかなぁ?
お父さんがいるからあまり長時間やらないようにしないとね。
週末なら怒られないけれど、平日にゲーム三昧していると『ダメダメ!』って言われちゃうからね。
さて、それでは日ごろの感謝と乾燥機購入に対するお礼の気持ちを籠めて、リビングで何やら書類を眺めているお父さんの肩でもモミモミして差し上げましょうかね。




