134 馬車 に 遭遇 ありがたや
黙々と歩く。
運よく所持していた【虫の糸】で難を逃れた私は、一番ボール君を回収して街道へと戻ります。
それにしても今日がいい天気でよかったですね。
このゲームを始めてから今日まで、天気が悪くなっている場面に出くわした事が無いのですけどね。
そこの所がどうなっているのか前から少々気になっておりますが、今日みたいに出掛ける際には晴れてくれているのが一番です。このあたりとは違って、年中雨が降り注いでいるような場所等も有るんでしょうかね。
適当に景色を楽しみつつ、アイテムボックスからポコ豆の袋を取り出して数個口に放り込みます。
景色と言いましても、程よい起伏が続いている位で……それほど目に付くような物は無いんですけどね。
あーそういえば水筒の中身ってカラッポだった記憶が。
適当な場所で水でも汲んでおけば良かったかな……まぁまだエピルのカットフルーツが少量残っておりますので、アレを齧っていけば大丈夫でしょうか。
途中で水が汲めるところを発見したら、そこでどうにかしましょう。
迂闊行動は私の基本ルーチンですので、焦らない騒がない! なんとかなるなる! の精神で突き進みましょう。
まぁアレです、パーティプレイ時とかならば他の方々にご迷惑が掛かるので、しっかりと気をまわして準備する筈ですけど! ほら一人ですし……うん大丈夫です……ええビクともしません。
移動を開始して大体30分程経ちましたでしょうか。
特に目新しい事や危ない事件も起こらずに、山岳地帯への旅路は進んでおります。
うーんなんといいますか……あれですね。
一人で黙々と歩き続けるのって中々暇ですね……
この身体のお陰なのか、疲れとかは全然感じていないのですが。
こういう時に会話とか出来る人が隣にいたら……あっ悲しくなってきた考えるのはよそう!
こんな思考パターンになるのは移動中に何も起こらないからです!
たまにパーティプレイしていそうな人たちとすれ違ったりはしておりますが、なにせこの世界は凄い広い! っていう感じですので出会う頻度が凄い低いといいますか。
話しかけたり話しかけられたりもしませんし。
ペコペコと頭を下げつつ、横をそそくさと回避するように私が通り過ぎているからなんですけどね!? イキナリ知らない人から声を掛けられたらビックリしますよね? 多分!
進んでいる方向が一緒ならば、途中でまた出会う可能性がありますし……『あっさっきイキナリ声かけて来た人だ』とか思われると、私の貧相な胸がブロークンする事件が発生しますからね!?
リアルならば、ご近所のお姉さんとか大家さん相手なら普通にご挨拶できますけど……まずどういった言葉で会話を開始したら良いのかが考え付かないのです。
普通にこんにちわーいい天気ですねぇー、で良いのでしょうか。
イノシシと激しくバトルしているプレイヤーさん達に向かってですが。凄い違和感。
というか他の皆さんって、わざと街道をちょっと離れた所をクネクネーっと移動している感じなんです。魔物と戦闘するためだとは思うのですが、私がそれを真似してやってしまうと、起こりうる出来事は『道に戻れなくて迷う』からの『山に向かっていたと思ったら海についた』になりそうで。
ああそうだマップ、マップを見てみましょう!
めぼしい変化も無く延々と歩き続けているだけだから、私の頭の中が変な思考で一杯になっているんです。他の事を考えて見ましょう。
とりあえず気分を変えるつもりでメニューを開いて、毎度お馴染みのマップを表示させて見ますと。
んー見事に何も無いですね。私の周囲に森というよりは林? っぽい物がポツポツとマップ表示されているのが判りますが、他には街道がマップ中央にドーンと真っ直ぐ伸びているだけです。
変化、変化がない!
そしてそもそも、目的地にはどれ位の距離を移動したら到着するのか、詳しく調べていない!
フワモコ素材や魔物、【従魔】スキルの事で頭が一杯だった! 何時も通り迂闊!
思わず街道中央で立ち止まって、ぐぬぬと唸ってしまいました。
やっぱりいざ行動開始してみるとアレコレ足りない部分が多いですね。
この経験を今後に生かす方向で頑張っていきましょう。失敗が人を育てるのだ……私は育つ!
街中でやっていたら絶対目立つ程度の一人奮起を街道で決意しておりますと、なにやら後ろのほうからゴトゴトと何か物音が近づいてきました。なんでしょう?
ちょっとビクっとしつつ振り返って見ますと……んん? あれは馬車かな?
こちらに向かって来ている様でしたので、私は素早く右のほうへと移動して邪魔にならないようにします。速度的にはあまり出ていないっぽいですが、ぶつかったら大変ですからね。
初の【死に戻り】が『馬に蹴られて』とか、ガルドスさんとかに発覚したら顔面真っ赤ですよ。
私と馬車の相対的な移動速度の差異を考えると、ここで馬車に抜いてもらってしまえば、もう背後から追突される危険性を考慮する必要はないでしょう。ささ、お先にどうぞどうぞ。
そこそこの速度で近寄ってくる馬車は中々の大きさで、馬は4頭繋がれているみたいです。
っていうかあのお馬さん達、なんというかその、色々と太くてでかい! 頑丈そう! 撫でてみたい!
私が物珍しそうに馬と馬車を眺めているのに気が付いたのか、馬の手綱を手に持った御者のお爺さんが、シワシワの笑顔を浮かべてヒョイっとお辞儀をしてくださいました。
此方もフードを取って笑顔でご挨拶をお返ししておきます。こんにちわ!
手綱を引いて馬車を止めたお爺さん、私の周囲をササっと見回すと首を傾げます。
「おやおやこんな所にお一人とは、お仲間とはぐれましたかね?」
「あーいえその一人旅です! 山岳のほうへ足を伸ばそうかと思いまして!」
「なんとまぁ一人で! 祝福の冒険者さんですかな? 剛毅なお方ですのぅ」
私の一人旅という返答を聞いて驚いた表情を浮かべたお爺さん、かぶっていた帽子を整えると少し考え込むように両目を閉じました。その後振り返って後ろの荷台の中を見ると、私の声を掛けてきます。
「ふむ、なんでしたら途中までお乗せしましょうか?」
「え! 良いんですか!?」
「途中の分かれ道までですが、荷台にも空きがありますんでご遠慮なさらずにどうぞ!」
何でしたら御者台に座っていただいても、等と仰るお爺さん。
これは非常に助かる提案ではないでしょうか?
体力的な問題は実際全く問題はないんですが、こうも歩き続けるだけだと暇で仕方が無いのです。
お爺さんとお話しつつ移動できるなら、それは素晴らしい事です!
そう素晴らしい! うん語彙が単調です!
折角ですのでご好意に甘える形で、一緒に乗せてもらうことにしました。
ええ、勿論お馬さんの動きが良く見える御者台に乗せてもらうことにしました。
うへへー私の狐尻尾とは趣の違う、フッサァ……としたお馬尻尾も中々良いですね!
馬車の移動を再開したお爺さんに、後ろの荷台には何が積まれているのか聞いて見ますと、何やら食品が沢山詰め込まれているそうです。始まりの町に沢山持ち込まれた食材を安く仕入れてきた帰り、だと言うことでした。あれでしょうか、私達祝福の冒険者がモリモリと狩りで集めたものですかね。
って、待ってください……そういえば始まりの町の中で、馬車って全然見かけた記憶がないぞ?
こうやって出会うって事は、移動手段や運搬手段に使われているのは確定だと思うんですが。
ちょっと気になったのでお爺さんにそのあたりを質問してみますと。
「今はお嬢さんのような祝福の冒険者さん達が多いから、街中の移動では馬車使用が制限されているようでのぅ」
「ありゃ! そうなんですか!?」
まさかの私達が原因だったパターンですか! なんだか申し訳ないですね。
でもお話によると普段からそれほど馬車で街中を移動するような事は無かったらしいです。
タクシーというかバス代わりの定期馬車っぽい物があった位らしいです。
「今は町の西門辺りに馬車を乗りつけて、そこから普通に徒歩や手押し荷台を使う方法で物資を運搬する形になっとるよ」
「うう、なんだか申し訳ない気分です……」
「いやいや、こうやって安く食料が仕入れられるのも、祝福の冒険者さんのお陰じゃからのう!」
そういうと笑顔で私の左肩をポンポンと叩いて下さるお爺さん。お気遣い感謝です。




